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正直なところ、今回は乗り気にならなかった。でかい仕事、ゴージャスな依頼人、衣食住は依頼人持ち。それなのにこんなチンケな田舎町を助ける仕事だなんてしょぼすぎる。
「レイナ、不満そうだな、当ててやろうか」
ニシが暇を持て余して訊いてきた。レイナの前駆二輪は道路脇の古びたバス停の陰に停めてある。後席はニシだった。頭からはロゼから借りてきた擬装網をかけておいた。遠目で見たらゴミガラクタと見分けがつかない都市戦用の装備だとニシが説明してくれた。
「あたしはプロだ。仕事に不満はない。金だってちゃんと貰えるんだ」
「新鮮牛乳を飲みたかった、とか」
「んなガキみてーなこと言うわけ無いだろっが」
「ほんとか? 牧場のある田舎に来て、新鮮牛乳が飲めるって期待してたんじゃないのか」
「してねーって。ぶっ飛ばすぞ」
「ふん、そうか。たしかに、牧場の廃墟はあるけど家畜もいないし畑も長く耕されていない感じがする」
「ん、どいうこっだよ? バイカーギャングは収穫の時期に襲ってくるって話じゃなかったっけか」
「レイナも、“なんとなく気になる”違和感があったんじゃないのか」
ん、そういえば。サルーンの店主もシャラコもどこかまごついていた。嘘はついていない。嘘つきを見分けるのは得意だ。そうじゃなくて、本当のことを言っていない。言葉を選んで当たり障りのない言い方に変えている。
「あたしは嘘を見抜くのに自信あんだけど、でも嘘が嘘だってはっきりわかんなかった。嘘って、そう簡単につけるものなのか」
「そうだな。俺は苦手だ」
だろーな=時々隠し事があるヤツだ/しかし悪意は感じない。
「お前だってちょいちょい嘘いってるだろ」
「嘘じゃない。話したところでレイナじゃ理解できないしキチガイ扱いしてショットガンで撃ち抜くだろう? 俺の所属が人類軍外交部で、国連軍、警視庁、CIAと協力関係にありかつ核兵器、生物兵器を未然に阻止し日本のプリンセスを窮地から救った。すべて正直に話せばこうだ。で、初対面のとき信じたか?」
「あ、うん、今のはマジ話だ」
少しも理解できなかった。
「ともかくだ。嘘をつけば必ず言動に現れる。状況と銃口の位置でその動作は様々だけれど。隠すのは容易じゃない。ロゼのように徹底的に訓練するとか。手っ取り早いやり方は、まず自分を騙すほか無い。たとえばレイナのカエデチョコ」
「あ、あんときの! ないないって探してたのにお前が喰ったのかよ!」
「食べたのはシスだ。で、まずは自分を騙す。『これはもともと私のだ』『どうせレイナは気づかない』『私にも食べる権利がある』とね。するといざ問いただされてもシラを切り通せる。うまくいくかどうかは場数次第なんだが、あのシャラコはそういうやり取りに長けている」
「やっぱりな。あたしもおっさんが怪しいって思ってたんだ」
シスについてはあとで1発殴る。
「証拠が掴めない以上、銃で脅すわけにもいかない。相手は保安官なんだ」
「わーかってるよ。あの髭面が腰を抜かす証拠を見つけるまで辛抱だ」レイナは通信機を持って「つーか、まだ餌にひっかからないのかよ」
乾いた大地に風が吹いている。生き物の姿はまったくない。擬装網の下は風があまり通らないのでじっとりと汗ばむ。はやく前駆二輪で走り出してしまいたい。でないと臭いが──そういえばニシから体臭がまったくしない。乾いた新聞紙の束みたいな、言われなきゃ気付けない臭いがする。
「ところで、あたし、臭い?」
「何いってんだ、仕事だ。餌にかかったぞ」
ニシがスポッティングスコープをタクティカルベストにしまう/擬装網を取っ払ってイグニッション=反重力機構に通電して前駆二輪がふわりと浮く。
『きゃー追いかけられる! 早くどうにかして』
無線機の向こうからノイズ混じりにアーヤの絶叫が聞こえた。そのノイズに混じって狙撃音が5回 轟いた。
「行こう、思ったより数が多い。シスだけじゃさばききれないかも」
「合点承知」
「後ろには回るなよ。あのライフルの流れ弾に当たると痛い。8時……ちがう6時方向から近づく。ったくこっちの1日が20時間って面倒だな」
トーキョーの24時間のほうがややこしいだろが。
レイナは前駆二輪を急発進させた/舞い上がる砂埃と青い光の残像。
バイカーギャング共は、総勢10台に15人ほどの軍勢だった。古風なゴムタイヤの後駆二輪やトライクも混じっている。片手で扱いやすいレバーアクションのショットガンや拳銃で武装している。
今回はレイナがドライバーだった。ギャング集団にすぐに追いついて並走する/後席でニシが立ち上がり正確にギャング共の横っ腹に縦断を浴びせる=3台が脱落。
ギャング共も新手に気づいて、手の長い銃を向ける。レイナは先んじてそれに気づいて加速&減速&蛇行/1発ももらわなかった。
ブーツの先が地面をかすめる操舵のせいでニシに抱きつかれた=これも悪くない。
「レイナ、動く時は言ってくれ。振り落とされるところだった」
「へへっ、まだまだこれからだぜ」
シスの狙撃で先頭の前駆二輪の反重力機構が割れる/バイクは前転して止まった。それにビビって逃げるバイクがさらに2台。
「レイナ、お祭りはもうおしまいのようだ」
リーダー格の革ジャン野郎が他のバイクにハンドサインを送る。そして蜘蛛の子を散らすようにバイクたちは道をそれて逃げてしまった。
「誰を狙う?」
アーヤがバギーを横付けして叫ぶ/レイナはにやりと頭を指す仕草。
「へへへ、新品の反重力機構、なめんなよ。おいニシ、しっかりつかまっとけ。振り落とされないように」
「もうすこし持ちやすいようモディファイしたらどうだ」
ニシは左手で背中のシーシーバーを、右手はライフルを握り負革を腕に巻き付けた。
「ほら、あたしのベルト、掴んでてもいいんだぜ」
「コケたら一緒に投げ出されるだろう」
あたしがそんなへま、するわけないだろうが。
リーダー格の革ジャン野郎のバイクは両駆二輪で速度はかなりでていた。それに土地勘もあるので速度の緩急にためらいがない。
「レイナ、引き離されてるぞ」
「わーってるわい! あちこち岩とクレパスだらけで速度が出せないんだよ」
「銀髪はジェダイみたいに反射神経がいいんじゃないのか」
んだよジェダイって。
シスの援護にも期待したが、ゴムタイヤ付きのバギーではこの先まっすぐ進めなかった。革ジャン野郎は農場跡地に逃げ込んだ。やっと追いついたと思ったらバイクを乗り捨てて姿を隠してしまった。
「畜生、あんにゃろう」
「俺は、座乗射撃よりこっちのが好きだ」
ニシはバイクを降りると素早く壁際へ移動し、膝立ちで周囲を警戒した。そしてレイナにもハンドサインを送り、指示を出す。
「慣れてるなぁ、ほんと」
レイナも形だけは真似してニシの背後を警戒した。逆手に持ったマチェーテの上にソードオフ・ショットガンを構えた。安全装置はまだ解除していない。
「こーいうときどーすんだよ」
「視覚に頼らず直感に従う。音、臭い、振動。どうだ」
どう、と言われてもそう簡単にできるもんじゃないだろう。振動はない。じっと何も動かない。臭いは、わからない。腐獣ほど臭えばわかるが、革ジャン野郎は生き物だ。あとは音か──。
「聞こえた。鍵がこすれる音だ」
「よくやった。どっちだ」
「あたしが行くのかよ」
「そう、俺はあくまでバックアップ。この仕事はレイナが請けただろ」
ったくムカつく男だ。
レイナは早く打つ心臓と熱い血を恐れながら、呼吸の回数に意識して、そして目を凝らした。暗い納屋の中を見る。トラクターが入っていたんだろう、燃料タンクや錆びたギアが積んである。奥の壁に2階へ続く木の階段があった。
かすかな血の臭い──床に落ちている乾いた藁にわずかに血が落ちていた。足を引きずっているらしく、藁が散らばってコンクリートの床が見えている。上階では木が軋む音が少しだけ聞こえた──風の音じゃない。
レイナは銃口を前にして進むが、ニシは天井の木板の隙間を警戒しながら歩いていた──なるほど、そうするのか。
階段の壁は誰かがもたれかかったかのように砂埃が肩の高さできれいに無くなっている。急な階段を登った先は壁で、左右にわかれて倉庫があった。ニシがそっと横に出て、無言のまま左右の担当が決まった。
レイナはニシに視線だけで合図を送る/ショットガンの安全装置はもう解除してある──1,2,3──一気に右の倉庫へ突入する。
意外/唖然=血に濡れた革ジャン野郎が堂々立っていた。両手には大型の自動拳銃/まっすぐレイナを向いている。その自動拳銃の撃鉄が落ちるのさえ見えた。
レイナは反射的に身を翻した/頭のあった位置で銃弾が爆ぜる。
「ああ、チクショウ」
「レイナ、撃たれたのか」
「ちげーよ。木片が目に入っただけだ」
うっすらと目を開けると、ニシの心配そうな顔が見えた──ばかみたいな面だったので笑ってしまった/ニシが覆いかぶさるようにそしてライフルを室内に向けた=こんなにこいつの体、大きかったっけか。
しかしニシは1発も撃たなかった。
「数はこちらのほうが上だ。あきらめたらどうだ」
バリトン声のイケた脅しだった。
「てめーこそ、撃てよ! チリメン野郎が」
「無駄な殺しはしない主義だ。警察に引き渡す」
「いいこさんぶるなよ、薄汚いシャラコの連れのくせに」
「俺達はただ雇われただけだ」
しかし革ジャン野郎からの返事はなかった。
「はっ、はははは! お前、騙されてるじゃないか。シャラコは──」
そこでバタリと、革ジャン野郎の巨体が崩れた。ニシは素早く駆け寄ると壁際へ拳銃を蹴り飛ばした。ナイフを取り出して脅すのかと思ったら、革ジャン野郎のシャツを裂いて傷口を確認した。
「傷は深くない、じっとしてろ」
ニシはポーチから素早く止血剤と包帯を取り出す。革ジャン野郎の革手袋を脱がすとそれを口の中に押し込んだ。
「ほんの少し痛むから我慢しろ。1,2──」
3と言い終わる前にピンセットを男の脇腹に突き刺した。そしてひしゃげた弾丸を体内で掴む──見ているこちらまで肌が粟立った。大男が目に涙を浮かべて唸っている。ニシは慣れた手つきで止血剤の粉をかけて、包帯で患部を固定した。
「血は止まった。だがきちんと治すには縫合しなきゃならない。あと抗生物質と定期的なガーゼの交換」
「は?」
「急いで病院に行けってことだ。もし敗血症にでもなったら苦しみながら死ぬぞ」
ニシはすくっと立ち上がると再びライフルを構えた。そして何やらレイナに目配せして合図を送った。
「そ、そうだ! お前たちの目的は何だ!」
「レイナ、惜しい。お互い紳士らしく自己紹介をすべきだった。俺はニシ、こっちの美人でどぎついのがレイナだ」
一言余計だっての。
「バハだ」
革ジャン野郎=バハはひねり出すように声を漏らした。
「よし、挨拶も済んだ。お前たちの目的は何だ」
「シャラコんところから仲間を助ける」
「嘘つくな! 金、奪ってんだろうが。あたしらの車列を襲ったのも」
「あれは、お前たちがシャラコのブツを買いに来たロクデナシだと思ったからだ。商売相手を捕まえればシャラコもギャフンと言わせられる」
「ブツ? ブツって言うと禁制品の薬物や横流しの武器とか爆薬とか」
「テウヘルの心臓だよ、銀髪のレイナ。そのナリじゃ連邦出身じゃないだろう。ここいらじゃテウヘルの心臓は高く売れる」
「テウヘルの心臓が? あんなの小遣い稼ぎにしかならない」
「そりゃあんたが銀髪だからだ。一般人にゃ、あれは危なすぎる」バハは笑って「治らない病気のやつは多い。それならいっそテウヘルの心臓に賭けてみようって手合がいるんだ。お前も同じだろう」
記憶が蘇りそうになって顔をしかめる──自分の内臓の温度が手のひらの中に蘇ってきそうでぎゅっとショットガンを握った。
「で、仲間がシャラコに捕まっているっていうのは?」
ニシが引き継いでくれた。
「俺達は運び屋だ。だがある仕事でトチっちまって、その担保に仲間がシャラコに捕まった。だがシャラコの野郎、ダチを餌にテウヘルをおびき寄せて、それで心臓を狩っているんだ。餌があればテウヘルなんてカカシ同然だからな。それに飽き足らず、俺達のキャンプを襲ってダチをさらっていきやがった」
ということは、シャラコの周りに漂っていた血の臭いは、生き餌にされたバハの仲間、だったわけか。とんだクソ野郎だ、シャラコは。
「ふむ、シャラコは簡単な方法を見つけたというわけか。ギャングなら1人2人いなくなったところで州政府には『治安維持』って報告すれば監査も免れる」
「そんな数じゃねぇ。8人だ! 俺のいとこもいたんだ」
バハが口角に泡を飛ばして叫んだ。ニシもすっかり殺気が収まって、銃をおろした。
「で、レイナ。この後どうする?」
ニシは無線機を片手に、アーヤを呼んだ。
「あたしらをコケにしたシャラコの髭面に一発かましてやる! つかちょいまてよ、デカチチとチビババア、金持ちの依頼人もシャラコのとこに置いてきちまったけど大丈夫か」
「俺もそれを考えていた。シャラコにとって、俺たちがバハ一味を片付けたんならよし、ことの事情がバレたらロゼたちを人質に取ってバハ一味を皆殺しにさせるという手もある」
「それか、あたしらがギャングを皆殺しにしたうえでロゼを人質に……いや人質ならネネがいちばん取りやすいか。ともかくあたしらをタダ働きさせようっていう。とんだクソ野郎じゃね―か」
「そうだな。警戒しながら村に戻ろう。バハ、あんたはどうする? 1人で帰れるか」
バハは床に寝そべったまま、手で追い払う動作をして、
「少し休んだら帰れる。世話になったな」
「あんたの仲間、事情を知らなかったとはいえ何人か殺してしまった。すまない」
「俺んダチには銀髪もいるんだ。そうやわじゃねーよ」
漢同士の仲直り──あるいは手打ちというようにじっと目を見た後、ニシは背を向けて歩き去った。レイナもすぐその後を追う。
「ニシ、おめーといっしょだとワクワクしっぱなしだぜ」
「そうか。褒めてるのか」
「おーよ」
「俺は、もう殺しは飽き飽きだよ」
またあの、雑に頭を撫でてもらえると思ったが、今回は無しだった。
村へ前駆二輪を走らせているとアーヤのバギーも途中から合流した。ハイウェイを避け、農道を通って村を見通せる丘に登った。さっそくシスが伏せて長大なライフルを構える。レンズの目こそスコープを覗いているが、機械ウサギの両耳がぱたぱたと地面を走査している。
「人影はまったくない。もともと少ない村だが、静まり返っている」ニシはスポッティング・スコープを目に当てて「ここからじゃ見えない。シス、ロゼたちのトラックは?」
「みえた。あそこ、ほら、牛の取引市場の前に止まってる。2人、正面入口、ショットガンで武装。うーん、曲射の命中確率は13%」
ほらあそこ、と言われても他の3人に見える距離ではなかった。
「えー、普通 牛の市場なんて行かないよね。というか牛、村に来てから一度も見てない」
アーヤが、見えるわけでもないのに手でひさしを作って村を眺めている。
「デカチチがトチって捕まったんだろ」レイナはつっけんどんに言い放って「助けるべきか、やっぱ。クライアントが自分でトチったとしても契約に入ってるもんな」
レイナは重い尻を上げて前駆二輪にまたがる。ショットガンの弾を確認してホルスターにしまう。
「で、どう出るつもりだ?」
「決まってんだろ。正面からぶち込んでしてやるのさ」
「ま、そうだよな。相手は素人連中だし、こうも地形が平らだったらシスの狙撃も効果が薄い。レイナのそういうわかりやすいところが好きだ」
好きだ、の言葉が妙に重く心臓がぐらりと揺れる/表情を隠すためスカーフを鼻まで引き上げた=あからさますぎたか。
ニシはレイナの前駆二輪の後席にまたがり、ライフルを構えた。アーヤとシスも出撃しようとしたが、
「いや、2人にはバックアップを頼む。もし俺達が失敗したら隣町まで走ってフェデラル……じゃなくて連邦捜査官? だっけか。警察に報告するんだ。いいな」
最後まで抵抗していたのはシスだったが、2人はしぶしぶ納得してバギーに腰掛けた。
「ったく、あたしがトチるわけねーだろ」
「そうだな、俺が付いてるしな」
一言余計だ/やっぱこいつ嫌いだ。
村の周囲は障害物のないまっ平らな平野だった。レイナはアクセルをいっぱいに回して全速力で疾走した。後席でニシはゴーグルを買いたいなどと愚痴った。
村が見えてきた。レイナは右手はアクセルを握ったまま、左手でソードオフ・ショットガンを構える。ニシも膝で車体を挟んで立ち上がり、ライフルを構える。しかし銃弾の嵐かと思えば、まったく人の気配がなかった。
「どうしたってんだこれ。罠か」
「わからない」
しかし風に乗って銃声がかすかに聞こえた/無線機からシスの報告が届く。
『牛の市場で動きがあった。なにか騒がしい』
レイナは、立ち上がったままにニシに気遣うことなくアクセルを回した。
牛の取引市場は村の中心部にあり、トラックが回旋できるようロータリーは広かった。正面の壁は三角形で、光取り用の窓が大きく取られている。出入り口は、沢山の人が出入りできるよう両開きのドアが3つもあった。ロータリーにはピックアップやら古びたセダンが止まり、その真中に威風堂々、ロゼが運転していたラリートラックがいた。今は電源が切られ、反重力機構に代わってソリが接地している。
「まただ、また銃声だ。レイナ、先に行くぞ」
ニシは前駆二輪が止まるのを待たずに飛び出した。レイナもそれに急いで続く。出入り口のうち、両側の2つはチェーンで巻かれて閉鎖してある。なので2人は中央の扉へ近づいた。近づくに連れ濃い血の臭いが漂ってくる。3,4人という数じゃない。そしてドアのそばには頭がスイカみたいに弾けた死体が2つあった。
どうなっているんだ/ニシを見たがこいつも当惑したままだ。
ダンダンダンダン────
銃声は自動拳銃によるものだった。しかし連発速度からして一般人じゃない。
チラリ──中をのぞくと、死体の中心にはロゼがいた。両手に2丁の大型の自動拳銃を構え、踊っていた。
「ありゃ何だ」
「ガン=カタ。本物は初めて見た」
ロゼは走って飛んで、空中で身を翻して巨大な拳銃を連射する。市場の観客席に立つ農夫姿の男たち/ご当地マフィアたちバタバタと倒れる。ロゼの拳銃は、自動的に弾倉をリリース/しかしもう1発を撃ってもスライドは固定されない。空の弾倉は地面でおきあがりこぼしのように自立した。
ロゼが身をかがめて銃弾を避ける/同時に脇腹のホルダーにグリップを差し込んで次の弾倉を装填/腕を交差して銃口の火花の残像が一文字に伸びる=左右両側の敵2人が倒れた。
ロゼの視線は常に遠くに/足元でまだ息のある敵の脳天に1発 撃ち込む。
農夫姿の男たち/ご当地マフィアたちはショットガンやライフルを乱射するが一向に当たらず、また1人倒れた。
やばい=ロゼは本当に生身か? 機械化も銀髪でさえもあの動きはできそうにないというのに。
殺気=ニシも同時に感じ取り顔を引っ込める/同時に扉の木枠が撃ち抜かれて木片が飛び散った。
「降参だ! 撃つなよ、俺だ、ニシだ」
ニシが自分のライフルのストックを先に突き出してそれからゆっくり両手を見せた。
「あら、あなた達だったんですの。ふふふ、つい興奮して撃ってしまいました、もうしわけございません」
ロゼは息の上がっていないまま、いつもの調子でお辞儀した/そのままの姿勢で逃げ出そうとした敵の背中に銃弾をきっちり3発 撃ち込んだ。
「ただもんじゃないと思ってたけどよ、恐ろしすぎ」
「あら、レイナさんも名うての傭兵じゃありませんの」
こいつに褒められても背筋が凍るばかりだ。
ニシはライフルを構えて死体の顔を確かめながら歩く。どの死体にもバイタルポイントにきっちり銃弾を食らっていて、生きていなかった。ロゼは要領よくことの運びを話しているが、ニシもロゼの所業に言葉を失っている。
「ご苦労さんじゃの」場違いなほど甲高い幼女ボイス「じゃが少しは妾たちの安否を気にしてくれても良いと思うのじゃが」
「んーああ、そうだった。無事だったかネネ──さん」
「うむ、御大と妾はトラックの中におったからの。無事じゃ。荒くれ者たちはロゼが片付けてくれた」
「あの、なんだ、すまなかったな。あんたらの護衛の仕事してるのに危ない目に合わせちまって」
「あなや。驚きじゃ、レイナは謝れるのだな。だがバイカーギャングを追うように言ったのは妾じゃ。そう気をもむでない。護衛の真打ちはロゼじゃからの」
「つってもよ、やりすぎじゃねーのこれ」
レイナが顔をしかめながらドアにもたれかかっている死体を覗き込んだ。スイカみたいに頭蓋骨の内側から破裂している。銃をぶら下げているのに手に取ろうとした気配さえない。
「クフフ、気になるかの」
「まるで爆薬で吹き飛ばしたみたいだ。さっきまで腹 空いてたのに、食う気がうせちまったぜ」
ふと、ネネの大きな瞳を覗き込んだ。鮮やかな緑の瞳、そして独特な虹彩の模様だった。
「その目、まさか」
「なにが、まさか、なのじゃ」
やめておこう。余計な質問をする傭兵は寿命が短いって決まっている。
「えへん、とにかく、お前らだけでも戦えるなら、あたしたちを雇う意味、なかったんじゃねーの。ニシが言ってたけど、さっきのあれガン=カタっていうんだろ。やべーなおい」
市場の中央では、ニシとロゼが立っていた。古びた牛の形の看板に、両手をナイフ1本で刺し貫かれて漏らして泣いているシャラコがいた。市場に横たわる死体には早速ハエがたかり始めた。
「拳銃術。ブレーメンの古式体術と拳銃操作技術とを合わせた技術じゃ。あとは特注の装備。ロゼは、拳銃術の使い手の中でも特に強い」
「ナウいブレーメンの武人ってところか」
「じゃが1人は1人じゃ。いくら強くても頭数を揃えなんだ、戦いには勝てぬ。戦いに必要なのは兵士じゃ。戦士ではない」
「んだそれ? ブレーメン学派のありがたーい言葉のつもりか?」
「ブレーメンの経験じゃよ」ネネは緑の瞳をぱちくりさえ「それにカタギじゃないお前たちと一緒のほうが何かと都合がいいこともある。今回もそうじゃな。兵士を連れてきたんではあの悪徳保安官は尻尾を見せなんだ。ガラの悪い小娘がぞろぞろいたから、勝機と思ったんじゃろう」
ガラの悪い、といわれてつい鏡で自分の姿を見つめていた。とっちらかった銀髪に砂の色に変わってしまった外套、そしてカーゴパンツにコンバットブーツ。しかしニシはまがりなりにも美人と言ってくれた。
「あとはロゼに任せよ。すでに州の軍警察には連絡してある。明日にでも捜査に来るだろうさ。ここにいたら何かと面倒じゃ。さっさと荷物を回収して次の町へ向かうぞい」
「今日中に着くのか?」
「もちろん着かん。野宿じゃ」
ちくしょうめ。