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3台の訳アリの車列は日の出と同時にモーテルを出発した。今日からは海沿いのハイウェイを避け、村を抜けて灌木の続く旧道をひた走った。ここまで来るともう寒さは感じない。肌を刺すようだった海風も、温かな風に代わって気が緩んでしまう。
『次のランプを降ります。ここからから先は廃道。連邦軍も交通警察も監視しない地域です』
ロゼから一方的な通信が届いた。ハイウェイのランプを降りた先は信号のない、荒野をまっすぐに横切る道が続いていた。放置されて何百年も経つ道路脇の集落が幽霊のように並んでいる。物陰からギャングや腐獣が飛び出てきそうだったが、何もなかった。そのもの寂しさが余計に焦らせた。唯一大陸の生存可能な地域は本当に少ない。
幽霊街もすぐに見えなくなった。あとはフアラーンと同じ、青い空に黄色がかった荒野だった。
『敵接近。数10。向こうのが速い』
ちょうど昼飯のことを考えていた頃だった。急にイヤホンからシスの声が聞こえた。
『こちらニシ。敵は……前駆二輪だ』
バイカーギャングどもか。
ハイウェイで嫌がらせじみた蛇行運転やら群れでイナゴのようにとろとろ走る連中だが、喧嘩っ早いし銃だってもちろん持っている。
レイナは前駆二輪を自動追従モードに切り替え──新しいエンジンに換装して付いてきた機能で──ロゼのトラックと距離を保った。ショットガンに弾を詰めると器用に前後逆でバイクにまたがった。
「ちっ、あの走り方、地元の奴らか」
ごうごうと砂埃を上げて追撃してくる。レイナたちは真っ直ぐな道に沿って走るが、ギャングたちは道からそれることもいとわず、しかし溝や岩を難なく避けて取り囲みつつあった。拳銃やら短銃身スタイルのセミオートライフルを装備している。溶接用の保護マスクのような、顎から頭頂部までを覆うスタイルで飛んでくる破片やら砂礫から顔を守っている。
1台が突出して接近してくる。手には半自動式のカービンライフルを持っている。
「やらせねー!」
レイナは果敢にショットガンで銃撃を加える。しかし散弾は目標を逸れて、地面を耕しただけだった。先頭のバイカーギャングは部下数台を引き連れ、車列左方向へ展開する。
『レイナ、今のは様子見だ。こちらの射程と戦術を図っている』
「だーっ、わかってるよそのくらい」
レイナは通信機越しにニシへ叫び返す。すぐに次の弾を込める。
『こちらニシ、荷物へ。前駆二輪の足は短い。このまま連中の攻撃を振り切れ』
『ピンクの子猫、了解♪ おまかせしますわ』
ラリートラックが黒煙を吹き出す。反重力機構とレシプロディーゼルエンジンのハイブリット推進でさらに速度を上げた。
『レイナ、連中を近づけるな、威嚇だけでいい。武器は単発、22口径。そうそう当たるもんじゃない。シス、連中のリーダー格を狙え。皆殺しにしなくてもいい』
バギーのフレームの間から機械ウサギの耳がひょこっと飛び出す。それがるぐりと1周したあと、シスが長大なライフルを構えた。セミオートなのに5発の射撃音がひとつにつながって聞こえる。途端に後方集団の1台の前駆二輪が大破した。
「マジかよ。当てやがった」
シスが車内に戻ったのを見計らって、左側集団が接近する/レイナの射撃&ギャング共の応射=お互いに無傷。
ほんの少しだけヒヤッとした──ショットガンに弾を込める──体も前駆二輪も無事。しかしこれでは埒が明かない。シスもアーヤも仕事をしてるのにあたしだけは馬鹿みたいに弾 ばらまいておわりだ。そんな情けない姿、見せられな──
「はっ、誰に見せるって! ふざけんな」
『レイナ、急にどうした?』
無線機の回線がひらっき放しで、
「見てろよ、あたしだってやるときゃやるんだ」
レイナが前駆二輪のシートの上で飛び上がって蹲踞/手にはマチェーテを握る。
シートの上でバランスを左に傾けると一気呵成にギャング集団へ接近した/無線機の向こうでニシが何か言った気がするが、風切音で聞こえない=無視。
ギャングたちは慌てて弾丸を込めているが、車上ではうまくいかない=俺達はブラフなのに。最初に装填を終えたギャングが銃口でレイナを追う/その標的は自身のバイクのリアフェンダーに立っていた。
レイナは片足をフェンダーに/もう片足をシーシーバーにかける。そして振りかぶったマチェーテを一気に振り下ろした。
市警の標語=「バイクに乗る時はヘルメットをかぶりましょう」何故かこれが思い出された。頭をかち割られたギャングはすぐ事切れて地面に落ちた。
レイナはすぐにホルスターからショットガンを抜くと隣のギャングバイクを狙う。前駆二輪の最も脆弱な、反重力機構とシャシーを繋いでいるフォークを撃ち抜く。途端に反重力機構はあらぬ方向へ走り出しバイクは転覆した。
3台目──レイナは勢いを付けて飛び乗ろうとしたが形勢が不利と分かってすぐ離脱してしまった。
「ちっ、臆病なやつ」
レイナはギャングのバイクを乗り捨てると、自分の前駆二輪に戻った。
『レイナ、まったく君というやつは。無茶しすぎだ』
「このくらいへでもないって。レースのときだってアーヤのバギーに飛び移ったんだからな」
そして今回は漏らさなかった=成長した証拠。
バイカーギャングどもは途中、ゆっくりと減速し方向を変えて去っていった。
『各車、損害報告を』
ロゼからだった。速度もやや緩み、今は反重力機構だけでラリートラックを進めている。
『バギーは大丈夫。1発ももらってないわ』
アーヤが高らかに宣言した。
「あたしも大丈夫だ」
『さすが新進気鋭の傭兵ですわ。襲撃は予想していましたが随分早くからですわね。これなら長旅も退屈せずに済みそうですわ』
馬鹿か──もう2度とゴメンだ。
『この先に村があります。念の為損害の確認と、エンジンのメンテナンスします。暖機 無しで回してしまいましたので。お昼ごはんは私のおごりです』
口先だけの金持ちは嫌いだが、気遣いできる金持ちは好きだ。おごりというからには何を食べても良いのだろう。それなら新鮮牛乳は外せない。
襲撃から30分もしないうちに村が見えてきた。水かさの少ない川にかかった錆びた鉄橋を渡ると、『ヨットァン村』の看板が「いらっしゃい」という文字だけで歓迎してくれた。
村で唯一の信号付き交差点を曲がる。角にはスーパーマーケットもあった。牧場のサイロとおぼしき建物が点々としているが、家畜の姿はない。人影が見えない寒村だったが大柄なラリートラックを先頭に村の目抜き通りを走ると戸口から老人たちが顔をのぞかせた。
ロゼの運転に黙って付いて走り、村の中心あたりの駐車場でやっと止まった。看板は無いが表札を読む限り食事も出す簡易宿らしかった。レンガ造りの3階建でかなり古風だった。何百年も前の造りだが、常識的に考えればここのオーナーの懐古趣味にちがいない。
また偵察に行かされると思ったが、ロゼは運転席から降りてきて大きくのびをして──ニシがロゼの揺れるデカチチを見ていないのに安心した──ロゼは助手席側へ回って幼女が巨大なトラックから降りられるよう手伝った。ネネも子供扱いされているわりにはまんざらでもなさそうだった。
「ふむ、簡易宿とは、なかなかいい趣味しておるわい。妾のおごりじゃ。遠慮せず若者は食え」
ネネは婆臭い喋り方のくせしてニシと手つないで歩いた。髪質が似ているので兄妹にも見えなくはない。ロゼがトラックの足回りを懐中電灯で確認している間、皆でサルーンの入口のスイングドアをくぐった。
1階部分は酒場で、バーカウンターに店主がいる他は新聞を広げ寝ている老人が1人だけだった。丸テーブルにはまだ乾いていないグラスがいくつもあり、2階へ続く階段には人の気配があった。
「店主、注文じゃ! 昼餉はここで食べられるかの?」
「あ、ああ。できるよお嬢ちゃん。今日はササゲと牛肉のシチュー、白パンがある。酒は好きなの選んでくれ。お嬢ちゃんはオレンジジュースでいいかい?」
店主はネネとニシを互いに見比べる。その後ろでは皆が銃をオープンキャリーしているのでいささか物騒だった。
「うむ、悪くない。では7人分、用意してくれたまえ。うち1つは塩を多く、1つは脂を少なく、そしてオレンジジュースとアガモール茶も。2人分は包んでくれるかの」
ネネがすらすらと注文を読み上げる間、店主は震える手で注文をメモ書きしている。皆はテーブルに座ったがニシはカウンターにもたれかかったまま、
「サルーン、か。なかなかいい趣味だ。このカウンターの木材もよく選んで仕入れたものじゃないか?」
「あ、ああ。死んだ爺さんがな。北方から取り寄せた古木を職人の手作業で磨き上げさせた。なんたって、バーカウンターは店の顔だからな。大抵は、動物の剥製やら油絵やらを飾るが、爺さんが言うにはそんなお飾りは意味がないんだと」
レイナはニシのやり取りを横目で見ていた。ニシの物腰の柔らかい態度を前にするとたいてい皆ああやってべらべらと喋った。しかし途端に顔が熱くなり手であおぐ──あたしも同じようにべらべらしゃべっちまったかも。
「俺たちは銃を持っているが強盗じゃない。もちろん警察のガサ入れでもない。ここで賭博をしていようが密造酒を溜め込んでいようが俺の知ったことじゃない」
店主は脂汗を浮かべて
「それがホントだって保証は」
「俺は嘘をつくのが苦手だ」
レイナは静かに頷いた。
ニシはバーカウンターに小銭を出して、緑色のグリズリービバレッジ製のソーダを買ってレイナの真向かいに座った。
「で?」
「寂れた村だ。仕事も大してないだろう。小遣い稼ぎに、密輸品の保管やら資金洗浄やら、よくある話だ」
「んー、それもそうだけど。そうじゃなくて、あたしはさっきのレイドのほうが気になる。なんか妙じゃなかったか。なんつーか」
「つまり?」
ニシはニタニタ笑みを浮かべてソーダを飲んでいる。
「ええと。ああもう腹立たしい。そうだ、連中、中途半端だったんだ。あたしらを襲っておきながら、あまり銃も撃たないしすぐ見逃すし。なんつーか段取りが悪い」
「この前までのレイナみたいに?」
「うっせぇ」
「そうだな、確かに妙だった。素人、と言ってしまえばそれだけなんだけど。本当に襲う気があるなら、たとえば道路上に罠を仕掛けておく。爆弾なんていらない。丸太やら岩を転がしておけば良い。それで引っかかるなら御の字。避けられても標的の進路を意のままにできる。追い立てるまでは良かったが統率が取れていなかった。標的を仕留める役がいない。まるで偶然俺達の車列を見つけたから気ままに追いかけようとした、みたいな」
「でも銃は持ってたぜ」
「連邦領域にも腐獣は出るんだろう? 護身用ならそうめずらしくもない。まったく、まるで荒野のウェスタンだ」
昼食のシチューはすぐ運ばれてきた。田舎町の田舎飯だったが味は悪くなかった。レイナはすぐに皿を平らげおかわりをもらった。
「おっちゃん、このあたりはギャングがよく出るのか?」
「ん? 君らも襲われたのか。作物の収穫の時期になるとああやって襲おうと現れるんだ」
「あはは、知ってるぜ。作物だろ」
「文字通り、作物だよ嬢ちゃん」
「でもよ、警察はどうしてるんだ?」
「いない。この村には保安官しかいない」
「んだそれ? 傭兵か?」
「嬢ちゃんは企業連合の街から来たのかい? 保安官とは村の住人が投票して選ぶ、んー、警察官のようなものだ。保安官のシャラコは、銃の腕前は確かだがギャング相手となると分が悪い。村の中なら俺達もいっしょに戦えるが、外の砂漠となっちゃ手も足も出ない」
ふうん──さっきの様子じゃそう強い連中じゃない。しかしこの町の住人は銀髪もいなければ誰も義体化さえしていない。カネさえ払えば適当な傭兵を雇って排除できるだろうに。
「大変だ! ハインツ!」
レイナが3杯目のシチューをもらっているときだった。牧場主風のオーバーオール男がサルーンに飛び込んできた。必死な形相の後ろでウィングドアがギーギー鳴っている。オーバーオール男は口を開きかけたが、店主が目配せした後で言葉を選んでいるようだった。
「──テウヘルが出た! 285号線の」
「つったってシャラコが」
「囲まれてるんだよ。俺はなんとか逃げてきたが、シャラコのトラックがパンクしちまって」
オーバーオール男はバーカウンターでレイナの顔と腰のショットガンを見比べたが、
「わりーなおっちゃん。あたしらは傭兵だ。安くないぜ。それに別件で仕事中だ。銃なら他を当たってくんな」
せっかくの休憩時間なんだ。ゆっくり飯を食いたいしなんならさっきのスーパーで新鮮牛乳も買いたい。牧場があるってんなら牛乳もあるはずだ。
「店主よ」ネネがツンと言い放った「助けてやろうではないか。報酬は、この飯代ということでよいか」
ふん、ガキがえらそーに。
「──このレイナが行く」
「あたしかよ!」
「もうたらふく食ったであろう。何杯食う気なのだ」
「だってよ、結構うまいし」
フアラーンで出回っている人工培養肉とは大違いだ。
「テウヘルを倒して住人を救うのだ。嫌なら飯代はおぬし自分で払え」
助けるようにニシを見たが、半笑いで自分の拳銃の残弾を確かめている。アーヤもシスも、乗り気だった。
レイナはふてぶてしくバイクに跨って、案内役のオーバーオール男のピックアップトラックの後を追う。後ろにアーヤのバギーも続く。
アーヤが鼻歌交じりに
『まあまあこれも人助けってことじゃん』
「ボケが。戦うのはあたしなんだからな」
『嫌なら、わたしとニシでやる。アーヤも銃の扱いを習ったから多少マシ』
無線機の向こうでシスも反論した。
「ちっ、くだんねー。あたしらは傭兵だぜ。テウヘル退治なんて」
ふと、ニシに出会う以前は食い扶持のために見つけたテウヘルは容赦なく狩っていたのを思い出した。腐獣の心臓は、確率は低いが摂取したら怪我や病気を治す万能薬で、身体能力もブレーメンほどまではいかないまでも、機械化した大男とタイマンを張れる程度には強くなる。
適切なルートを知っていれば、それなりの値段で売れるのだが腐獣狩りは生きたままテウヘルを捕らえないといけないので何かとリスクが高い。
「肉狩人」
『“ミイラ取りがミイラになる”だったか』
ニシがトーキョーのことわざでブレーメン学派のありがたーい言葉を言い換えた。
案内役のトラックは道をそれ、農道を揺れながら走った。周囲は低い生け垣があって、砂漠と畑を区別した。
「あそこだ!」
少しだけ高くなった岩山の上にフェルト帽の男がいた。タイヤレンチを片手に、登ってくる腐獣を叩き落としている。だいぶ疲れが回っているようで、レンチが空振りしている。
「ライフル組み立てるからちょっとまってて」
シスがぼやいた。
「その前にあたしがやってやる」
レイナは前駆二輪でためらうこと無く突貫した。前駆二輪が停車するのを待たずに飛び出すと、空中で振りかぶったマチェーテをヒト型腐獣の頭に振り下ろした。脳天から胸の間までぐしゃりと潰れて臭い汁を撒き散らす。
腐獣も新手の肉に気づいて振り返るが、その途端、胸をショットガンで撃ち抜かれて倒れる×2。
「さすが、鮮やか手際だ」
ムカつくニシの軽口──教本通りに構えた三三式ライフルで腐獣の心臓を正確に撃ち抜く。
「そういや、レイナ。ずっと聞きそびれていたんだがヒト型の心臓が中央で、イヌ型が左右に2つなんだろう?」
「あん? 心臓がふたつもあってたまるかよ。イヌ面だろうが元ヒトだろうが心臓は胸の中央だ」
「あれ、そうだったか。ニケの爺さんはたしか、テウヘルの心臓は2つと言っていたんだが」
タタン、タタンタタン──ニシはリズムよく腐獣を打ち倒す。弾倉1つが空になったタイミングでシスの狙撃が届いた。ちょうど岩の上の男の背後に回った腐獣の上半身が千切れ飛んだ。
ものの1分でテウヘルの群れは片付いた。後に続いて砂中から現れる個体もない。
「だいじょうぶか、おっちゃん。おっちゃんの名前、シャラコだよな」
レイナが岩にしがみついている中年男/保安官バッジを胸につけたシャラコに声をかけた。深いシワに濃い口ひげを蓄えたハードボイルドだった。
「ああ、助かった」
「ひどい血の臭いがする。えっと救急セットはどこにしまったか……」
「いや、嬢ちゃん。ワシは大丈夫だ、どこも怪我をしていない」
「そう言うやつに限って大怪我してるんだ。ほらアドレナリンで痛みが感じなくて。服 脱げって」
「本当だ。俺はどこも怪我をしていない。だがほんとに血の臭い、わかるのか?」
シャラコはレイナの銀髪をじっと見ていた。
「んーそういや、何となく分かるっていうか。あれ、なんでだろう。ああ、たぶん、最近は流血沙汰が多いからな」
「その中にワシの親戚がいないことを祈るよ」
シャラコは妙な言い回しの後、砂に半分ぐらい埋もれた自身のライフルを拾い上げた。レバーでコッキングする古風な半自動ライフルだった。アナクロだが動作不良は起きにくい。
「ワシのトラックはあっちだ」
シャラコのトラックは全輪がゴムタイヤ式で、そのひとつがパンクして岩の隙間に挟まっている。オーバーオールの男が自分のトラックからウィンチ・ケーブルを引っ張ってきて慣れた手つきでフックをシャックルに通す。
「あれシャラコのおっちゃん、これテウヘルの心臓か?」
周辺を警戒するがてら、レイナはシャラコのピックアップトラックに積んである麻布のズタ袋を見た。両手で抱えるようなズタ袋が3つもあり、黒い汁が滲んだその中はもぞもぞとテウヘルの心臓がまだ動いている。
「まあな。街の治安を守るついでにこうして狩ってるんだ。テウヘルは動きが遅い。足元と背後に気をつけていたら危なくはないんだよ」
「だがよ……」
「ん? 君も銀髪じゃないか。それも相当な量の心臓を摂取している。まさかワシらを咎めるのかい」
「ん、そうじゃなくて、連邦じゃテウヘルの心臓は禁制品なんだろ? それにあんた保安官だ。いいのか」
「レイナも、立派に正論 言うようになって俺は嬉しいよ」
ニシが横槍を入れた/その隙にシャラコたちはトラックの牽引作業を始めた。ときどきシスの狙撃音がターーンと青空に轟く。
「あたしは別に。ただ変だなって思っただけだ」
「その感覚を忘れないように。傭兵は危険な仕事だ。“なんとなく気になる”というのは敵や危機を察知するのに大いに役立つ」
「今回は、そっだな。血の臭いががする。ニシ、おめーはわかるか?」
しかもビッグ・フット・ジョーを撃ち殺したときみたいな濃いやつだ。
「わかんない。俺はブレーメンでもなければ警察犬でもないから。でも、死の臭いはわかる。この腐獣の死体から臭う」
「クサイ汁のこと?」
「命の炎が燃え尽きたときの臭い。何千人と殺してきて何となく分かるようになった」
ニシが自嘲気味にはにかんでいるせいで本当かどうかわからない。
「ともかく、飯代の仕事はおわり」背後で耳につく擦過音を立てて、トラックが窪地から脱した「さっさと辛気臭い村をおさらばしようぜ」
砂漠のトカゲ団一行はシャラコたちより先にサルーンへ戻った。
「よ、オバチャンたち。ちょろい仕事おわったぜ」
「あら、私のことはロゼお姉さんとお呼びくださいまし」
ロゼの整った笑顔が怖い/ネネからの反論はなかった。
「それにしても連邦の治安も終わってるな。腐獣もろくに退治できてないし、道を走ればバイカーギャングの収奪だぜ」
「そうでしょうか。企業連合の街では全員が公然と武装しています。確かに白昼堂々の襲撃は無いですがそれで“治安が良い”は違うのではありませんか」
「あたしらなりのやり方があるんだよ」
「連邦も、昔から続く治安を維持しております。官僚機構、警察機構、連邦三軍も、健在でございます。連邦の統治領域は大陸で広く広がり、辺境地域では治安が悪化しているのは事実ですが」
「認めてんじゃね―か」
「各州都への移住を進めています。何かと資源の乏しい昨今ですからね。みな寄り合って住んだほうが効率的なのです」
「んじゃーなんでこんな寂れた村が残ってんだよ」
「フフフ、事情が色々あるようですわ」
そうこうしているうちに、シャラコたちのトラックがサルーンへ戻ってきた。ゴムタイヤがパンクしているせいで上下に揺れながらの帰還だった──荷台の荷物はもうどこかに置いてきたらしい。
「嬢ちゃんたち、なかなか腕が立つな」髭面のシャラコが言った。強面ながらレイナたちと距離を取って、「ひとつ、仕事を頼まれてくれないか?」
砂漠のトカゲ団の少女×3とニシは互いに顔を合わせた、一旦は視線がニシに集まったが、すぐ肩をすくめて誤魔化した。しぶしぶ応対したのはアーヤだった。
「あはは、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、わたしたちもう仕事を受けてるし先も急がなきゃならないし」
バトンタッチ──優雅なお姉さんへ。
「お困りですか」
ロゼはあくまで優雅に。
「バイカーギャング共だ。連中、この村の出入り口を監視していて通り過ぎるたびに襲撃してきやがる。収穫時期になると特に。この村の大切な収入源なんだ」
「ふうん、そうなんですね」
ロゼの表情を見るに、仕事を請けるかどうか、まだ見えてこない。反対にニシを見るがこちらも首を縦にも横にも振ろうとしていない。
ニシからの助言=「“なんとなく気になる”感覚が大切」/ろくに本を読んだことがないせいで言葉にできない。
「この村にいるのは年寄ばかりだ。頼む、あんたたちが頼りだ」
「いいですが、高いですわよ。料金は100万、現金前払いで」
暗算/連邦通貨を企業連合通貨へ=ずいぶんふっかけた値段だ/しかも前払いとは度胸がある。
ロゼの巨大な乳の心中を推し量ることもできず、シャラコも唇を噛んでいたが、しぶしぶ同意をしてくれた。
「いいのかよ。先、急ぐんじゃなかったのか」
シャラコたちがサルーンを後にしたのをしっかり目視したあとで訊いてみた。
「1日、休養を取ろうと思いましたの。それに、どのみちギャングたちを排除しないとこの先襲われてしまうでしょう?」
「したたかなお姉さんだこって」
「ふふふ、バイカーギャングの排除、任せましたわよレイナさん。ちゃんと仕事を終えた証拠も持って帰ってくださいまし。前駆二輪の鍵でもいいですし、なんなら生首でも」
「ちっ、面倒な仕事をふっかけやがって」
「期待していますわ。ではみなさん、今日の宿へ移動しましょう。残念ながら村にモーテルは無いので野宿ですわ」
まじかよ。
物語tips:テウヘル
唯一大陸の歴史と共に存在している亜人種でありヒトの敵。テウヘルとは古いブレーメンの言葉で「悪魔」という意味に近い。
1000年前まではヒトの生存圏を脅かす獣人が大陸の東部に住んでいた。第1次獣人戦役末期には、首都オーランド近くまで侵略し5億人の犠牲者を出した。
その後の経緯は世間に伏せられているが、400年前から始まる第2次~4次テウヘル戦役では巨大化した巨獣が連邦の東部州各地を襲撃した。
現在では大陸の砂漠化が進み、ヒトの住めない荒野、砂漠地帯を腐獣がさまよっている。姿こそかつての獣人だが、知性はまったくなく見境なしにヒトを襲う。また心臓はひとつ、中央に存在している。中には砂に飲み込まれた犠牲者たちの姿をした腐獣も目撃されている。