第10話 廃教会跡地への道中
静かな霧の谷を抜けたアオイたちは、次なる任務へ――
王都東部に残された“廃教会跡地”。
記憶異常の報告を受けて向かった先で、彼らが目にしたのは、ただの魔物ではない“何か”でした。
今回も戦闘あり、記憶あり、ガルドさんの無言の優しさ(?)ありでお届けします。
※このお話から新章に入りつつあります。少しずつ、物語の核心に迫っていきます。
朝靄の残る街道を、アオイたちは静かに歩いていた。
目的地は、王都東部の外れにある“廃教会の跡地”。ギルドからの正式な依頼として、“記憶異常”が確認されたという現場だ。だが、アオイたちはそれが単なる異常で終わらないことを、すでに理解していた。
――なぜなら、そこには“紅の騎士団”の影が見え隠れしていたから。
「なあ、あの教会って……何百年も前の宗派の廃墟なんだっけか?」
先頭を歩くレオンが、ぼそりと呟く。
「ああ。信仰の対象が禁じられて、封印された場所だって聞いた。いまじゃ魔物の巣窟って噂もあるけど……」
ミレイが地図を確認しながら答える。
「でも、“記憶異常”が起きるような場所には、必ず何かがある。……たぶん、“痕跡”の一部が、そこに残ってる」
ユナが前を見据えたまま、静かに言った。
アオイはその横顔を見つめながら、黙って歩を進める。
――彼女は、なぜあんなに確信しているんだろう。
まるで、すでに知っているかのように。霧の谷の時も、今も。
(……ユナちゃんの中には、俺がまだ知らない“何か”がある)
それが気になって、アオイは彼女の背中ばかりを目で追ってしまう自分に気づいた。
「ったく、お前さんまた見惚れてんのか?」
ぼそりと、ガルドが耳元で囁いた。
「ち、違っ……!」
咄嗟に否定するが、頬が熱くなる。
その反応に、ガルドは鼻で笑っただけだった。
「……ガルドさん」
「ん?」
「昔、ここらへん……来たことあります?」
ふと思い立って、アオイが聞いた。
ガルドは少し黙った後、「ある」とだけ答えた。
「けど、何も言わねえよ。話すほどのことじゃねぇからな」
その言葉の奥にある“何か”を、アオイは聞き返すことができなかった。
やがて、木々の間から、崩れかけた石造りの建物が見えてきた。
廃教会だった。
天を衝くような塔はすでに崩れ落ち、教会の本堂も骨組みだけを残して風雨に晒されていた。
「……ここが、“記憶異常”の現場」
ミレイが口を開く。
空気が、変わっていた。
湿った石の匂いと、うっすら漂う魔力の残り香。それは、確かに何か“強い想い”がこの場所に焼き付いた痕跡だった。
「ここにも……“何か”が、ある」
アオイは、無意識に拳を握っていた。
廃教会の入口に近づくと、アオイは足元に違和感を覚えた。
──冷たい。
石畳に触れる空気が、不自然に冷たいのだ。
「……ここ、時間が止まってるみたいだ」
ユナが小声で呟く。
たしかに、風も鳥の声も、まるでこの教会の周囲だけが隔絶されているかのように静まり返っていた。
「魔力の影響だな。しかも、相当古くて……深い」
ミレイが魔力探知の魔法を展開しながら言う。
「入りましょう。気をつけて」
レオンの合図で、全員が武器を構える。崩れかけた扉を押し開けると、内部はさらに静まりかえっていた。
ステンドグラスは砕け、祭壇は半分崩れ落ちていた。それでも、中央に伸びる通路の先には、かつて信仰の象徴だったであろう石碑が、ぽつんと残っている。
──その瞬間。
「……見えた!」
ミレイが声を上げる。
空間が揺らいだ。
目の前の現実が、一瞬だけ“別の記憶”と重なったように感じた。
祭壇の周囲に、誰かが祈っている姿。
手を合わせる女性と、それを見守る若い騎士。ふたりの間に交わされた、何か強い“想い”。
だが、それは一瞬で霧散する。
「……誰かの、記憶だ」
アオイが呟く。
「視えた」のではない、「触れた」感覚だった。
「やっぱり……“痕跡”がある。しかも、かなり深いところに」
ユナの声に、全員が頷いた。
そのとき──
ギィ……。
廊下の奥から、きしむような音がした。
全員が一斉に身構える。
「誰か、いるのか……?」
レオンが声をかけるが、返事はない。
その代わりに、空気が変わった。
急激に冷たくなったかと思うと、空間そのものがわずかに歪んだ。
──記憶の魔物、か?
「構えろ、来るぞ!!」
レオンの叫びと同時に、奥の闇から“それ”が姿を現した。
全身を灰色のローブで覆った人型。
だが、顔も手もなく、ただ“想念”の形を成しただけの存在。
「また、あの“抜け殻”……!」
アオイが叫ぶ。
「いや、違う……これは、“意志”を持ってる!」
ユナが直感で見抜いた。
かつての霧の谷の魔物とは違う。今目の前にいる存在は、明確な敵意を持ってこちらに向かってきていた。
理由はわからない。
だが、“この場所”を守るように、あるいは“何か”を隠そうとするかのように──
「くるぞ!」
その叫びと共に、戦闘が始まった。
廃教会の入口に近づくと、アオイは足元に違和感を覚えた。
──冷たい。
石畳に触れる空気が、不自然に冷たいのだ。
「……ここ、時間が止まってるみたいだ」
ユナが小声で呟く。
たしかに、風も鳥の声も、まるでこの教会の周囲だけが隔絶されているかのように静まり返っていた。
「魔力の影響だな。しかも、相当古くて……深い」
ミレイが魔力探知の魔法を展開しながら言う。
「入りましょう。気をつけて」
レオンの合図で、全員が武器を構える。崩れかけた扉を押し開けると、内部はさらに静まりかえっていた。
ステンドグラスは砕け、祭壇は半分崩れ落ちていた。それでも、中央に伸びる通路の先には、かつて信仰の象徴だったであろう石碑が、ぽつんと残っている。
──その瞬間。
「……見えた!」
ミレイが声を上げる。
空間が揺らいだ。
目の前の現実が、一瞬だけ“別の記憶”と重なったように感じた。
祭壇の周囲に、誰かが祈っている姿。
手を合わせる女性と、それを見守る若い騎士。ふたりの間に交わされた、何か強い“想い”。
だが、それは一瞬で霧散する。
「……誰かの、記憶だ」
アオイが呟く。
「視えた」のではない、「触れた」感覚だった。
「やっぱり……“痕跡”がある。しかも、かなり深いところに」
ユナの声に、全員が頷いた。
そのとき──
ギィ……。
廊下の奥から、きしむような音がした。
全員が一斉に身構える。
「誰か、いるのか……?」
レオンが声をかけるが、返事はない。
その代わりに、空気が変わった。
急激に冷たくなったかと思うと、空間そのものがわずかに歪んだ。
──記憶の魔物、か?
「構えろ、来るぞ!!」
レオンの叫びと同時に、奥の闇から“それ”が姿を現した。
全身を灰色のローブで覆った人型。
だが、顔も手もなく、ただ“想念”の形を成しただけの存在。
「また、あの“抜け殻”……!」
アオイが叫ぶ。
「いや、違う……これは、“意志”を持ってる!」
ユナが直感で見抜いた。
かつての霧の谷の魔物とは違う。今目の前にいる存在は、明確な敵意を持ってこちらに向かってきていた。
理由はわからない。
だが、“この場所”を守るように、あるいは“何か”を隠そうとするかのように──
「くるぞ!」
その叫びと共に、戦闘が始まった。
魔物の崩れた跡地には、淡く光る“何か”があった。
霧に包まれながらも、そこだけが柔らかく発光していた。色は薄い青白。まるで遠い記憶の底で、誰かが思い出してほしいと願っているかのような──そんな光だった。
「これは……」
アオイがゆっくりと近づき、跪いた。
魔力の反応は、微弱だが確かに感じる。熱を帯びてはいない。どちらかというと、冷たく、静かだった。
「“記憶”の残滓……だと思う」
ユナが言った。彼女はアオイの隣に膝をつき、そっと手を伸ばす。
その指先が光に触れた瞬間──
景色が、変わった。
周囲の霧がゆらぎ、そこに“光景”が浮かび上がる。
──森。
──笑い声。
──誰かが、誰かの手を引いて走っている。
「これって……!」
アオイが息を呑む。そこに見えたのは、かつてこの地で暮らしていた誰かの“幸せな記憶”だった。
「この谷、ただの魔物の巣じゃなかった……本当に、誰かが生きてたんだ」
ガルドがぽつりと呟いた。
その声には、どこか懐かしさと、痛みが混じっていた。
「……似てるな。前に、俺が……」
彼はそれ以上言わなかった。ただ、そっと石の地面に手を添え、しばらく黙っていた。
(ガルドさん……)
アオイはその背中を見つめながら、言葉を飲み込んだ。
「ここで起きたこと……」
ミレイが震えた声で言った。
「誰かの想いが、まだ残ってるってことだよね。でも、それを“食べる”魔物がいるってことは──」
「“想い”が強ければ強いほど、狙われやすいってことだ」
レオンが短く答えた。
「それって……私たちにも当てはまるよね」
ユナの言葉に、場が静まり返る。
誰かを想い、守ろうとするほど、囚われてしまう。
この谷は、そういう“記憶”と“想い”に引き寄せられたものを試し、選ぼうとしている。
「──だから、進まなきゃいけない」
アオイがぽつりと呟いた。
「ここで見たもの、感じたことを……無駄にはしたくない」
仲間たちが、それぞれの表情でうなずいた。
アオイは、残された光の中心に手を伸ばす。
「きっと、“まだ何か”がある」
その光は、そっとアオイの掌に吸い込まれていった。
そして──その瞬間、彼の視界に“ひとつの影”が浮かんだ。
それは、かつてこの地で生きていた誰かの“後ろ姿”。
孤独で、でも何かを守ろうとしていた、小さな背中だった。
谷を抜けた一行は、静かに山道を下り始めた。
辺りには、まだ微かに霧が残っていたが、あの“魔物”と出会った場所とは違い、空気はずっと軽い。空は青く澄み、遠く街の輪郭が見えている。
「……戻ってきたな」
レオンがぽつりと呟いた。
険しい谷での経験は、仲間たちの身体だけでなく、心にも重くのしかかっていた。誰もが黙り込み、時折風の音だけが耳に届く。
(あの光……あれは、いったい……)
アオイは、懐に仕舞った“記憶の断片”を思い出していた。
消える間際に見た“誰かの背中”。それが誰なのかも、何を伝えようとしていたのかも分からない。
けれど、その存在は確かに胸の奥に残っていた。
「……魔物のことだけじゃない。“あの場所”も報告しなきゃな」
ミレイが歩きながら言う。
「紅の騎士団のことも、ね」
ユナの声は、わずかに硬かった。
ヴァルドたちの行動。
あの焔の痕跡。
そして“記憶”に関わる何かを、彼らが先に掴もうとしている気配。
それが、仲間たちに不安を与えていた。
「俺たち、出遅れてるのかもな」
レオンが呟く。
「……でも、焦っても仕方ないよ。あの人たちが相手なら、そう簡単には届かない」
ミレイの言葉は冷静だったが、その奥に確かな警戒がにじんでいた。
(紅の騎士団……)
アオイの心にも、あの赤い鎧の男の姿が浮かぶ。
ヴァルド──その眼差しは冷たくも、どこか悲しみを秘めていた。
敵意よりも、執念。そしてその奥に、何か“守ろうとする”意志があった。
「ただの敵、じゃないよな……きっと」
アオイがぽつりと呟いた声に、ユナがそっと頷いた。
「彼らにも、彼らの“戦う理由”がある。……私は、そう思う」
遠く、街の鐘の音が聞こえた。
仲間たちは、誰ともなく歩調を合わせ、少しだけ歩みを早める。
この旅の中で出会ったもの。
霧の谷の記憶。
そして、心の中に生まれた“問い”──
すべてを抱えて、彼らは次の一歩を踏み出す。
ギルドの建物に戻ったのは、ちょうど夕暮れ時だった。
赤く染まった空が窓から差し込み、ロビーには一日の終わりを告げるような静けさが漂っていた。
「ご苦労だったな、みんな」
応対に出たのは、ギルド支部長の壮年の男だった。目を細めながら、一行の疲れた様子を見て、柔らかく言葉を続けた。
「報告は明日でいい。まずは、ゆっくり休め」
その言葉に、全員が小さく頷く。
疲労は深く、身体の芯にまで染み込んでいた。
けれど、その表情にはどこか“何かを乗り越えた”ような安堵が浮かんでいた。
「……でも、先にこれだけ」
アオイが、一歩前に出る。
懐から、小さな石を取り出した。
“赤黒い魔力”と、わずかに混ざった“青”の気配を残す、不思議な欠片。
それを支部長に差し出すと、男は目を細めて受け取った。
「……これは?」
「谷で見つけたものです。魔物が消えた後に……たぶん、“記憶”の断片、みたいなものが残っていた」
「ふむ……確かに、何かの“痕跡”だな。魔力の波長が不安定で、記憶のようにも見えるが……」
男は手の中で石を回しながら、渋い表情を浮かべた。
「お前たちが持ち帰ったものは、大きい。これはただの任務じゃ済まなくなりそうだな」
その言葉に、空気がわずかに緊張する。
「“記憶を食らう魔物”、そして“紅の騎士団の動き”……どちらも、これまでの報告とは様子が違う。何かが、動いている」
支部長の目は、アオイたち一人一人を見渡す。
「……次の任務は、慎重に選ばねばならん。今日のところは本当にご苦労だった。ゆっくり身体を休めて、明日また話そう」
「はい……」
ユナが深く礼をして、他の仲間も続いた。
ギルドを出る頃には、空には星が瞬き始めていた。
宿へと向かう帰り道。
アオイは立ち止まり、夜空を見上げた。
風が吹いていた。霧の谷で感じたものとは違い、澄んでいて優しい。
(俺も……強くならなきゃ)
思わず、拳を握る。
何のために強くなりたいのか。
誰のために、前へ進むのか。
あの谷で見た“夢”の記憶。
紅の騎士団の瞳に宿っていたもの。
ガルドの沈黙。
ユナのまっすぐな想い。
すべてが、アオイの中で一つになろうとしていた。
「……俺、変わりたいんだ」
静かに呟いたその声は、夜の風に溶けていった。
まだ遠い“答え”を胸に抱えて──
物語は、次の章へと歩を進める。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
廃教会での戦い、そしてそこで拾った“記憶の断片”。
アオイたちにとってはただの任務ではなく、彼ら自身の心とも向き合う時間になったと思います。
今回ちらっと見えた“誰かの背中”――
そしてユナの「確信」には、これから少しずつ触れていく予定です。
そして次回は、あのヴァルドたち紅の騎士団が、いよいよ…?
それでは、また次のお話でお会いしましょう!