表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/31

第27話 風の門に至る道

修行の夜が明け、新たな旅が始まる──


“蒼”という力の“核”に触れたアオイは、ついに“風の門”へと辿り着きます。

そこに待つのは、自らの内なる影との対話。そして、かつて出会った“名もなき記憶”の断片との再会。


この一話では、音のない空間、“風の門”という試練の中で、アオイが何を掴み、何と向き合ったのか──

静かで深い“蒼”の物語、ぜひご覧ください。

──朝が来た。


けれど、まだ空は深い藍色を残している。


 


アオイは、泉の前にひとり立っていた。


湧き出す水は変わらず澄み、冷たい空気のなかで静かに音を立てている。


彼の胸の奥に、確かに何かが灯っていた。


“蒼の核”。


昨夜、深く沈んだ意識の底で触れたそれは、今もなお、かすかに光を放ち続けていた。


 


(変わったんだ……)


自分の内側にある、何か大きな流れが。


“流れ”を知り、“芯”を保ち──その先にあったのは、燃えるような力ではなく、ただ静かに、確かに存在する“青の力”。


 


(でも……ここからだ)


それを手にした今こそが、本当の始まり。


アオイは、そっと呼吸を整える。


胸の奥に触れるたび、あの青い光がほんのわずかに応えてくれる。


まだ不安定で、すぐにでも消えてしまいそうな灯──


けれど、それでもいいと思えた。


それが、今の自分にとっての“強さ”だから。


 


「……来たか」


背後から、足音。


振り返れば、ハクロウとシンゲンが並んでこちらを見ていた。


ふたりの目には、言葉にならない何かが宿っていた。


「気配が変わったな」と、シンゲンがぽつりと呟く。


ハクロウは、少しだけ笑った。


「芯に火が入ったか。……いや、“青”に色がついた、ってとこか?」


 


アオイは、照れくさそうにうなずいた。


「少しだけ、ですけど。でも……確かに、何かが“ある”って、わかります」


 


「なら十分だ」


ハクロウがそう言って、泉のほうへと視線を向ける。


「ここまで来たなら、“門”を越える資格はある」


 


「風の門──ですね」


 


シンゲンがうなずく。


「次は、そこを越えること。お前の“青”が、本当に世界と繋がれるかどうかの境目だ」


「……行けるか?」


ハクロウの問いに、アオイは一瞬だけ目を閉じて──そして、静かに頷いた。


「行きたいです。もっと深く、青を掴みたい」


 


その言葉に、師たちは満足そうに頷いた。


「なら、ついてこい」


「この先はもう、“教える”ことはない。だが、“感じる”ことはできるはずだ」


 


アオイは、ふたりの後を追って歩き出す。


薄明の空に、白んだ雲がゆっくりと流れていく。


新しい一日と、新しい力の始まり。


その一歩は、確かに“風の門”へと続いていた──


三人は、森の奥へと静かに歩を進めた。


風が枝葉をかすめ、朝の冷気が肌を撫でる。


だがその道は、ただの山道ではなかった。


 


徐々に、空気の密度が変わっていく。


音が消えていく。


鳥の声も、木のざわめきも──すべてが、何かに吸い込まれていくようだった。


 


(ここが……“風の門”)


アオイは、前を歩くハクロウとシンゲンの背を見つめながら、無言のまま足を進める。


目の前の景色は、まるで世界が滲んでいるようだった。


 


霧が、地を這うように広がっている。


色のない靄は、昼とも夜ともつかぬ淡い光をまとっていた。


 


やがて、ふたりの足が止まった。


そこは開けた岩場だった。


霧の向こう、岩肌の裂け目が、まるで“門”のように口を開けている。


風が、そこから吹き出していた。


 


吹き上がるでも、吹き下ろすでもなく──ただ“そこにある”風。


だが、その存在感は圧倒的だった。


身体の芯を揺さぶられるような、深く、重い、風の気配。


 


「ここが、“風の門”だ」


ハクロウが静かに告げる。


「これより先は、誰の導きもない。あるのは、お前自身の“風”と“青”だけだ」


 


アオイは、門の前に立った。


霧が、彼の足元をなぞるように流れていく。


 


「この門をくぐる前に、もう一度だけ確認しよう」


シンゲンが口を開いた。


「お前が今持っている“芯”──それが偽物であれば、この門は開かない」


 


アオイは、目を閉じる。


胸の奥に、そっと触れる。


そこには、小さな、けれど確かな蒼の灯があった。


(俺は……もう、逃げない)


 


ゆっくりと目を開け、口元に静かな笑みを浮かべる。


「大丈夫です。……俺の“青”は、もう揺らがない」


 


シンゲンが頷いた。


「なら行け。……“風の門”の向こうに、お前の答えがある」


 


アオイは、一歩踏み出した。


風が強くなった気がした。


だがそれは、拒絶ではなかった。


まるで彼を歓迎するように、風が身を包んでいく。


霧が渦を巻き、岩の門が、音もなく開かれた──ように見えた。


 


そして、彼の姿はその向こうへと消えていった。


 


 


その背を見届けたふたりの師は、しばし無言で立ち尽くしていた。


「……行ったな」


シンゲンが、呟くように言った。


「ああ。ようやく“流れ”に入った」


 


ハクロウが、小さく目を細めた。


「だが、あの先にあるのは“正念場”だ」


 


シンゲンもまた、表情を引き締める。


「“蒼”は優しくて、深いが──ときに人の心を呑み込む」


「見守るしかねぇさ。あいつがどうやって、自分の“青”と向き合うのか」


 


ふたりは、風に吹かれながら静かに立ち尽くしていた。


霧の奥に消えたアオイの姿を、見えない未来を、ただ信じて。


 


──その先に待つものは、まだ誰にも見えていなかった。


──音が、消えた。


 


アオイが〈風の門〉をくぐった瞬間、世界の“法則”が変わった。


風はある。霧もある。けれど、音だけが存在しない。


 


自分の呼吸すら、耳には届かない。


足音も、風の流れも、すべてが“無音”に包まれていた。


 


(ここが……門の中?)


 


周囲を見渡すと、空間そのものが“揺らいで”いた。


地と空の境界が曖昧で、霧と風と光が、すべて溶け合っている。


まるで夢の中にいるようだった。


 


一歩、また一歩と進む。


地面の感触はあるのに、足元に草も石も見えない。


ただ“歩ける”場所が、そこにあるだけ。


 


──そのときだった。


 


(……何か、いる)


 


胸の奥で、“蒼”が微かに脈打った。


反応している。明らかに、何か“異質”なものが近くにある。


 


アオイは立ち止まり、静かに目を閉じた。


呼吸を整える。風の型で学んだ、“静”の感覚に身を委ねる。


 


そのとき──


 


霧の向こうに、黒い“裂け目”が浮かび上がった。


それは空間の亀裂のようでもあり、記憶の断片のようでもあった。


 


(……これは、“カルヴァロ・ノクス”の……?)


 


以前、“冷気の泉”で垣間見た影。


名前だけが心に刻まれ、姿も意志も曖昧なまま残っていた“存在”。


今、その“名残”が、この門の中でうごめいている。


 


──そして、それは形を変えた。


裂け目の奥から、“影の獣”がにじみ出るように姿を現した。


 


それは、獣のようでもあり、人のようでもあり──何より“空虚”だった。


輪郭は不定形で、中心にはぽっかりと黒い穴がある。


そこから、“何もない”という恐怖だけがにじみ出ていた。


 


(……幻、じゃない。これは……試されてる)


 


影が、アオイを見た。いや、正確には“感じ取った”。


そして──


 


「──クァアアァ……」


 


声にならない咆哮が、音のない空間に響いた“気がした”。


次の瞬間、獣の影が疾風のようにアオイへと襲いかかってきた。


 


アオイは反応する。


風のように身を滑らせ──だが、影は読んでいたように、進行方向を塞ぐ。


 


(速い……! いや、“読まれてる”?)


 


一撃。さらにもう一撃。


黒い腕のようなものが伸び、アオイを切り裂こうとする。


しかし──触れた瞬間、痛みはない。


代わりに、“心の奥”に冷たさが走った。


 


(これ……精神に触れてきてる!?)


 


踏み込み、反撃。


だが影はまるで霧のように形を変え、打撃をすり抜けていく。


物理ではない。


意思と、“芯”の強さが試されている。


 


アオイは後退し、静かに姿勢を整えた。


胸の奥に集中する。そこにある、“蒼”の灯。


 


──すると、不思議と影の動きが鈍った。


 


(やっぱり……“青”が鍵だ)


 


アオイは、改めて構える。


身体ではなく、“心”で風を感じ、流れを読む。


 


──“芯を保ち、流れを掴み、蒼を導く”。


それが、シンゲンの言葉だった。


 


次の瞬間。


アオイの手のひらに、かすかに青い光が灯る。


 


(これが……俺の“答え”だ)


 


光が、風を纏った。


無音の空間に、微かな光のうねりが広がる。


それは、霧を裂くように“影”へと向かっていった──



──青い光が、影を貫いた。


それは物理的な攻撃ではない。


“存在”に触れる力。アオイ自身の内から生まれた、揺るぎない“想い”の結晶。


 


影は一瞬、動きを止めた。


その形が、ぐにゃりと揺らぐ。


黒い霧が剥がれるように、輪郭が淡くなる。


 


(……効いてる。けど──)


 


アオイは静かに構えを解いた。


もう、攻撃の意思はなかった。


むしろ今は、“聞こえる”気がしていた。


 


「……お前は、誰なんだ?」


 


無音の空間に、言葉は吸い込まれていく。


だが、影は応えた。


音ではない。“心の内側”に、声が届いた。


 


──我は、かつて在りし“記憶”。


──名を持たぬ、欠片。


──だが、お前は……名を知っている。


 


(カルヴァロ……ノクス)


 


そう名を呼んだ瞬間、影が微かに震えた。


断片的な映像が、アオイの意識に流れ込んでくる。


 


──赤黒い空。


──焼け焦げた木々。


──そして、そこに立つ“誰か”の姿。


顔は見えない。ただ、静かに背を向けている。


その背中には、深い孤独と“渇望”が刻まれていた。


 


(……これは、記憶? この影の……?)


 


──“核”を持たぬ者は、永遠に飢える。


──“在る”ことを赦されず、“在らぬ”こともできぬ。


──だから……求める。“コア”を。“芯”を。“存在”を。


 


影の言葉が、苦しみに満ちていた。


攻撃ではなかった。ただ、存在を保てずに“叫んでいた”のだ。


 


アオイは、ゆっくりと手を伸ばす。


胸の奥にある、蒼い光。


“在る”と信じられるようになった、自分自身の“芯”。


 


「……なら、俺の光を見ろ」


 


手のひらから、再び青が灯る。


それは強くもなく、眩しくもない。


ただ、静かに──確かに、そこに“在る”。


 


──影が、近づいた。


だが今度は、襲いかかるのではなく、ゆっくりと、溶けるように。


アオイの蒼に触れたその瞬間、影は微かに“笑った”ように見えた。


 


──見つけよ、核の先にある“門”を。


──その先に、“真実”がある。


 


言葉と共に、影は霧へと還っていった。


音もなく、静かに、消えていく。


 


アオイは、その場に立ち尽くしていた。


胸の奥で、“何か”が確かに芽吹いている。


 


──そして気づく。


風の流れが戻っていた。音も、空気も。


現実と夢の境界が、少しずつ元に戻っていく。


 


(……まだ、終わってない)


アオイは拳を握る。


 


「でも、進める。ちゃんと、“在る”って言えるから」


 


そう呟いた時、遠くで誰かの声が聞こえた。


 


「──アオイ!」


*******


「──アオイ!」


 


その声は、確かに現実のものだった。


耳ではなく、胸に届くような。


 


アオイはゆっくりと目を開けた。


そこには、〈風の門〉があった。


朝日を背に受け、静かにそびえていた。


 


門は、ただの石造りではなかった。


風紋のような文様が表面に刻まれ、微かに蒼く脈打っている。


まるで、彼の“変化”に応えるように。


 


(ここが……風の門)


 


そう感じた瞬間、背後から足音が近づいた。


振り返ると、そこには──ユナがいた。


風に揺れる金の髪。安堵と優しさが混ざった瞳。


 


「──本当に……帰ってきたんだね」


 


その言葉に、アオイはただ、頷いた。


 


「……ただいま、ユナちゃん」


 


言葉が、自然とこぼれた。


それは、初めて“自分の意思”で彼女に返した挨拶だった。


 


ユナの目に、ほんの少し涙が浮かぶ。


けれど、彼女は笑った。


「うん。おかえり」


 


ふたりの距離が、少しだけ縮まった。


 


そのすぐ後ろ、レオンたちの姿も見える。


「やっとだな、お前。遅せぇぞ」


「でも、“いい顔”してる」


ミレイが微笑み、レオンは口元を緩める。


 


ガルドは無言で、アオイの肩をポンと叩いた。


それだけで、すべてが伝わってくる気がした。


 


「……ありがとう、みんな」


アオイの声は静かだったが、芯のある響きだった。


 


その時だった。


門の文様が、ふわりと輝きを放つ。


風が吹く。優しく、しかし確かな力を持って──


 


「……行こう。次の場所へ」


 


アオイがそう言った瞬間、風の門が静かに“開いた”。


扉があるわけではない。ただ、空間が裂けるように開かれ、淡い青い光がその先に道を照らしていた。


 


「……この先が?」


 


「“風の門”の向こう、“青の流派”の本当の修行場……だと思う」


アオイが答える。


それは予感ではなく、確信だった。


 


ユナが彼の隣に立つ。


「一緒に行こう」


 


アオイは驚いたように彼女を見る。


「えっ、でも──」


「修行に付き添うわけじゃないよ」


ユナは微笑む。


「でも、“一緒に進む”ことはできる。アオイくんが前に進もうとしてるなら、私も……」


 


彼女の瞳は、まっすぐだった。


その言葉に、アオイは小さく笑って、頷いた。


「……ありがとう」


 


そして、彼らは歩き出す。


風の門を抜け、さらなる深みへ──


それは、新たな旅の始まりだった。


 


夜が明け、朝の光が差し込む。


風の音が優しく、しかし確かに背中を押していた。


 


──蒼の力を得る旅。


それは、まだ始まったばかり。


朝の光は、木々の隙間を縫って地面に降り注いでいた。


アオイは、一歩一歩を確かめるように、草の道を踏みしめていた。


隣にはユナ。少し後ろに、レオンたちの気配。


 


──風の門を抜けた先は、まるで別の世界だった。


どこまでも静かで、空が澄んでいた。


だがそれは、冷たいわけでも、寂しいわけでもない。


むしろ、“歓迎されている”ような感覚だった。


 


(ここが……青の修行場)


アオイは、ゆっくりと息を吐いた。


空気が違う。身体に染み込むような透明な気配。


 


風が吹いた。


それは、どこか懐かしい旋律のようで──まるで、誰かの声のようだった。


 


──ようこそ、“蒼の道”へ。


 


言葉ではない。けれど、心に確かに届いた“呼びかけ”。


アオイは、胸の奥に手を当てる。


そこにはもう、迷いはなかった。


 


(俺は、“在る”。──ここに)


 


そしてその時、彼の足元に、微かな光が浮かんだ。


風紋のように広がる蒼の光。


それはまるで、“核の覚醒”を祝う印だった。


 


アオイは笑った。


静かに、そして、確かに。


 


──長い夜が終わり、蒼の旅が始まる。


それは、彼自身が“蒼の誓い”を刻む物語の、本当の始まりだった。


ここまで読んでくださって、ありがとうございました!


“風の門”は、アオイにとって“真の修行”の入り口であり、

同時に「自分はここに“在る”」と確信するための、大切な通過点でもありました。


音のない空間での戦いは、実は“戦い”ではなく、“対話”であり、

かつて“カルヴァロ・ノクス”の名で登場した存在との繋がりを、少しだけ匂わせています。

まだ謎は多いですが、アオイの“蒼”が少しずつ、それを照らし始めています。


次回からは、“青の修行場”での物語が始まります。

いよいよ“蒼の誓い”に至る道──その第一歩を、どうぞ見届けてください!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ