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物語tips: 近衛兵団
皇直轄の精鋭部隊。司令官はネネ。
表向きは皇の護衛と教育を司る組織だが、その実態は議会の承認なしに動かせる皇の私兵集団。
アナは先代の皇に異論を唱えたため長らく最北の地タムソムに幽閉され近衛兵団もまた、皇の身辺警護に限定され冷遇された。
ロゼは、ネネの指導の下で組織の再編と人材確保に奔走した。武力も辞さない構えで首都オーランドへ登ったがアナの政治力を持って王政復古へつながった。
皇は歴代すべて女性なので、兵士も女性が多いが、これはネネが好みの男を"お手つき"しないためでもある。
「っぱしよ、なーんか引っかかるんよな」
「なーに、私のことじろじろみて。やっぱりゲイ?」
「ゲイじゃねーよ。いやゲイでもアーヤは選ばん」
慣れきった応答にちっとも感情が揺れなかった。
街の上流階級が集まる晩餐会は、王宮の上の階で開かれた。天井まで届く巨大な窓からはオーランドの夜景が見える。たった窓1枚を隔ているだけなのに、あちらの有象無象がほんの砂粒のように感じてしまう。
「でも私は男でも女でも」
「テメーの好みなんか興味ない」
レイナはアーヤにきっぱりと言い放った。
砂漠のトカゲ団の4人は、乾杯の後ロゼに引きつられてお偉方に挨拶回りをした。たどたどしくも軍隊式の格式張った挨拶と敬礼と、挨拶と敬礼を何度も繰り返して自己紹介がゲシュタルト崩壊して、やっと解放された。
今、壇上の背もたれの高い質素な椅子に皇が座っている。顔にはベールがかかり、微動だにもしない。そして経済界のお偉方が代わる代わる、今年1年の目標を上奏している。
そして、本当の皇はすぐ横のテーブルでもぐもぐと料理を食べていた。どこぞのやんごとなき令嬢、というキワドいドレスを着て、しかしスラムの小娘のようになかなかにいい食いっぷりでビュッフェ・スタイルのテーブルを行ったり来たりしている。
「皇って、案外、普通の生き物なんだな。いや、いままで存在すら意識したこと無かったけどよ、なんかこう、飯も食わないしクソもしなさそう」
「もう、レイナちん、言葉遣い」ニシに代わってアーヤがお説教係を勤めた。「でも、なにか不安なことあるの?」
不安といえば、アナが嘘をついてるという直感もあるが、今はもっと別のこと
「親父のこと」
「あー」
「いいって、ちゃんと話してなかったろ? 親父が死んだの、アレンブルグで金持ちの護衛をしたその帰りなんだ。まだガキだったからどんな仕事かは知らねーけど」
「じゃ、親子揃って皇に仕えるの、運命!」
「そーじゃねーよ。どっかの顔役からの下請けだっての。ともかく、親父が死んだ原因のひとつはギャングの襲撃だ。怪我して、車列についていけなくなって、で腐獣に襲われた」
「お父さんの敵討ちを?」
レイナはちらり、とニシを見た。ニシとシスは一応の護衛役としてさり気なくアナに寄り添っていた。ニシはこういう場には慣れているようで、軍のお偉方とにこやかに話ながら片時もアナから視線を外さない。シスは、どちらかというと実の娘のようにアナに付き従っている。髪の色は似ているので家族と言われれば疑われそうもなかった。
「まだニシには言うなよ。今はニシに気負われると困るし」
「むーそういうなら、私も黙っとくけど。もしかしてまだ不安なことがある?」
アナはガツガツと肉料理に食らいついている。ニシに口元を拭いてもらっている間も骨付き肉を離さない。
「さっきのアナ、あたしらに嘘ついてたんだよ」
「む? どゆこと?」
「ほら、銀髪の力だよ。あたしは嘘が見抜けるんだ。ウェルダンに行ってデータ・キューブ……が何か知らんが、ブツを取ってこいていうんだろ。簡単だぜ。だけど何か、もっと大切なことをあたしらに言ってない」
「そりゃレイナちん。皇様だよ。一から十まで全部教えてくれるわけ無いじゃん。私たちが担うのは大きい計画の一部分だけ。全部知る必要は無いって」
ふむ、なるほど。そう言われれば納得できた。ついでにいうとアナもニシもまだ隠し事がある。つついたらまだ出てきそうな。
「それよりさ、レイナ。これおいしいよ。食べてみた?」
アーヤはレイナに皿を押し付けると、ボール状の料理をつぎつぎに乗せていく。サクサクの空洞のボールにペーストが流し込まれ、かざりにバジルの葉が載っけてある。
「ん、んん、悪くない」
「でしょ。あと、うへへ、お酒もあるかな」
「あのな、あたしでもこーゆー社交の場は知ってるんだ。飯食いに来たんじゃなくて、偉い人と偉い人が会って喋って握手するんだよ」
というのを病室で暇な時間に見た映画にあった。しかしこの会場のホストたる皇はカクテルをお代わりしている。
空いた皿をウェイターに返し、アーヤは呪文みたいな名前のカクテルを注文した。
「やっぱりさ。大人の女として、お酒とタバコは嗜まないとね」
「ここ、禁煙だぜ」
「わーかってるってば。タバコの専門店を見つけたから、旅に出る前に買い込んでおこうかなーって。えへへ、どんなのがいいと思う」
「さてね。あたしはタバコは嫌いだし酒も、別に美味しいとは思ったこと無い」
「ちぇ、味気無いの。ね、ニシくんなら知ってるかな」
「やつが吸ってるところ、見たこと……」
「あっ、私のカクテル、来た! シルク・ストッキングス」
絹の長靴下は口の広い浅いグラスで運ばれてきた。ウェイターが迷惑にしているにも関わらず、アーヤはパルで写真を取りまくっている。
「アーヤ、そのどこが大人の女のーだよ。どう見ても甘い酒だろうが」
「ちっちっち、わかってないねぇレイナちん」ウェイターの盆からグラスを取ると「気品が大切なのだよ。そして来週は私の20歳の誕生日」
そんなオメーにはトーキョーのありがたーい言葉をくれてやる=“馬子にも衣装”だ。
アーヤはカクテルの甘みに頬を緩ませ後から来るアルコールの苦みに口をすぼめた。それでもレイナのジト目に気づくと鷹揚に笑ってみせた。
「ほう、来週が誕生日なのかね。お祝いをしなければ」
アーヤの背後に、渋いバス・ボイスの長身のおっさんが立っていた。真っ黒な礼装だった。体の線に沿って仕立ててあるので武器は持っていないとわかるが、彼の体そのものが武器だった。
「あっ電柱野郎!」
「やあ、アーヤ。久しぶりだね。俺のことは覚えているかい?」
フリオは歯ぎしりするレイナなど眼中になく、まっすぐアーヤを見ていた。ヒゲを蓄えたイケオジのウィンクに、アーヤは飛び上がった。
アーヤもアーヤでわかりやすい反応だった。ぼそぼそと挨拶したかと思ったら、すぐカクテルグラスに口をつけている。
「なーんでてめーがここに」
「言っただろう、銀髪のレイナ。俺はとある方の護衛役を仰せつかっている。今日も、だ。しかし驚いたね。アーヤそれにレイナも。軍に入ったのは聞き及んでいたがせいぜい都市防衛隊とかそういうのかと思っていた。彼らは腐獣狩りが専門だからな。しかし近衛兵団とは、予想の斜め上を行く。どんなコネを使ったんだ」
「実力だよ。甘くみんな」
フリオの後ろには痩躯長身の初老の男がいた。第2師団の幕僚と話を終えた後、レイナとアーヤのところへやってきた。
「紹介しよう、こちら先進技術実証研究所の所長、屏戸氏だ。で、所長、こっちが俺の腐れ縁の2人、アーヤとレイナです。彼女たちはフアラーンで天地怒涛の活躍を見せた、名うての傭兵です」
「どうも、ヘイドだ」
ヘイドは大きい手で2人と握手した。上流階級というより技術畑の人物で、立場上 無理にこの場に引っ張り出された穴ウサギのようだった。着ている服も、庶民向けデパートで一応いちばん高いスーツを買った、というふうにどこかくたびれている。
「若くして軍の特殊部隊に採用されるとは、君たちも相当の実力者なのだろう。うむ、将来が楽しみだ」
「おっちゃんも、軍の人なのか?」
レイナの物言いにフリオは顔をしかめたが、ヘイドは気にせず待っていましたというように、
「軍の予算から出資を受けているというだけの、研究所だよ。大昔は軍の一部門だったけれど、今では法人化して民生向けの技術も開発している。一般向けの廉価な機械義肢なんて、今年は結構売れたんだよ。企業連合系のはだめさ。高機能化で良からぬことに使ったり、脱獄で1cmの水たまりで溺れさす事もできる。機能を単純化し、神経と電子的なやり取りのみで動く、軽く安価な義肢さ」
なるほど。頭の良いおっちゃん、というわけか。気取らず飾らず、金持ちっぽくもない。内容は意味不明だが話が通じやすい。
ヘイドが話している間も、フリオはアーヤを見たままだった。
「アーヤ、どうだ、今の仕事に満足しているか? 危険な目に遭ってないといいが。もし安心できる仕事がいいなら、俺の仕事を手伝ってくれ。どうだ? 興味あるか」
ベタなプロポーズだったが、アーヤは顔を真赤にして真意には気づかず、空調の風で揺れる蘭をずっと目で追いかけている。
「レイナくん、フリオの友人ということは、やはりあれかい。アウトローなアレなのかい」
ヘイドはわざとらしく声を小さくし、手で覆いを作った。
「まあ、友人つーか、ライバルだな、うんライバル。拳で語り合った仲ってやつ。でもよ、おっちゃん、アウトローっていっても強盗とか追い剥ぎとかそーゆーのはしてないよ。あたしらなりの矜持がある。だから受ける仕事も選ぶ」
レイナはなんとなく言葉を飾ってみたが、連邦の法に違反した過去の行いには口ごもってしまった。言葉を探しながら、アナにもらった勲章をなでた。
「この社交の場は、高貴なヒトばかりと思うかもしれない。コネや縁故で皇に拝謁するものも確かにいる──」
かくいう皇は食べすぎたせいで椅子に座って動けないでいる。
「──しかし、だ。大半は君のように実力を証明し、認められたからこの場にいる。フアラーンのアンダーグラウンドも、その点では同じだろう?」
「お、おう。そうだけど。おっちゃん、詳しいじゃん」
「マフィア映画は好きだからね。ところで敵討ちをするときはやはりこう言うのかね『俺は許そう、だがこの銃弾は許さない』って」
「いや、あはは、言うんじゃね、たぶん」
冷静に考えてみれば、カッコつけたセリフはダサい。あたしは頭に血が上ったとき、ついべらべらしゃべっちまうが、その時 隣りにいたニシは、今思い出したらドン引きしていた。
「そういた、おっちゃん。頭が良い研究者なんだろう? じゃあ銀髪の力の秘密とかいろいろ知ってるんじゃ」
「銀髪の? 映画では定番中の定番だが」
「いやいや映画じゃなくてマジなほうの。翠緑種っていうアメーバかなにかがさ、門なんだってさ。で、ゲートを通じて宇宙のエネルギーを使うんだ」
賢そうなおっさんが、だんだんと眉間にシワを寄せた。しかしすぐぱっと明るくなって、
「そうだった。司書はもういないんだった。研究職は口にする内容をよく咀嚼して話す。でないと司書に最悪、物理的に排除されていまう。わかるかい? 手を出してはいけない研究分野というのがある。そういう肌感覚が必要なんだ。私の同期も、そのせいで姿を消したり財団に移籍したりと散々だったよ」
「回帰主義、だっけか? あたしもいまいち理解してないんだけど」
とたんにヘイドはブルッと震えて反応した。
「君たち近衛がそういった不合理を正してくれて、私達は大助かりだ。噂じゃ、司書どもは唯一大陸各地に派遣されて、いままで追いかけ回していた研究者を呼び戻す挨拶回りをさせられているとか」
あれ、それは初耳だ。ロゼもネネもそんなことまでは言っていない。何を聞いても微笑のままごまかされるので、最近はいちいち疑問を口に出さなくなった。
「じゃ、おっちゃん、翠緑種について知ってること教えてよ。あたしの銀髪の力をもっと強くしたいんだ」
「しかし、銀髪というのは神話のブレーメンのように強いはずだろう?」
「そこまで強くないよ。だから強くなりたい。あーいや、皇を守らなきゃ、だろ」
「あはは、さすが近衛。素晴らしい忠誠心だ。しかし残念だ。翠緑種や腐獣の心臓の研究は、応用生命学といってね。魂の構成原理や宇宙の根源に至る研究をしている。連邦では禁止されているから財団の研究者にでも聞けばわかるが……財団は嫌かい? 研究者と言えど何でも知っているわけじゃない。専門というやつだ」
「専門?」
スペルを間違いなく書ける自信がない。
「そう。たとえば、フリオは武器を持たない。拳ひとつで敵に立ち向かう。レイナくんの武器は?」
「あーショットガンとマチェーテ。拳銃は訓練中で」
「それが専門、というわけだ。自分の専門についてはめっぽう強いが専門外となると話のさわりぐらいしかわからない」
なるほど、わかりやすい。ニシの皮肉めいた言い回しよりずっとマシだ。
ヘイドは名刺を取り出すと、
「私の専門は物理学だ。理論物理学の博士号が2つ、数学が1つある」
ハクシゴウというのが何かは知らないが、勲章か何かの称号だというところは理解できた。
「んー難しそう」
「あはは、大丈夫。たいていの人にはそんなふうに眉をひそめて困った顔をされるからね。慣れている。今、10人の兵士で1万の腐獣を倒せる兵器を作っているところなんだ」
「え、すごい。でも財団も同じようなことしてたけど、どれもグロい研究だったぜ」
「なに、一般的な物理学のその実用化だよ」
「それってやっぱり……」
言いながら思い出したが、皇に言われた虚無の災害は秘密だった。
「虚無の災害、かい? ここに来た者は皆が知っていることだ。知っているからこそ第8要塞壁の建設に過去最大の予算と人員を割く。さっき四葉建設の取締役が上奏していただろう? 私もさっき上奏したが──」
あ、いけね、聞いてなかった。
「──あはは、正直でいい。ここの料理は美味しく、防衛大綱は難しい。若者に取っちゃおもしろくないからね。私の研究は、中性子反応による原子核分裂の理論とその実証さ」
「んー、侵食弾頭だっけ?」
「そんな危険なものじゃないよ。威力が調節可能なクリーンな兵器だ」
ふうん。聞くだけじゃよくわからないし、紙に書いてもらったところでたぶん分からない。
「もしかして、ここにいる全員が虚無の災害に対して」
「もちろん。軍、経済、教育、財務、私たち民間部門も含めて、一丸となって取り組んでいる。なにせ前代未聞の巨大な災害なのだから。一般にはまだ知らされていない。オーランド7000万人の民衆が知ったら、それこそ大混乱だからね」
つまりはあたしたちも、その一員というわけか。面白そうだな。フアラーンでゴミみたいな仕事を請けるより100万倍もマシだ。
物語tips: 先進技術実証研究所
最先端の技術を実用化し広く市民に利益を還元する組織。
組織の大本は1000年以上前に作られた軍の先進技術実証委員会で、緊迫する対獣人戦争に向けて軍・民・学の総力で立ち向かう組織───という名目の"追い出し"部門で、軍の厄介な人物をやんわりと辞めさせる部門だった。
しかしとある将校がこの立場を利用し、先進的な空中降下作戦を編み出し、希少な人材を確保し、結果的に戦争の集結に貢献した。侵食弾頭を用いたこの作戦こそ、現代に続く禍根の原因となった。




