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物語tips:カッシンタ・ロー
ロゼの部下で情報分析官。"ロー"は秘密スパイが使う定番の偽名のためレイナは本名ではないと疑っている。ニシがトーキョー語の"カツ・シンタロー"に聞き間違えたため、もっぱら「シンタロー」と呼ばれている。
美形な男で、ゲイ。
地味なオフィスビルの16階。
それでも1桁区の上層都市に位置しているので窓からの眺めだけは良かった。まっ平らな平野に位置するオーランドで1つ高い位置に街が作られているので、地平線の彼方の砂漠まで見通せた。
「それで、レイナさん、眉はこんな感じでしたか」
「ん、いやもっと薄くて短い。あそうそう、そんな感じ」
レイナは事務員用の椅子に大股を開いて座り、その対面ではカッシンタが鉛筆を片手に似顔絵をせっせと描き込んでいた。
「へぇ、上手いものだな。シンタローは絵心がある」
ニシがカッシンタの背後から似顔絵を覗き込んだ。
今日はレイナとニシの2人で朝イチで近衛兵団のオフィスへ出向いていた。一方のアーヤ&シスのペアは警察のサーバーから情報を検索するため別行動だった。
「ありがとうございます。ニシさんは何でも芸達者とお聞きしますが」
「いや、さすがに絵は無理だ。神は何でもできる萬像と言っていたが結局、何でもは無理だった」
「何でもできるが、何でもじゃない。まるで神話のブレーメンのようですね」
「そう言われたら、そんな気もしてきた。クソ神にとってブレーメンは最良のおもちゃだからな」
「おもちゃ、という表現でしたらブレーメン学派の方々に石を投げられてしまいますが。神に愛されたヒトという語源からして、認識としては間違っていませんね」
カッシンタの笑い方は女性的でいて更に美というものを追求している/あの笑い方はあたしにはできない。
「あーあたし、ここにいたら邪魔か?」
「失礼しました、レイナさん。仕事に戻りましょう」カッシンタ話しながらも手は止めなかった「こんな感じですかね。昨日目撃した容疑者というのは」
カッシンタが描き終えた画用紙を見せてくれた。まるでモノクロ写真のように生々しく、すぐに動き出しそうだった。
「うぉ、そうそう。額のバーコードもそっくりだ」
「財団の、とおっしゃったので。連邦は個人の認識に集積回路チップを用います。パルがそうですが、正規市民は必ずパルを携帯しています。一方財団ではアナクロなバーコードでヒトも物も管理しています。だいたい外見は似たりよったりのバーコードが記されているんです」
へぇ、よく知ってるな。
「じゃあ、この似顔絵を元に、探し出せるんだな」
カッシンタは少しだけ難しそうな顔をした後、似顔絵をパルで撮影してシスとアーヤに送った。
「まだ容疑者というかレイナさんの推測の域を出ませんのでなんとも」
「つったってよ、あたし見たんだぜ、財団の研究所で。妙な生き物の研究をしててさ。なつったか、あのクソペド博士」
「グフィカ」
ニシが横から教えてくれた。
「そうそう、そいつ。今回の現場だってテウヘルがいて、その場に財団のバーコード付きのガキがいたんだ。だから──」
「だから殺人事件の犯人に違いない。レイナは殺してしまうのか」
ニシはまだ腕を組んだままだった。
「あったりまえだろ、それがあたしたちの──」
「シスだって元は財団の研究所にいた実験体だ。殺しだってしてきた。地下で出会った少女とシスと、違いはあるのか」
「あっそれは、だな。いやつーか、ニシ、最近お説教が多すぎ」
レイナはぷいっと頬を膨らますと椅子からすっと立ち上がってオフィスをぐるぐると歩いた。部屋自体の入出も電子錠で管理され、棚すべてに鍵と開閉センサーが付いている。入口横には膨らんだゴミ袋が積んであり、『司書』=この部屋の元の主の表札も乱雑に放り込まれている。
「アーヤから連絡が来た」ニシがパルを見る/レイナのパルにも同時に着信があった。「氷風呂? シスが入っているのは氷風呂?」
届いた写真の中では、茹で上がって暑そうなシスが、一見すると水着のような下着を着て氷風呂に浸かっていた。機械むき出しの顔から配線が伸びてそれが巨大なサーバールームにつながっている。その仕事中のシスの横でアーヤはポーズを決めて自撮りしている。
「ん何やってんだこいつら」
「サイバーネットに補助脳を接続し情報の検索をします」カッシンタが説明してくれた。「高度に機械化された体では、生体は排熱器の役割も果たします。データのやり取りは大量の発熱も伴うので体をこうして冷やしているのでしょう」
「脳波コントロールだろ? 俺の頭にもチップが入っているが慣れるのに丸1年かかった。もっともユキ・システムの補助があるから、たいした操作はしていないが」
ニシがトーキョーの思い出話を語った。
「シスさんの脳力、といいたいところですが、どうやら補助脳に財団製のサーバー攻撃用ソフトがインストールされているようです。そのおかげかスーパーコンピューターで並列処理が必要な情報処理をシスさんひとりでこなしています」
「防火壁の破壊ね」
「ふふ、トーキョー語はなかなかおもしろい表現をするのですね」
またカッシンタが美的に微笑む/知的な会話にレイナの入り込む余地=ゼロ。
「近衛兵団はシスの戦力も十分に把握しているわけか」
「まあ、それが私の仕事ですから。後方勤務なのでそういった情報整理も私の得意とすることです。戦いにおいて情報は銃に勝る武器です」
「ペンは剣よりも強し」
「ほう、トーキョーのありがたーい言葉ですか」
「ことわざ。トーキョーじゃないけど」
レイナは眉をひそめる=理解不能。しかしカッシンタは微笑んでいた。
妄想&想像=案外ニシは両刀遣いじゃないか。そしてロリコン野郎。もしやロゼやら皇さまみたいな、ああいう年上のオバチャンもいける口だったり?
「つーか、ロゼ隊長はいつ来るんだ。もうあたしら1時間も待ってるんだぜ」
「申し訳ございません、レイナさん。隊長はいま朝の会議に出ておりまして」
「朝って、もう昼に近いんだが。何を話しているんだ」
「さあ」
カッシンタのあの笑み/直感ではぐらかされているとわかる。
「レイナ、組織の中で生きる以上、上司に知らされていない内情には首を突っ込むな。知らされていないのなら知る必要がないからだ。それが兵士としての鉄則」
「ちっ、あたしは兵士になったつもりはねーんだよ。嫌なら嫌、ってはっきり言うのがあたしの生き方だ」
「すばらしい実直さだ。それだと長生きできない」
「違う違う違う。あたしは事件の重要な情報をつかんだんだ。そのために来たのにだらだらだらしてるのが気に入らねーんだ。わかる?」
しかしニシもカッシンタも同じように片眉を動かすだけだった。
「あらあら、元気ですわね、レイナさん。こんにちは」
レイナの背後で電子錠の軽い解除音/ぬるりと長身のロゼが現れた。同時にカッシンタは立ち上がって軍隊じみた敬礼をしてみせる。
「お、おば……隊長さん」
大人の芳香が漂う。
「ごめんなさいね、少し遅くなってしまいました」
「アナ皇女がやたら長いスピーチをしてたとか?」
「フフフ、興味ありますか。階級がもう3つほど上がれば楽しい会議に参加できますわよ、レイナさん。機密保持資格の講習に半年と試験も更に経なければなりませんが」
「いや、いいや、そういう面倒なのは隊長さんに任せるわ」
「どうぞおかけください。お話を聞きますわ」
レイナはさっきまで座っていた事務椅子に戻った。癖で大股を開いたままだったが、相対するロゼは長い脚を組んでにこりと微笑む。
「昨日、言われた通りヲウボ警部のとこ行って行方不明の警官を探して地下をウロウロしていたら、まあ、警官の死体があったんだが、そのとき財団のバーコード入れ墨のガキを見つけたんだ!」
レイナは熱っぽく語り、カッシンタが似顔絵をロゼに見せた。ロゼの美顔は固まったまま動かない。
「財団ですか。もしそれが本当なら、かなり厄介なことになります」
「おっ戦争か」
「そう軽々しく言うものではありません」ロゼの大人のいらえ「所轄警察とニシさんからの報告書は読みました。しかし知性を持ったテウヘルまで。んん、度し難いですわね」
「ああ、それと地下をあちこち走り回っていたらこう、なんか物音がしたんだ。巨大な生き物の。うんこの塊もあった。よぅ、ニシ、お前聞いたか」
しかしニシは肩をすぼめて首を横に振った。
「暗闇に長い時間いるとヒトは恐怖心で枯れ尾花が人影に見えることもあります。これはレイナさんが、というわけではなくそれがヒトの心理です。幻覚や幻聴、あるいは死んだ戦友がそばに立っていたなど」
「じゃあうんこの山はなんだっていうんだ」
重ねて、ニシがグアノ塊と訂正した。
「それは。フフフ、都市生物かもしれませんね」
レイナが首を傾げる。ニシも初耳だ、と首を振った。
「子どもをしつける、おとぎ話みたいなものです」カッシンタが説明してくれた。「レイナさんは企業連合の街の出身なので知らないのも無理ないです。これはオーランドの大昔から伝わるおとぎ話です。「夜な夜な1人で出歩いたら都市生物に連れ去られるわよ」。私も母にそう言われて育ちました。大昔は街中に水路が張り巡らされていました。今では大半が下水道や排水路として使われます。そこに巣食う怪物がいる、というものです」
レイナはロゼとカッシンタを代わる代わる見て、
「で、ほんとにいるのか」
「ふふふ、いませんよ」
ロゼはいつもどおり笑っていた。
「この400年間で都市の基底部はかなり掘り起こされましたが、奇怪な怪物の目撃情報はありません。安心してください」
カッシンタも茶化すわけでもなくレイナに語りかけた。
結局はあたしがビビっていないもんを見たってことかよ。大真面目に語ったあたしがバカみてーじゃねーか。それにうんこの山の答えは出ていない。ニシだってアレを見たのに。
レイナはガチャガチャ鳴る椅子から立ち上がると窓際で腕を組んだ。ここからだと上層都市の地上をうごめくヒトの群れがよく観察できた。蟻のように勤勉に巣穴から出入りしている。
「ニシさんは、最近はどうですか? 時間が取れずなかなかお話できませんでしたね」
「オーランドの生活にも慣れたところですよ。残念なことは大都市だからピザかピザに似たような食べ物があると期待したんだが、まったくなかったことだ」
「ピザ、ですか?」
牛乳を固めたチーズをパンの上において焼く料理だ、と説明を受けるとロゼは怪訝な顔をした。
「だいたいの事情はわかっている。唯一大陸の牛乳は脂肪が少なくてチーズが作りにくい。そもそも水牛がいないし」
「フフフ、トーキョーの料理ですね。一度試してみたいですわ」
「トーキョーのではないが、まあそうだな。ロゼ隊長のほうは、相変わらず忙しそうにしているようだ」
「ええ、もう。寝る時間も切り詰めて。この前のお約束、まだ生きていますわよ。お忘れなく」
「ああ、時間があれば」
「んだよ、デートの約束か?」
レイナが茶化す──おばちゃん、という言葉が出そうになって慌てて飲み込む。
「ええ、そうですわ。強い男の人は好きですから」ロゼが柔らかく微笑んで、「だっていくら殴っても死にませんからね」
唐突な暴力宣言にドギマギしたが、ニシが首を振っていた。
「ちがう、レイナ。格闘訓練の話だ。空手と柔道の技が唯一大陸じゃ珍しいって言うんで、時間があれば披露する約束をしたんだ。あの、ヨットァン村で」
牛市場でそんな話までしてたとは。
がちゃり。
また部屋のドアが開いた。電子錠が管理されているので誰もがそうやすやすと出入りできるわけなかった。
「みな、楽しそうにしておるな。どれ、妾も混ぜてくれぬか」
ネネが現れた。同時にロゼとカッシンタは起立して格式張った敬礼の姿勢を取る。
ネネは小さい子供の背格好のくせにフリルをあしらった黒スーツをよく着こなしている。小さな歩幅で部屋をぐるりと半周すると、空いている椅子を尻目に、座っているニシの膝の上にちょこんと座った。
なぜそこに、という指摘さえ許さない、さもここがもともと妾の椅子だった、という威風堂々とした座り姿勢だった。幾ばくもしない内にカッシンタが湯気のたつティーカップをネネに渡した。ネネは空いている手で椅子を撫でている。
「して、テウヘル騒動に進展はあったのかの」
「ああ、あったよ」レイナが進んで答えた。「きっと財団が絡んでるぜ。あいつら、みょうちくりんな研究ばかりしてるからな。シスの義体化した体だってそうだし、研究所じゃ機械と肉塊が融合した怪物がいたんだ!」
ロゼとカッシンタは、白々しくレイナを見ていたがネネは納得しているようで、一杯 茶を飲んでから口を開いた。
「さもありなん、昔からじゃ。500年前から財団は連邦の管理を外れ、妙なことばかりしている。ほんに復興財団は1000年前はそれはもうまともな組織だったんじゃがな。皇キエの一存で設立され、全土で破壊された都市をつぎつぎと復興していった」
「でもよ、財団は何のためにあんなみょうちくりんな研究してるんだ? あんなの作ったって誰かが買うわけでもないだろ」
しかしネネは顔を伏せたまま茶を飲む──返事なし/知る必要なし。
「ほんと婆ちゃんみたいだよな。まあ自分の婆ちゃんに会ったことないから本当の婆ちゃんがどんなか知らないけど」
「婆ちゃんか。妾にとってはぬるいぞ。レイナ、お前には言うとらなんだが、実のところ1500歳を超えている。さて今年は何歳だったかの」
「ああ、それなら知ってるぜ。シンタローが教えてくれた。1500歳の本物のブレーメンだって」
シンタロー=カッシンタと気づいて、ネネの若草色の瞳がきょろりとそちらを向いた。
「じ、侍従長どの! 自分はその、レイナさんは仲間だと思ったので」カッシンタが平伏して「どうか弾き飛ばすのだけは」
「はあ、なぜそう怯えるのだ。妾は誰見境なく屠る化け物じゃないぞ。しかしまあ、レイナ、お主もよく貢献してくれている。お主だけ知らないというのも不公平じゃな。いろいろ勘ぐるだろうし、話してやろう」
「あ、ああ、どうも」
あれ、あたしだけ? ネネのすぐ背後=ニシは目を合わせようとしない/こいつ全部知ってたな! タイミングはたぶん、オーランドへ向かうトラックの中。
「1500年前、まだ妾がいたいけな子どもだった頃。テウヘルの軍勢はブレーメンを大陸から駆逐しようと進撃していた。野獣どもはブレーメンにとって雑魚同然だが数百倍の敵相手に集落の戦士だけでは太刀打ちできなんだ。しかも当時のブレーメンは集落ごとに仲が良いとは到底言えない。隣の村が焼かれたところで『あやつらは修練が足りなかったんだ』とあざ笑う始末だった。妾が傷を負ったのはちょうどその頃」
ネネは伏し目がちのまま、左手の黒革手袋をとった。あらわになったのはオリハルコン製の義手だった。
「その手、全部、えっと、手が宝石みたいに青く」
「レイナも、ブレーメンの持つ青く輝く剣は知っておるだろう? 妾が瀕死の瀬戸際に、神が現れたのじゃ。この左手と万の敵を屠る力、萬像と共に賜った。ただこう指をパチンと弾くだけで、地平線がすべてテウヘルの死体で埋まった」
突然ネネは青く輝く左手で指を弾いたので、レイナはぴくりと飛び上がった。
「──安心せい、パチンしたからレイナもパチンするわけじゃない。が、この力の代償は不老の体。1500年経っても当時と同じ、9つの幼子のままじゃ」
「死なないって、じゃあニシと同じ」
「そうらしいな。ニシのようにまだ死んだことはないゆえ、死んでも蘇るかどうかは不明じゃがな、強すぎるせいで死に直面せなんだ。そしていまさら試そうとも思わなんだ」
「じゃあ、ブレーメンの七戦士の昔話。あの末の娘ってのがネネ──さんナンデスカ」
「そうじゃ」
ネネはあまりにも短い返事のあとで茶を飲んだ。
あれ、まずいこと聞いたかな。ネネ婆ちゃん、喋らなくなっちまった。自分より半分ぐらいの歳で化石みたいな婆ちゃん、という不思議ちゃんに合った話なんて、どうすればいいんだ。ついロゼの方を見たが、にこりと微笑むだけだった。
「レイナは、小さい頃のロゼにそっくりじゃな」
「そう……なの?」
このデカい女も昔は小さかったとか。
「とにかく勝ち気の跳ねっ返りで、まだ妾ぐらいの歳のとき『将来はアナの守護騎士になるんだから』とかよく言っておったわ」
「侍従長!」
ロゼが気色ばむがネネ婆ちゃんは意に介さず、
「ロゼと皇のアナはの、幼馴染なのじゃ。一緒に育ち、自然とアナの皇という立場に気づきそしてその時から近衛兵を目指しておった。勝ち気じゃが覚えは良かったの。妾の教えた武術をすぐに覚えた。妾はブレーメンゆえ、並みのヒトよりは体力に優れておる。そんな妾を踏み台に育ったのじゃ、強くなるのも道理じゃろ? いくつのときじゃったかの。毛も生えそろわぬ年ごろなのにロゼは本気で軍に入隊を希望しての」
「こほん。19ですわ」
「そうじゃったな。まずはオーランドの士官学校に送ってしばらく経ったあと、久しぶりに会ったら面構えが変わっておってな。腰まで長かった髪が短く切り揃えられて、歩き方は、常に速く一定の速さで。一人前の兵士じゃったよ」
レイナが腕を組んだまま、
「へぇ、じゃあそんときからこんなにおっかない──」ロゼの冷笑が視界の端に見えたので「──お、お、おすばらしい、兵隊さんに」
生身なのに敵弾を恐れぬガン=カタやらラリートラックの豪快な運転など、手合わせしたくない相手だ。
「類は友を呼ぶ。レイナがこうだからこそ、ロゼの目にも止まったんじゃろう。ニシは神の意思というておったが、妾は素に運命の糸が絡まっただけと思うぞ」
「ま、たしかにそうだな。最初はとんでもない仕事を請けちまったって後悔したけどよ、今思えば運が良かったぜ。あんがとな、ネネ侍従長」
レイナは左の拳をネネに突き出したが、ネネ婆ちゃんはその意図が読み取れなかった。
その突き出した左腕のパルがプルプルと震えて着信を知らせた/同時にニシとロゼ、カッシンタのパルにもメール連絡が来る。
『まさに一石百岩とはこのことだね──』
アーヤからのメール連絡は、出だしからしてわかりにくい。
『──シンタローさんから送ってもらった似顔絵、シスちゃんが市内の監視カメラと照合したら、連続殺人事件の前ごろ初めてカメラに写ってるの。でもそれ以前は一切ないの。変でしょ! あ、最初にカメラに写った住所、下に添付してありまーす。じゃあね♪』
そして2桁区の住所と氷風呂に浸かっているシスの写真も付いてきた。警察署の署員がバケツいっぱいの氷をバスタブに投入している瞬間、とキメ顔ポーズをとるアーヤだった。
「緊張感、なくねこいつら? あたしらは薄暗い地下道をさまよってたってのに」
「まあよい。良いチームじゃな。ほれ、ニシ、あそこの棚じゃ」ネネは座ったまま振り向いてニシの体に抱きつくようにして指をさすと、「2桁区の要監視、危険人物の情報が入っておる端末がある。ほれ行かんか」
ニシは体にちっちゃい子が抱きつかれたまま、重そうにふらつきながらもネネのIDカードで電子錠を解錠して大きな辞書ほどの情報端末を引っ張り出した。
「パソコンごとに情報をわけているのか? 重要な情報ならネットワーク化したほうが効率的なのに」
「トーキョーというところは不思議じゃの。ネットワーク化したら情報が漏れてしまうではないか」
ネネは器用にニシの背中に登って一緒に情報端末の画面を覗き込む。ニシもすっかり連邦の標準文字に慣れたようで、指でキーボードを滞り無く叩いている。
「危険人物の調査と類別。司書の仕事はかなり手際が良い、というよりも執念深いと言うか。さっき届いた住所の周辺だと、怪しいのはこの人物か」
ニシはパルで情報を取り込み、全員と共有した。
「名前は、グーン。財団系の国出身。書類上はオーランド大学へ入学、経営を学び、その後は貿易商。怪しいのかこれ?」
パルの画面上に視差を利用した立体映像が浮かび上がる。レイナはその資料を上から下まで読んでみたが、怪しいといえばグーンと言う男の人相くらいなものだった。ヒトを笑いながらなぶり殺しにしそうな顔だった。
「レイナさん、行政処分歴を見てください」ロゼが教えてくれた。「脱税、通関での贈収賄の疑惑で起訴されていますが、財団系の検事が介入して不起訴処分になっています」
「あーあれだろ。裁判。そのぐらいわかるんだけどよ、なんでまた たかが貿易の犯罪の疑いで司書が情報を集めてんだ」
「それは、司書の役割は人類の発展を阻む先進技術の取締、だからで
す」
ん? どういうことだ。先進技術が発展を阻む? 矛盾してないか。あ、いやそういうことか、わかったぜ。ロゼもシンタローもネネ婆ちゃんもしたり顔だしニケも納得している。
「なるほど。それじゃあ仕方ないな」
レイナは、事の仔細は理解できなかったがポーカーフェイスのまま同調しておいた。
「他にあても無い。レイナ、そこへ向かおう。夕方までには着くはずだ」
「おうよ、合点承知」
レイナも立ち上がる/ガッツポーズ。ニシも荷物を背負うという段階でやっと、ネネが背中から飛び降りた。
上司たちへの挨拶もそこそこに、レイナとニシはロゼのオフィスをあとにした。カッシンタも丁寧に会釈して部屋を出た。
「して、ロゼ。あのことは話しておるのか」
「いいえ、まだですわ」




