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寡黙の外連に魅せられて  作者: 小娘
仮初の冠
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魔手

「諸君、昨日の任務はご苦労であった。報酬はすでに葬儀屋に届いている」


マンフレッドは昼頃にようやく起き出してきた団員たちに言った。彼らは呻くような返事をするか、小さく頷くことでそれに応え、黙って話の続きを待った。


「早速だが、次の依頼が入った。国王陛下より、来節の建国祭に王女殿下の護衛をするようにとのお達しだ。詳細は後日、陛下への謁見の後に決定する。連絡事項は以上だ」


アストリッドは思わずキャットとハーレイの顔を見た。二人も同様の当惑を見せている。彼らが待っていたのは、次なる依頼のことなどではなく、マギーが失った仲間たちについて、団長自らが口にし、哀悼することであった。あの出来事がまるでなかったかのような振舞は、あの二人に対して不当であるように感じられた。


「フレッド、あの二人のことは……」


アストリッドはそう切り出したが、何と言うべきかわからず、そのまま閉口した。マンフレッドは重苦しい態度で考え込み、悲しげに頷いた。


「……ああ、実に惜しい人物を亡くしたな。我々は、彼らの犠牲の下にここに立つことができているのだろう。彼らに、花を捧げねばなるまいな」


そんな言葉が聞きたいわけではなかったものの、アストリッドは反駁を諦めた。彼女はどんな言葉も無為に終わってしまうものなのだということに気付いていた。そのことを決定的に確認させられたことが口惜しくてならないだけなのだということにも。どちらにせよ、同じことだった。やはり、嘆きに意味などない。


「刺客はカラスのグウェンドリン……つまり、依頼人だった。俺たち、嵌められたんだね」


ハーレイが低く言った。アストリッドは思わず舌打ちをした。


「報酬を受け取るのも癪だね」


「まあ、あって困るものでもないわ。―それより、団長。彼女のこと知ってたのかしら?」


キャットは射るようにマンフレッドを見つめて言った。彼は訝るように片眉を上げた。


「どういう意味だ?」


「彼女、マギーの秘密を知ってるって言ってたわ」


踊り子は疑り深い目を団長から逸らさない。アストリッドが横から付け足す。


「新入りの私たちは知らないことらしいけど」


「ふむ……しかし、私はグウェンドリンという名に心当たりはない。大方、何か目的があって我々を攪乱しようとしているのだろう。敵の戯言など、信じるには値しないさ」


マンフレッドは荘厳さと楽観を見事に交えて言うと、仕切り直すように軽く杖を叩いた。


「皆、この件をあまり気に病まぬように。我々は常に死と隣り合わせだということを忘れるな」


そう言って、彼は専用の小屋に引き上げてしまった。彼が何か特別に指定していかなかったということは、次の指示があるまで、団員たちは自由に過ごして良いということだった。が、三人はその場から動き出さなかった。事件に対するやるかたない無念に蝕まれていたのである。


「グウェンドリン、ね……」


アストリッドは語感を確かめるように呟いた。ハーレイが座り込み、近寄ってきたマヨをしきりに撫でながら口を開く。


「レオとアーウィンを一人でどうにかしちゃったんだから、相当な手練れだよね」


「そうね。それに、あの鼻につく手紙の文面と報酬……自分を上に見せたいのが丸わかりだわ」


同じ動きを繰り返すハーレイの手を見つめ、キャットはため息交じりに言った。アストリッドは顔を上げて彼女を見た。


「やっぱりそう?」


「ええ。妥当な報酬を出さないのは、対等になりたくない証よ。何ももらえないよりはましだけど」


キャットは吐き捨てるように言った。彼女は幼い頃から踊り子をやっていたが、団に入るまでの彼女の人生のほとんどが、踊っては売られ、逃げ出しては踊るという生活に費やされてきたのであった。


「あの人、団長とはどういう関係なんだろう」


ハーレイは手を止めずに呟いた。つまり、グウェンドリンという名に心当たりがないと言ったマンフレッドのことをまるで信じていないということだ。状況からしてそう考えるのが妥当だったが、アストリッドとしては、育ての親に等しい彼のことをあまり疑ってかかりたくはなかった。彼女はおずおずと尋ねる。


「フレッドは嘘をついたんだと思う?」


「当たり前じゃない。きっとあの人、本音と嘘を頭の中で取り違えてるんだと思うわ。可哀想に」


と、キャット。そこまで言うほどかどうかは定かではないにせよ、マンフレッドが自在に仮面を付け替えることができるのは周知の事実であった。その仮面すべてに、”真実”と銘打ってあるということも。アストリッドはいまだ合点のいかないまま、小さく肩をすくめた。


「……私たちで色々調べてみないといけないかもね。また不意打ちで友達を奪われたら堪らないもん」


「じゃあ、情報収集をして、不意打ちで殺されないってことにしておきましょう」


「それで死なないで済むなら苦労しないよ」


アストリッドは苦笑した。ハーレイがぱっと顔を上げ、この日初めての笑顔を見せる。


「案外上手くいくかもよ。俺、呪いの類は信じてるんだから」


「ふーん、そう?なら、やっとく?」


言いながら、アストリッドは自身の短剣と取り出してちらつかせた。ハーレイが頷いて手を差し伸べてきたので、彼女は短剣を渡した。彼は左の手のひらに浅く長い斬り傷をつけると、短剣をキャットに回した。キャットも同様にして、アストリッドに短剣が返ってくる。


手に同じ傷をつけ、それを重ね合わせて誓いとする……古いマギーの習わしの一つだ。それを三人に教えてくれたのはレオだった。そんなことを思いながら、アストリッドは浅く肉を裂き、顔色を窺うように滲み出てくる血を眺めた。彼女はその手のひらを下に向け、二人に向かって差し出した。二人がそれぞれ傷のついた手を重ねる。


「レオとアーウィンに」


アストリッドが決然として言うと、キャットとハーレイはいつになく真剣に頷いた。三人に共通してあったのは、無理にでもこの誓いを守り通すという意志だった。たとえ、良からぬ未来に立ち向かわねばならないとしても。



 数日後、国王との謁見に出かけたマンフレッドは、何やら物憂げな様子で戻ってきた。国王に厄介な注文をつけられたことは間違いない。彼は当たり前のように昼まで眠っている団員たちを叩き起こすと、まだ意識のはっきりしていない彼らに向かって、普段の演説口調で語り出した。


「すでに言った通り、陛下からの御依頼は建国祭での王女殿下の護衛である。しかし、陛下はある甚大な問題を憂慮しておいでだ。それすなわち、我らが国王陛下の忠実なる僕であり、治安判事の任を預かるポメルドット卿が……」


マンフレッドは一度そこで言葉を切った。片手で頭を押さえ、深々としたため息と共に続ける。


「……先日王宮で行われた、二十歳になられた王子殿下の御生誕を記念する祝宴に参加しなかった件である」


寝起きで機嫌の悪いアストリッドは耳を疑い、わざとらしく目を見開いた。


「それの、どこが、憂慮される甚大な問題なの?」


強勢をつけて尋ねる彼女に、マンフレッドは聞いてくれるなと言いたげに首を振る。


「それがだな……陛下のおっしゃることには、件のポメルドット卿は王家の主催する祝宴の類を欠席することは滅多になく、いわんや一報もなく姿を見せなかった例は一度たりともないということのようだ」


彼はぐっと口角を下げてみせてから、真面目な調子を取り戻そうと咳払いをした。


「そして後日、奥方……お身体の弱いご婦人ということなのだが、彼女の体調が悪化したために欠席を余儀なくされたという旨を伝えてきた。しかし、祝宴の日にその奥方が庭に出ているところを別の招待客が目撃しており、その者が言うには、夫人は祝宴にも参加できそうなほど体調が優れているようであったとか」


「あんまり行きたくなかっただけじゃない?」


ハーレイがぼんやりとしながら口を挟んだ。アストリッドは呆れた目線を彼に向けた。


「社交界に出てる良い大人が、そんな理由で王族のための祝宴を欠席するわけないじゃん。ハーレイじゃないんだから」


「俺は社交界に出る必要がなくて、未成熟な大人でも許される世界にいるからこんなってだけで、環境が違えば相応しい行動ってやつくらいちゃんとするけどね」


よく言う!彼は当然と言ってのけ、少々むっとした様子でそっぽを向いてしまった。キャットが冷やかすように笑う。


「皆あなた好みに手懐けて、怠けてもお咎めなしの世界にするつもりでしょ?」


「それもまた適応だもん」


「確かに。じゃあ手始めに、最近ずっとすぐ外にいる牛から手懐けなよ」


アストリッドはある牛が団の天幕の外に居座って草を食んでいる姿を思い出しながら言った。どういうわけか、その牛は数日前からそこを動こうとしないのである。


「残念、あれはもう俺の味方だよ」


ハーレイがしたり顔をして言ったとき、マンフレッドが注意を戻そうと杖を一回鳴らした。


「ふむ、良いかね?いささか先走っている感は否めないが、陛下直々の御依頼とあらば、我々には遂行する他に手はない。そういうわけであるから、キャット、ハーレイ、君らにはポメルドット卿の調査を行ってもらう。アストリッドは私と殿下の護衛に当たることになる。何か質問がある者は?」


「護衛任務は建国祭のときだけでしょ?私も二人を手伝って良いよね?」


アストリッドは二人のほうに頭を傾げながら尋ねたが、マンフレッドは即時首を振った。


「いや。君にはいくつか叩きこんでおかなければならないことがあるのだ。夜中に調査に繰り出すつもりでないなら、二人の手伝いはできないと思っておけ。他には?」


キャットとハーレイは黙って首を振った。マンフレッドはゆっくりと息を吐いて頷く。


「建国祭での任務は例年通り、極力目立たずにいること、かつ確実に怪しげな行動を取る人物に目星をつけ、必要とあらばその人物を捕捉すること、以上だ。言うまでもないことであるが、諸君が現場にいた痕跡を残してはならない。万一仲間が命を落とした場合は、その遺体の回収に努めよ。そして何よりも、捕縛されることがあってはならない。任務遂行の手段は諸君に委ねる。健闘を祈る」


決まり文句を汲々と述べたマンフレッドは外套を翻してその場を去ろうとしたが、ふと立ち止まって振り返った。


「それから、ハーレイ。勝手に動物を飼うな」


「飼ってないよ。俺が愛されてるだけ」


悪びれもせず肩をすくめるハーレイに、マンフレッドは白い目線を送ると、それ以上何も言わずに引き上げていった。

お待たせしました。

誰も待ってなかった!!!がびょーん

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