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第28話 風が語る、再会の刻

静かな風の向こうから、仲間たちの声が届く。

今回は、アオイが「芯」を得て、仲間のもとへ還る物語です。


風の修行、その終わりと始まり。

拳を交えた師との対話、そして“自分の蒼”に触れる瞬間──


再び手を取り合い、旅路は次の章へ進みます。

どうか、優しい風に耳を澄ませながら読んでみてください。

風の門をくぐった瞬間、世界が変わった。


 


目の前に広がるのは、どこまでも続く静寂の平地。

淡い光に満ちた空、風の音すら吸い込まれるような静けさ。


空気は澄み渡り、深く、凛としている。


 


「……まるで、別の世界みたいだな」


レオンの低い声が、風に溶けるように響いた。


 


「うん。現実と夢の境目が曖昧になるような……そんな感じ」


ミレイが肩にかかる髪を払いつつ、きょろきょろと辺りを見回す。


 


「ここが……“青の流派”の修行場か」


ガルドは静かにそう呟くと、足元の石畳を軽く踏みしめた。

不自然なまでに整った道の感触。誰かが手を加えた形跡がある。


 


「でも、なんで俺たちも入れたんだ? ハクロウは“アオイの道だ”って言ってたよな」


レオンの疑問に、アオイは少しだけ首を傾げて答える。


 


「……たぶん、“まだ試練が終わってない”からだと思う。俺一人じゃ、ここにはたどり着けなかった。だから、今はみんなと一緒に進めってことなのかも」


 


ユナが、そっと微笑んだ。


「その代わり──きっと、どこかで“別れ道”がある。そういう空気、してるでしょ?」


 


「確かに……」


ミレイは空を見上げた。

白く光る雲が、ゆっくりと流れていく。


 


「なんにしても、ここで終わりってわけじゃなさそうだな」


レオンは腕を組み、先の道を睨むように見つめる。

だが、どこか嬉しそうだった。


 


「なぁ、アオイ。ちょっとだけでいい、歩こうぜ。一緒に。すぐ戻ってもいいからさ」


 


アオイは一瞬驚いた顔をして──そして頷いた。


「……うん。行こう」


 


数歩、皆で並んで歩く。

それだけで、胸にじんわりとあたたかさが広がった。


 


“ひとりで立ち向かう”修行もある。

でも、“支えられたこと”が力になる瞬間も、たしかにある。


 


しばらくして、道の途中に分かれ道が現れた。


風の流れが、まるで導くように枝分かれしている。


 


「……ここで、分かれるんだな」


 


アオイが立ち止まり、静かに振り返る。


「ありがとう。ここまで来てくれて……たぶん、この先は──俺一人で行かなきゃいけない」


 


ユナが、そっとアオイの腕を握った。


「うん。でも、すぐまた会える。私たちは、ここで待ってるから」


 


レオンが笑う。


「しっかり修行してこいよ。顔つきがまた変わるの、楽しみにしてるぜ」


 


ミレイがウィンクを送る。


「次はもっとカッコよくなってるかもね。見せてよ、蒼の力」


 


ガルドは、無言で袋を差し出した。


「……朝飯」


 


アオイは思わず笑って、深く頭を下げた。


「……行ってくる」


 


そして、彼は風の流れる道を、一歩ずつ踏み出した。


 


(俺は、“ここ”で蒼の力を掴む。仲間の想いを背負って)


 


風が、彼の背を優しく押していた──。


一人になって歩き出すと、風の音が変わった。


 


──すうっ……。


それはまるで、胸の奥に吹き込む“気配”だった。


言葉にならない何かが、静かに語りかけてくるような──そんな感覚。


 


道は緩やかに下り坂になり、やがて草木のない岩場へと続いていた。


白く乾いた大地の下、風だけが流れていく。


 


(誰かが整えたものじゃない。ここは、“自然”のままの修行場……)


 


アオイは、足元の砂を軽く蹴る。


柔らかい砂利がさらさらと音を立て、空気に溶けて消えるようだった。


 


──そのとき、微かな揺れを感じた。


足元の大地が、震えている。


……違う、音だ。


 


(風が……鳴ってる?)


 


耳を澄ませると、大地の下から風が響いていた。


いや、正確には──風が“歌っている”。


 


低く、うねるような旋律。


それは遠く、けれど確かに“何か”の存在を告げるように。


 


(これが、“蒼の流派”の修行場……?)


 


足を進めるほど、景色が変わっていく。


岩は青く染まり、空気の密度が変わったような圧迫感がある。


遠くに、古びた石の祭壇のようなものが見えた。


 


(……行こう)


 


アオイはその方向に足を向ける。


 


その瞬間──


 


「よく来たな」


 


風のような声が背後から届いた。


振り返ると、そこにはハクロウが立っていた。


 


淡い色の道着。無表情な中に、どこか“試すような視線”。


「ここからが本番だ。“蒼”とは、ただの力ではない。心がなければ、身には宿らん」


 


アオイは目を見開いた。


「ハクロウさん……! あなたが……ここに?」


 


「最初からそのつもりだった。お前が一人で門を越えたら、そこで“手合わせ”だ」


 


ハクロウが静かに一歩、踏み出す。


地面が鳴る。空気が震える。


 


「本気で来い。でなければ、この地は“お前”を拒む」


 


アオイは、自然と構えを取った。


身体に、蒼の流れがある。微かに、でも確かに。


 


(この“芯”が揺らがなければ……この風の中でも、負けない)


 


──風が舞う。


二人の間に、緊張が走った。


 


次の瞬間、ハクロウの拳が風を裂く──!


拳が、風を裂いた。


ハクロウの一撃は、視認すら難しい速さだった。


だが──


 


「っ……!」


アオイはそれを、ぎりぎりで受け止めた。


右腕の外側で受け流し、半歩引いて体勢を整える。


 


衝撃は全身を駆け抜けた。骨に響く。重さが違う。


だが、潰される感覚はなかった。


 


(……見える。ハクロウさんの拳が)


 


蒼の力が、身体の“芯”に届いている。


瞑想──呼吸の制御と集中の鍛錬を通して得た“静の中の流れ”が、今アオイの身体を支えていた。


 


「ほう……見えてるか」


 


ハクロウの表情がわずかに変わる。


驚きではない。どこか、嬉しそうな光。


 


「なら──もう一度だ!」


 


次の瞬間、連撃が襲う。


踏み込みからの正拳、中段蹴り、肘打ち──


すべてが鍛え上げられた型の動きで、無駄がない。


 


(早い! でも、流れが読める──!)


 


アオイは受けた。流した。避けきれない一撃は、蒼の力で緩衝する。


数週間前の自分では到底立っていられなかった。だが今は違う。


 


拳を返す。


右の回し打ち。腰を沈めての逆突き──!


ハクロウの身体がわずかに後ろへ退く。


 


「……やるじゃねぇか」


 


ハクロウが拳を下ろす。


その視線に、はっきりと“認める”色が宿っていた。


 


「修行で力を得たってだけじゃない。お前……“心”を変えたな」


 


アオイは、肩で息をしながら小さく頷く。


「自分を、少しは……信じられるようになったから」


 


風が吹く。拳を交えたあとの静寂が、二人を包む。


 


「それが“蒼の型”だ。自分の芯を、他の誰でもない自分で信じきること。それだけで十分……強い」


 


ハクロウは背を向けて、先を指さす。


「行け。この先には、さらに深い場所がある。“型”の核──“蒼の門”が待っている」


 


アオイはその背中を見て、深く礼をした。


「……ありがとうございました」


 


ハクロウは振り返らず、ただ手を上げて応えた。


「礼なんかいい。見せてくれよ、お前がこの力で何を守るのかをな」


 


風が吹き抜ける。


その先に続く道へ──アオイは、踏み出していく。



──風が、沈んでいく。


アオイが進んだ先には、“空洞”のような場所が広がっていた。


天も、地もない。左右の区別もわからない。


ただ、自分の存在だけが、ぽつりと浮かんでいた。


 


「ここは……?」


 


声が消える。音も重力も、空気すらも、ない。


だが、アオイの内側には“蒼”が灯っていた。


 


ふと、目の前に光が現れた。


繊細な文様が浮かぶ──それは、曼荼羅にも似た幾何学的な模様。


ゆっくりと回転しながら、無数の線が絡み合い、やがてひとつの“核”に収束していく。


 


(これは……俺の、内面?)


 


光が語るわけではない。ただ、感じるのだ。


自分の歩んできた道、恐怖、怒り、迷い、願い──


すべてがこの“模様”に刻まれていた。


 


中心へと近づいていくほど、光は青く深く、静かになる。


外側は赤く、荒れた線で満ちていた。


怒り、焦り、力への渇望──それが“赤”の力だったのだと、今ならわかる。


 


(でも……)


 


アオイはそっと、光の中心に触れた。


そこにあったのは──


 


「……あたたかい」


 


ほんのわずかな、優しさだった。


誰かを守りたいと願った瞬間。


誰かに触れられて、心がほどけた記憶。


失いそうなものを、必死で掴もうとした感情。


 


(これが……俺の“蒼”)


 


光が揺らめく。


そして曼荼羅の模様がゆっくりとほどけ、風のように四方へと散っていく。


 


──意識が、現実へと引き戻されていく。


 


風の音が戻った。鳥の声。森の気配。


アオイは気づけば、蒼く光る石門の前に立っていた。


 


「……俺はもう、大丈夫だ」


 


拳を握る。だが、それは誰かを打つためではない。


自分の足で、前に進むための拳だった。


──風が、沈んでいく。


アオイが進んだその先には、まるで“空洞”のような空間が広がっていた。


天も、地も、左右の区別もない。ただ、自分の存在だけが、ぽつりと浮かんでいる。


空気はない。それでも息苦しさはない。ただ、すべてが“静”だった。


 


「……ここは……?」


 


声を発した瞬間、音は空間に吸い込まれるように消えていった。


まるで、夢の中にいるようだった。


だが、アオイの内側には“蒼”が灯っている──はっきりと。


 


ふと、目の前に浮かび上がった光。


それは繊細な文様──曼荼羅のように複雑で幾何学的な模様が、青く揺れながらゆっくりと回転していた。


 


無数の線が絡み合い、外側から内側へ、中心へと収束していく。


そこには、アオイが歩いてきた全ての記憶が“図形”として刻まれているようだった。


 


(これ……俺の、内面?)


 


怒り、迷い、不安、焦り。すべての感情が“赤”として周縁を覆っていた。


赤い炎のように荒れ、渦巻いていた。


 


だが、その中心──


そこには、青い光が“静かに”灯っていた。


 


アオイは、迷わず手を伸ばす。


そっと、指先でその“蒼”に触れた。


 


──あたたかい。


 


それは、誰かを守りたいと願った感情。


仲間と笑い合った記憶。


必死で誰かを救おうと手を伸ばした瞬間。


“強くなりたい”という願いが、いつの間にか“誰かのために”に変わっていた、そんな想い。


 


(これが……俺の“蒼”)


 


そのとき──模様が音もなくほどけていった。


中心から広がる青い光が、赤を溶かし、包み、静かに空間を染めていく。


 


曼荼羅のようだった模様は崩れるのではない。“還る”ようにして、風となり、アオイの身体の中へと戻っていく。


 


──“芯”に触れたのだ。


それは力でも技でもない。


“自分が自分である”と、信じられる場所。


誰に否定されても、自分だけは手放さずにいたい“核”。


 


「……もう、迷わない」


 


アオイの足元に、再び“地”が戻る。


重力が、空気が、音が──現実が、彼を包む。


 


気づけば、彼は“蒼く光る石門”の前に立っていた。


柔らかな風が吹き、木々がざわめいている。


 


拳を握る。


だがそれは、誰かを打つためではない。


“歩くための拳”だった。


 


(……この力を、仲間のために、世界のために使う。その覚悟が、今ならできる)


 


──蒼の門が、ゆっくりと開いた。



*********


──青い光が、空間を包む。


曼荼羅の模様が風となってアオイの内側に還っていくと同時に、どこかで衣擦れの音がした。


アオイが振り向くと、そこに──


「……シンゲンさん」


「よくたどり着いたな」


蒼の光を背に、シンゲンが静かに立っていた。彼の表情には、いつもの厳しさはない。

それはどこか、穏やかで──まるで“兄”のような眼差しだった。


「芯を得た者には、これを渡す決まりだ」


そう言って、シンゲンは腰の小袋から、ひとつの護符を取り出した。


それは細長い布に、繊細な文様が刺繍されたものだった。

深い藍色の地に、風を象った流線が描かれている。


「“風結の護符ふうけつのごふ”。風の流派において、“芯”を得た証として授けられるものだ」


アオイは、両手でそれを受け取った。護符はどこかあたたかく──微かに、風の音が宿っているような気がした。


「……これを持っていろってことですか?」


「いや──お前の“風”が向かう先に、託すといい」


「託す……?」


シンゲンは微笑む。


「“芯を得た者”は、それを証す護符を、誰かに託すことで“在るべき場所”を選ぶことになる」


アオイは息をのんだ。


それは、ただの記念品ではない。

自分がどこへ還るのか、誰のもとに立ち返るのか──それを自ら示す“選択の証”なのだ。


アオイの脳裏に、すぐに一人の少女の顔が浮かんだ。


──ユナちゃん。


風が吹いた。


まるで答えるように、優しく背中を押す風だった。


「わかりました。俺……この護符、あの人に渡します」


「それでいい。風はもう、答えを知っている」


シンゲンはそう言って、背を向けた。


「さぁ、行け。お前が帰るべき場所へ」


「……ありがとうございました」


アオイは深く頭を下げる。


そして、再び“蒼の門”へと向かった。


──護符を胸に、風を背に受けながら。


********


光が差し込む。けれど眩しくはない。


その向こうに、誰かの声が聞こえた気がした。


 


「──おかえり」


 


アオイは微笑んだ。


そして、一歩、門の先へと踏み出した──。


──朝の光が、森に差し込んでいた。


葉の隙間からこぼれる陽射しが、淡く、やさしい風とともに地面を照らしている。


 


「……来た」


 


ユナが、ふと顔を上げた。


火を落とした鍋の前に座っていたレオンも、同じ方向に視線を向けた。


 


「ようやくだな。あいつの足音、聞こえるぜ」


 


ミレイが立ち上がり、眩しそうに空を仰ぐ。


「なんか、顔つき変わってる気がするなー。ほら、前よりちょっと……凛々しくなった?」


 


「当たり前だ。男は修行で変わるんだよ」


 


ガルドが一言だけ呟きながら、腰を上げる。手には、すでに新しく焼いた干し肉。


 


──そのとき、草を踏む音。


朝の光の中、アオイの姿が現れた。


 


道着の裾は少し汚れている。髪も、わずかに乱れている。


でも、彼の表情には――揺るがぬ芯が宿っていた。


 


「……みんな」


 


その声に、ユナが駆け寄った。


言葉は交わさない。ただ、両手でアオイの手を取って、ぎゅっと握った。


 


「おかえり」


 


アオイは、少し照れたように笑った。


「うん。ただいま」


 


レオンが腕を組みながらにやりと笑う。


「ったく、どんだけ待たせんだよ。もう朝飯、二周目入るとこだったぞ」


 


「ごめんごめん。でも──掴めたよ、“芯”。そして、“蒼”を」


 


ミレイが片目をつぶる。


「なら、合格。さ、話は道すがら聞くから、次の街まで案内してくれる?」


 


アオイは頷いた。


「うん。風が教えてくれた。次の“記憶の痕跡”は──北の谷にあるって」


 


ガルドが荷を持ち直し、黙って先に歩き出す。


いつもの調子だ。誰よりも早く、誰よりも静かに進む仲間。


 


アオイは仲間たちの後ろ姿を見つめたあと、ゆっくりと歩き出した。


 


──蒼の門で見た、あの優しい光。


あの感覚は、きっとこれから何度も支えになってくれる。


 


それはただの魔力ではない。

「誰かを想う気持ち」が力になる──そんな、青の誓いだった。


 


森を抜け、風が吹いた。


その風の中に、ほんの一瞬、誰かの声が混じった気がした。


 


──「また、試練は来る。それでも進め、お前が信じた道を」


 


アオイは頷く。


「うん。行くよ。みんなと一緒に──今度は、俺が守る番だから」


 


朝の光の中、旅が再び始まる。


アオイの“蒼”は、今確かに、世界とつながっていた。



ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


今回は、修行編の大きな節目となるエピソードでした。

“力”だけでなく、“想い”がアオイを支える“蒼”の正体であり、

それは彼自身が選び取った「帰る場所」でもあります。


旅立ち、出会い、成長、そして再会。

ようやく仲間たちと同じ景色を見られるようになったアオイのこれからを、ぜひ見届けてください。


ここまで来てくださったあなたに、心からの感謝を。

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