承認欲求モンスターからの解放
私達は高い理想や願望を掲げて邁進するように社会から洗脳されているのではないかな?
常に目標を持って、それに向かって馬車馬のように働くのを良しとされる傾向があまりにも蔓延しているから、社畜が量産されてしまうのでは?
真面目な人ほど完璧を目指し過ぎて、そのようなものにより洗脳されてしまうような気がする。
そんな日本人に多い気質を利用されてしまっているのかものね?(笑)
高い目標を掲げ過ぎるから、無理目なものばかりを目指すから、上手くいかなくて意気消沈、自己嫌悪で、それで自己肯定感が低くなってしまう。
そのせいで、自己肯定感を上げようと躍起になって、「よせばいいのに」「ええ!?それ目指しちゃうんだ?」というようなものばかりを更に求めてゆく、その負のループ。
何とかして自分を上げようともがくと失敗して、失意のどん底、それでもっと自分を上げてくれそうな高いものを目指し追い求めるジャンキーみたいになってゆく。
それが承認欲求モンスターの成れの果てだったりしないのかな?
承認欲求モンスターになってしまうと、自己中になりやすいし、ダブルスタンダードで自己正当化しかしないから、何も学ばないから人間性は下がってしまう。
マウント狂いになれば人から嫌がられてしまうし、付き合うのが面倒臭い人になるから相手にされなくなって、それで自己肯定感が満たされなくて、また負の方向に振り切ってゆく。
それって結局、他者が引くような人物になってしまうわけだよね。
人から認められたいのに、認めて欲しいのに、自分のやり方のせいで、どんどん人が離れてゆくことになってしまう。
それは、高望みが過ぎるからではないの?
友人や仲間、伴侶や恋人すら自分に不釣り合いな人ばかりを選び、無理矢理食いついて行こうとすれば、疎まれたりダメ出しされるだけだよね。
ブランドとか地位とか権力、相手のネームバリューにばかり乗っかって行こうとするあざとさばかりだと、忌避されるようになっていく。
承認モンスターの人ほど、自分自身を客観的に見れないものだよね。
だから、自分に合わないものや、不釣り合いなものばかりを追いかけまわして下手こくわけでね。
自分に丁度いいものを全く選べない、本当に丁度いいものを見栄やプライドから受け入れることができない。
だから常に不安定で飢餓状態。
我が強い癖に依存的なのは、他人軸で生きているから。
あの人に認められたい、あの人に負けたくないとかは、それは他人軸な在り方であって自分軸ではない。
それがわからないと、軸なんか持てないよね。
だから承認欲求モンスターは、自分軸がないんだよ。
いくら口が達者で他人を利用する悪知恵だけは働く人であっても、他人の価値観や意見に乗っかっているだけのハリボテみたいな人に過ぎない。
承認欲求モンスターは、他者を犠牲にすることも多い。
それは悪魔教の生贄と同じだね。
承認欲求の強い人に育て上げるのが悪魔教のやり方だから、承認欲求の奴隷になってしまうと、悪魔と同調してしまうのと同じなのだろうね。
自分がいかにもズタボロみたいに被害者ぶるけれど、承認欲求モンスターの被害者や相手やまわりの方がよほどズタボロだと思うよ。
そして自分の都合の悪いものは綺麗事で誤魔化して逃げる。
承認欲求モンスターは、不毛だよね。
素の自分を、自分の真の正体を受け入れないからね。
自分を加工しないで、虚飾を取り払った自分自身を認めること、素の自分を受け入れることができた時、承認欲求モンスターからは解放されるのではないのかな。
(了)




