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第15話 そして、君のいる世界へ

森の奥に広がるのは、“忘れられた記憶”の眠る場所。

アオイたち〈暁星の灯〉がたどり着いたのは、紅の騎士団と向き合う“交差点”でした。


怒りと哀しみを抱えた過去と、

それでも進もうとする現在。


静寂の中、彼らが見つめた“影”の正体とは。

黒樫の森の奥へと進むにつれ、空気がさらに変わっていった。


音が、消えていく。


風も、虫の声も、鳥のさえずりも。


すべてが、沈黙に包まれていた。


 


「……気配が、違う」


アオイが足を止める。


目の前に広がるのは、異様な空間。


木々はねじれ、根が地面を突き破っている。


湿った空気の中で、土が、鼓動のように“うねった”。


 


「まるで、森そのものが……何かを産み落とそうとしてるみたいだ」


アオイの言葉に、ミレイが頷く。


「この感じ……魔物じゃない。“人の気配”。でも、怒りと、悲しみと……混ざってる」


 


「……あいつらだ」


ガルドが、低く呟いた。


その声には、確信と、わずかな震えが混じっていた。


 


「ガルド……?」


ユナが振り返る。


ガルドは言葉を返さない。ただ、奥へと続く道を睨んでいる。


 


そのとき、ユナの胸元で、ペンダントがわずかに光った。


ぴくん、と反応したかのように震える。


 


「……胸が、ざわつく。まるで、“記憶”が拒んでるみたい」


ユナの声は、どこか苦しげだった。


 


アオイは一歩前に出る。


「大丈夫、俺がいる。……みんながいる」


 


その瞬間、地面が微かに揺れた。


“ドゥン……ドゥン……”と、鼓動のような震動。


 


「これは……」


レオンが剣に手をかける。


「来るぞ。構えろ」


 


森の奥から、冷たい気配が近づいてくる。


それは、明確な“敵意”ではない。


けれど、ただならぬ“存在”の気配。


 


「……誰かが、待ってる」


アオイの呟きに、誰も反論はしなかった。


 


空間が歪み、時間がねじれる。


“何か”が、そこにいる。


そして、確かに彼らを──待っていた。


森の裂け目のような空間を抜けた先――


そこには、異質な“静寂”が支配する空間が広がっていた。


空間の中央、崩れかけた石造りの祭壇のような場所に、赤き影がひとつ、立っている。


 


「……ヴァルド」


 


アオイの声が、空気を震わせる。


その名を呼ばれた瞬間、赤い鎧の男がゆっくりとこちらを振り返った。


顔に刻まれた静かな怒りと哀しみ。


かつて彼が“騎士”であったことを、何よりも雄弁に語っていた。


 


「よく来たな、蒼き者たちよ」


 


その声は静かだったが、奥に燃える“何か”を宿していた。


彼の背後には、ノエル、カリス、ラズ──紅の騎士団の面々が並んでいた。


 


「……どうして、ここに」


ユナが言葉を絞り出す。


ヴァルドはその問いには答えず、ただ目を細める。


 


「この森に眠るもの。それを、“確かめに”来た」


 


「……知っているのね。この森が、何かを“抱えている”ってこと」


ミレイの問いに、ノエルが応じるように静かに頷いた。


「記憶の森。この黒樫の奥には、王都さえも掴めなかった“忘却の裂け目”がある。それは、かつて王国が──私たちが、“見なかったことにした”場所」


 


「じゃあ……」


レオンが剣を抜く気配を見せる。


「お前たちはそれを、“処理”しに来たのか? また誰かを、忘れさせるために」


 


「違う」


答えたのは、カリスだった。


彼女は微笑のような、苦笑のような表情を浮かべていた。


「俺たちは、確かめに来ただけさ。……この森に、本当に“彼ら”が残っているのかどうかを」


 


「彼ら……?」


 


「我らがかつて、救えなかった“子どもたち”だ」


 


その言葉に、全員の息が止まった。


空気が、一瞬、凍る。


 


「……それが、“忘れられた者たち”の正体?」


アオイが口にしたとき、ヴァルドが一歩前に出る。


 


「この森は、我らがかつて背を向けた“記憶”の墓だ。お前たちが今、感じている痛みと悲しみ……それは、我らが“選び取った代償”だ」


 


「選び取った……?」


ユナが苦しげに繰り返す。


「それでも、あなたたちは……!」


 


「だから、来た」


ヴァルドの瞳が鋭く光る。


「“忘れない”ために。そして──“許されない”と知るために」


 


その声には、かつての騎士の誇りと、深い懺悔が滲んでいた。


 


(この人たちは……敵じゃない。けど……)


アオイは、自分の手が自然と拳を握っていることに気づく。


(この“想い”は、どこへ向ければいい?)


 


そのとき、地面が小さく震えた。


森の奥から、再び黒い霧が――いや、“何か別の存在”が、静かに近づいてくる。


 


ユナのペンダントが再び光を放つ。


 


「来る……!」


 


だが、それは前の霧とは違っていた。


もっと、鋭く、冷たい。


もっと――“怒り”に満ちている。


 


「これは……!」


 


ヴァルドが剣を抜いた。


「――“彼ら”だ。まだ、終わっていない。いや……俺たちが、終わらせていないんだ!」


 


紅の騎士団と〈暁星の灯〉が、共に振り返る。


過去と、記憶と、罪と――


すべてを背負いながら、彼らは“その姿”を、正面から見据える。


“それ”は、霧ではなかった。


むしろ――黒く、冷たく、鋭い“影”のようなものだった。


人の形にも見えるが、その輪郭はぼやけ、常に揺らいでいる。


それでいて、存在感は圧倒的だった。


 


「これは……」


アオイが言葉を飲む。


 


その影は、まるで“断罪”そのもののようだった。


怒り、悲しみ、諦め、苦悩――


複数の“想い”が重なり合い、ひとつの怪物となった存在。


 


「……“彼ら”か」


ヴァルドが小さく呟く。


「俺たちが見捨てた子どもたち。あの戦乱の中、保護を最優先にできなかった……そして、それを“記憶”ごと闇に葬った者たちの、残響」


 


「忘れられた記憶が、“怒り”として形を持ってしまったのね……」


ノエルが静かに魔法陣を展開しながらつぶやく。


 


「――行くぞ!」


レオンが吠えるように叫び、剣を構える。


 


「共闘するぞ、ヴァルド!」


アオイもまた、力強く叫ぶ。


「過去を背負ってるなら、今、俺たちが立ち向かうしかない!」


 


ヴァルドは短くうなずくと、剣を構えた。


「ならば、誓おう。“彼ら”を、再び孤独にはさせない。俺たちの過ちを、“今”で償う」


 


二つのパーティが、影に向かって一斉に駆け出す。


 


 


* * *


 


「レオン、上を取られたぞ!」


「ガルド、援護を!」


「ミレイ、光の陣で影を制御して!」


 


連携が続く。


一撃ごとに、“影”は感情を放出するように揺らぎ、叫び、姿を変えていく。


 


「これは……子どもたちの声……!」


ユナが影の奥に感じ取る。


怯えた声、助けを求める声、そして――無力な怒り。


 


そのとき、彼女のペンダントが大きく光を放った。


 


「……聞こえる。あなたたちの想い、届いてる」


 


ユナは静かに、前に出る。


戦う仲間たちの後ろで、彼女は手を合わせる。


 


「今はもう、ひとりじゃない。私たちが、ここにいる」


「だから――もう、苦しまなくていい」


 


ペンダントから放たれた光が、影の中へと差し込む。


その瞬間、影の形が少しずつ崩れ――中から、小さな“手”が伸びてきた。


 


子どもたちの幻影だった。


怯えた、泣きそうな表情で、ユナを見つめている。


 


「大丈夫。ここにいるよ」


 


ユナはその手を、そっと取った。


次の瞬間――影が、音もなく崩れた。


 


それは、ようやく“許された”記憶の解放だった。


 


静寂が戻る。


ただ、風が、そっと森を抜けていった。


アオイが一歩踏み出すと、ヴァルドもまた、静かに前へ出た。


 


「その覚悟……俺たちも、共に背負わせてもらう」


 


アオイが眉を上げる。背後でミレイが小声で呟いた。


「どういうこと……?」


 


そのとき、ラズが無言で一歩、前に出た。


重い鎧がきしむ音と共に、彼は静かに頭を下げる。


 


「……俺は、かつてこの森を、焼いた。命令とはいえ……悔いている」


 


ラズの声は低く、だが確かな震えを帯びていた。


誰も、その言葉を遮らなかった。


 


「今さら何をしたって、過去は変わらねぇよ」


そう言って口を挟んだのはカリスだった。


双剣を腰に収め、どこか投げやりな表情を浮かべながらも、その目はまっすぐにアオイを見ていた。


 


「けどな。だからって、何もしねぇで突っ立ってるよりは、マシだろ?」


 


「……カリス」


ユナが名前を呼ぶと、彼は照れ隠しのようにそっぽを向いた。


「勘違いすんなよ。気に入らねぇだけだからな、お前らの綺麗事が」


 


「ふふ、カリスは素直じゃないから」


と笑ったのは、ノエルだった。


炎の紋をあしらったローブの裾をなびかせ、静かに歩み寄ってくる。


 


「けれど……私も、ここで終わりたくない。“想い”が力になるというのなら、それを信じてみたいの」


 


アオイは、それぞれの顔を順に見た。


ラズの沈黙。カリスの照れ隠し。ノエルのあたたかさ。


そしてヴァルドの、まっすぐな意志。


 


「……ありがとう」


自然と、その言葉がこぼれた。


「俺たちはまだ……出会って間もない。でも、こうして力を貸してくれるなら、俺たちはもう“仲間”だ」


 


「仲間、か……」


ヴァルドが小さく呟き、どこか懐かしそうな表情を見せた。


 


そのとき、ユナが一歩前に出た。


「きっと、あの霧の中にいた“誰か”も……あなたたちを待ってたんだと思う。気づいてほしいって」


 


ペンダントの光が、わずかに瞬いた。


森の気配が、少しだけやわらいでいた。


焚き火の炎が、パチパチと音を立てながら揺れていた。


深い森の夜。風は凪ぎ、虫の声もどこか遠慮がちに聞こえる。

その静けさが、かえって今夜の出来事を際立たせていた。


 


「……なんだったんだろうな、あの“霧の獣”」


レオンが火を見つめたまま呟く。


「ただの魔物じゃない。“心”があった。ユナちゃんが言ってた通り、きっと誰かの記憶……」


アオイの言葉に、皆が小さくうなずいた。


 


「記憶が形を持つなんて、本来はありえないけど……この森、やっぱり“普通”じゃないわね」


ミレイが火に手をかざす。


「……普通じゃないのは、俺たちの任務も、か」


 


ガルドの低い声に、皆の表情が少し硬くなる。


 


「ねえ」


ふいにユナが口を開いた。


「この森で……“あの人たち”に会うかもしれないって、そう思わない?」


 


「あの人たち、って……」


アオイが目を細める。


 


「紅の騎士団。ヴァルドっていう、あの……」


 


「ああ、あの“圧”は忘れられねえよ」


レオンが苦笑混じりに言った。


「副官の女──名前なんて言ったっけな……カリス、だっけ? あいつの目つき、氷みたいだったよ」


「双剣使いのね。あの素早さ、魔法じゃ追えないくらい」


ミレイが肩をすくめる。


「見た目は気怠そうなくせに、戦闘では冴えてたわ」


 


「それに……あの重装の男」


ガルドが静かに続けた。


「“ラズ”。あの盾は、ただの防具じゃなかった。魔法障壁を絡めた、強化の術式が刻まれていた。おそらく、王国軍でも上位の装備」


 


「よく覚えてるね」


アオイが感心したように言うと、ガルドは小さくうなずいた。


「……忘れられない。あの盾に、一度は武器を弾かれたからな」


 


「それだけじゃない」


ユナがぽつりと言った。


「たしか……後ろに、魔法使いの女の人がいた。赤いローブで、瞳がどこか哀しそうだった……」


 


「ノエル、だったかな。たしか火系と幻惑魔法の使い手だって聞いたことある。王立魔術院出身のはずだけど、今はヴァルドと一緒にいる……」


ミレイの言葉に、場が静まりかえる。


 


「……あの人たちは、何を探してるんだろう」


アオイが火の揺らめきを見つめながらつぶやいた。


「俺たちと同じように、“記憶”の痕跡を追ってるのか……それとも──」


 


「彼らは、何かを“取り戻そう”としてる気がするの」


ユナの声が、夜の空気に吸い込まれていく。


「誰かを救いたいのか、それとも……自分たちの過去を、赦したいのか。あの人たちもまた、傷を抱えてる。そう感じたの」


 


しばらく、誰も言葉を発さなかった。


ただ、焚き火の炎がゆらゆらと、夜の帳を照らしていた。


 


「……じゃあ、俺たちも同じかもな」


レオンがぼそりと漏らす。


「背負ってるものの重さは違っても、俺たちも“誰かの記憶”に触れてる。そいつをどう受け止めるかって、それだけなんじゃねえの」


 


「……明日も、森を進むのよね?」


ミレイが寝袋の準備をしながら言う。


「この先、また“何か”が現れる可能性、大。……次は甘くないわよ」


 


「うん、でももう逃げない」


ユナがそっと笑った。


「“あの子”のことを忘れないように、この先も──ちゃんと、進んでいくの」


 


アオイも同じように笑みを返した。


「俺たちには、仲間がいる。レオンも、ミレイも、ガルドも、ユナちゃんも──誰かが迷っても、きっと引っ張ってくれる」


 


「おい、さらっと言うなよ。そういうの照れるだろ」


レオンが頭をかきながら笑う。


 


「……だが、悪くない言葉だ」


ガルドがぽつりと付け加えると、皆が静かに笑った。


 


風が吹いた。


その風は、どこか“遠い場所”からの記憶を運んでくるような、そんな優しい風だった。


そしてその風の先には、まだ語られぬ想いが、彼らを待っている。


 


──静かな夜が、過ぎていく。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


今回は、紅の騎士団との本格的な接触、そして“記憶”が怪物となって現れる展開でした。

この話を書きながら、ただ戦うのではなく、

“赦し”とは何か、“過去を受け止める”とはどういうことか──そんなテーマを自分自身にも問いかけていた気がします。


戦闘シーンと心の対話、そしてパーティとしての絆が少しずつ深まっていく構成にしています。

重たくも温かい、そんな物語を、これからも積み重ねていきます。


次回、記憶の森の旅はまだ続きます。

また読みに来ていただけたら嬉しいです。

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