剣閃が瞬く間に
カクヨムweb短編小説用に書き上げたものの原文です。
カクヨムの方には文字数の関係で内容を少し削ったものをアップしてあります。
「ぐぅっ……」
彼女が振るった訓練用の木剣が、音速をも超えたかのような速度で自分の脇腹へと食い込むと、呼吸を忘れたかのように肺が活動を止め、声が呻きとなって吐き出されて行った。
その衝撃が痛みとして脳へと伝える僅かな間に、俺の脳裏に様々な光景が浮かんでは消えて行った。
当代一の音痴として名高いが全く自覚のなかった母が紡ぐ耳を劈くような子守唄……
箱入り娘の一番上の姉が、全く経験が無かったにも関わらず何故か突然作った、味見を仰せつかった弟が三日三晩寝込む事になった曰く付きのクッキー……
泣き叫ぶ弟を面白がって追い回し、何故かそれが弟が楽しでいると勘違いしていた悪鬼のような二番目の姉の顔……
無邪気に微笑みながら無理を通す事を最早生き甲斐にしてるのではないかと疑いたくなるような妹が、無理矢理飲ませようとしてきた、何が材料かは絶対に明かそうとしなかった謎ポーション……
家族で旅行へ行くはずが置いて行かれ、それに気付きもせず家まで帰ってきて「あれ?なんでお前先に帰ってきてんだ?」と不思議がる家族の姿……
え? まさかこれって所謂走馬灯ってやつ?
……いや、改めて思い出すとホント碌でも無い人生だったわ。我の強い女系が揃いも揃っている家だったがために、ただ一人の男子だった俺は女共に生殺与奪権を握られ、奴隷のように扱われて生きてきた。因みに父親は伯爵家当主で、それなりに国の中枢に関わる仕事をしているはずなのだが、家では空気だ。つーか、俺を生贄に捧げて家に寄り付かない。
このままじゃ嫌だと奮起して、寮生活になる学園で自活する術を身に着け、卒業後、家族に見咎められる前に出没し、姿を晦ませ冒険者として独立するのだと意気込んでいたのだが、現実は厳しく儚い。何故なら俺は、魔法の才能にも剣の才能にも乏しかったのだ。
現に今、こうして同じクラスの女子生徒に成す術もなく叩き伏せられている。
実は自分の実力を試そうと、無謀にも学年序列一位の彼女に喧嘩を売ったのだが、結果は見ての通りだ。全く歯が立たなかった。
と、ここまで考えたところで、痛みの感覚が脳の奥まで染み渡り、同時に激しい痛みが沸き起こる。
痛みに耐える為に、全神経がその場所に寄り集まって行く。当然だが、そうなれば俺はその場に立っていることも儘ならない。
案の定、俺は膝から崩れ落ち、そのまま耐え切れずにバタンと地面に倒れ込んだ。四肢に力が入らず、受け身を取ることも出来ない。
言葉を発することが出来ず、意識を失うことも出来ず、痛みに苦悶しながら、それが過ぎ去るのをただ待つ事しか出来ない。
そこで、ザッと土を蹴る音がしたので、何とか視線をそこに向けると、俺への興味を全く失った表情で、俺を叩きのめした女剣士が踵を返した所だった。
彼女は剣の天才だ。高い魔力も相まって、学園でも指折りの実力者だ。敵わない事は分かりきっていたが、多少なりとも喰らいつくことぐらいは出来るだろうと高を括っていた。
しかし、振り下ろした俺の剣の切っ先は、彼女に対してなんの脅威にもなる事もなく彼女の振るう木剣にあっさりと叩き落とされ、返すその手で、彼女は俺の脇腹に自分の切っ先を叩き込んだって訳だ。
まぁ、要するに全く歯が立たなかったって事だ。惨敗だ。見物人からの嘲笑もはっきりと聞こえてくるが、反論のしようもない。これでは、彼女が俺に何の興味も抱かないのも無理はない。
彼女の体捌きは流麗で、まるで舞を踊っているかの様だった。
振り下ろした俺の剣を叩き落とすまでの流れは、全て計算され尽くされているかのように精密で無駄がなく、思わず見惚れてしまう程だった。
脇腹に振るわれた剣閃は、一片の躊躇いもない無慈悲で冷徹な一撃だったが、受けたこの身が昇天してしまいそうなほど鋭く、切れ味抜群だった。
自分との才能の違いをまざまざと見せ付けられる形となったが、不思議と悔しさも妬ましさもが込み上げてこない。
そんな下らない物を通り越し、別な感情が湧き上がって来るのだ。
(めっちゃ綺麗だ……)
容姿がじゃない……いや、見た目もはっきり美少女なのだが、そんな次元の話ではない。佇まいや所作が綺麗で、太刀筋も綺麗で、強さにしか興味の無い様な生き方も綺麗で……ともかく俺の目にはその存在全てが美しく映るのだ。
なんとかお近付きになりたいが、既に俺の事は眼中にないだろう。彼女にとって今日のような立会いは日常茶飯事で、あんな内容の立会いでは覚える価値なしと思われても反論は出来ない。同級生と認識されているかどうかも怪しい。
(そうだな……まずはあの剣の鬼才の視界に入ることはから始めよう)
そう心の中で固く決意したところで、俺の意識は肉体から乖離したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「つーわけで、せめて彼女の視界に入る所から始めようかと思うんだけど、君はどうすればいいと思う?」
俺は、ベッドで仰向けに寝転んでる三白眼で目付きの悪い銀髪の男に声を掛けた。
「……何故それを赤の他人の俺に聞く。気安く話し掛けて来るるんじゃねぇよ、クソ無能野郎が」
すると、女子生徒の間で頗る評判の悪いその男は、気怠そうに片目をあけると、面倒臭そうにそう答えた。
あの果し合いで叩きのめされ気を失った俺は、運び込まれた医務室で程なく目覚めたのだが、大した怪我もなかったことから医務室を追い出され、寮の部屋へと戻って来ていたのだ。んで、どうすれば彼女に意識してもらえるか、同室のオトモダチに相談したって訳だ。
「何故と聞かれれば、それは君がルームメイトだからだね。ルームメイト誼で一緒に考えてくれよ」
「だから気安く話し掛けるんじゃねぇ! 大体、剣も魔法も三流以下の底辺野郎が、学年序列一位の雷姫様に敵うとでも思ってたのか!」
『雷姫』というのは、雷光にも似た動きと剣閃から付けられた彼女の二つ名で、その二つ名を冠した彼女は、学園の『三姫』と呼ばれる女子生徒の内の一人なのだ。
「はははー思うわけ無いじゃーん。俺は彼女を打ち負かしたいんじゃなくて、お近付きになりたいからどうすれば良いと思うって聞いてるんだよー。君も、もう少し常識って物を身に着けたほうが良いと思うよ?」
「っんだとコラァ! 喧嘩売ってんのか?! そもそもあの女の視界に入りてぇてんならまずは強ぇって事が第一だろうが! クソ弱ぇ無能なテメェじゃ無理だっつってんだよ!」
俺の言葉にムックリと身を起こし、そう可愛い反応を返すルームメイト。いや、家で虐げられてたせいか、こういう反応を返されると弟が出来たみたいでちょっと嬉しい。
「なるほど……一理あるね」
「一理どころかそれが全てだろうがボケ!」
「それじゃ、彼女の視界に入る為には強くなる事が第一という前提で話を進めよう。俺はどうすれば彼女に認められるくらい強くなれるかな?」
「んなもん俺が知るか!」
そう答えたルームメイトは、再びベッドに仰向けになりこちらも見ずに口を開く。
「ハッ、学園内最下層の魔力量と才能の欠片も感じられない剣の技量……魔法でも剣術でも圧倒的に劣るテメェはどう足掻いても無理な話だ」
「……」
うーん……そうなんだよね。俺の剣の才能じゃ、どう足掻いても彼女の剣技に追い付けない。例えどんな卑怯な手練手管を使っても、彼女を打ち負かすビジョンが見えない。
魔法に至っては、俺では基本中の基本である身体強化でさえ、学年で最も劣っているのだ。これでどうやって彼女と相対せば良いのか……。
最下層の魔力量……圧倒的に劣る剣の技量……
「ん? 剣の技量?」
その言葉に引っ掛かりを覚え、俺は小首を傾げて思わず声に出す。
「はぁ? まさかテメェ、剣の技量じゃ負けてねぇとか言い出すんじゃねぇだろうな?」
「いや、よく考えたら、あの剣の鬼才に対して、同じ土俵で勝負しようってのがそもそも間違いなんじゃないかって思ってさ」
「馬鹿かテメェは。同じ土俵どころか、剣を交えることそのものが烏滸がましい状況だろうが。碌に努力もして来なかったような奴が、学年序列一位の雷姫様の前に立とうとするんじゃねぇよ」
「努力ねぇ……」
俺はルームメイトの言葉に小首を傾げる。正直な所、俺はその言葉が大嫌いだ。そんな言葉は口に出したくも頭に思い浮かべる事もしたくない。
それよりも、もっと現実的な方法を考えよう。
俺の剣の技量は頭打ちだ。はっきり言って俺には刃筋を立てるっていう才能が無い。相手に叩き付けるだけなら剣じゃなくても良い。棍棒で戦った方がまだ良い勝負をするだろう。
目は良い方だから、相手の動きや剣筋を見る事は出来ても、それに合わせる身体的な能力に欠けている。要するに、目から得た情報を元に如何すればよいかは思い付いても、それを実行できる程の身体的な能力が……そして何よりセンスが無いのだ。これは致命的だ。
魔力量も魔法技術も無いから、魔法の基礎中の基礎である身体強化や魔法障壁、魔法の矢も最低レベルのものしか使えない。
さてどうするか。センス皆無な俺に、剣術なんて洒落たものは使えない。魔法で補助しようにも、俺の魔力量じゃ実戦レベルでは心許ない。
剣と魔法……剣と魔法……剣と魔法……あ、そうか。
「……剣も魔法も及ばない。だったら、その相手の土俵の外から挑めば少しはマシに戦えるんじゃなかろうか?」
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「んで、出した結論が『槍使い』か? 今まで積み上げた剣の修練をあっさり捨てて、他の武器に走るたぁ見下げたやつだ。プライドってもんがねぇのかテメェには」
俺は、刃を潰した練習用の短槍を脇に抱えて立っている、貴族のボンボンであるルームメイトに、嫌悪を覚えてそう問い掛けた。
コイツは普段から何があってもヘラヘラと受け流し、努力して何かを手にするという事を知らないクズ野郎だ。今回も身の程知らずに学年序列一位の雷姫に挑んで手も足も出ず叩きのめされたにも関わらず、再戦を挑もうとしている。
しかも、圧倒的に足りなかったにしても今まで積み上げて来ていた筈の剣技をあっさり捨て、今まで手を付けた事もなった槍を使って挑もうとしているのだ。才能が無いなら無いなりに、ひとつを突き詰める努力もせずに他に逃げるこいつは真性の根性なしだ。
「彼女に対して、俺程度の剣技で挑もうって事がそもそもの間違いだからなぁ。彼女と相対するなら、自分の能力を骨の髄まで搾り出して挑まなきゃ、彼女に対して失礼だって結論付けた訳だよ」
「それと、剣を捨てて槍に走る事にどう関わるってんだ? 今までサボってた分、死に物狂いで剣技を磨いて能力を上げる事で搾り出せば良い事だろうが」
「自分で言うのもなんだけど、俺が剣技を死に物狂いで磨いても、たかが知れてると思うんだよね。それに俺は剣術家になりたい訳じゃなくて、彼女と渡り合いたいだけだから。剣で彼女に追い付こうと思ったら、多分10年20年掛かっちまうよ。そんなの全然現実的じゃない」
「はっ、それじゃあ槍で挑めば現実的なのか?」
貴族のボンボンらしく都合の良いことを考えてるてあろうこのルームメイトに、俺はそう皮肉を飛ばす。
「剣で挑むよりは現実的だよ。彼女の間合いの外から攻撃出来るんだから」
放った皮肉を事も無げに受け流され、俺はイライラと更に言葉を重ねる。
「攻撃しても躱されるのがオチだろうが! 雷姫の動きにテメェ如きの槍捌きで着いていけると思ってんのか?!」
「そいつは順番が逆な話だよ」
「はぁん?」
「彼女の動きに俺の剣技じゃ対応出来ないから、他の方法を模索して槍技に活路を見出したんだよ」
「……」
普段の様子からすると考えられない様な真面目な表情での一言に、俺は思わず口を噤む。
「まぁ、それだけが理由じゃないけどね。先のことを考えるなら、俺はどのみち剣から離れなきゃなんないと思ってたし」
「……どういう意味だ」
「意味というかなんと言うか……俺は、学園を卒業したら家を出るつもりなんだよね」
「はぁん? 貴族のボンボンが家を出て何ができるってんだ」
「んー……まぁ、冒険者にでもなればどうにかなるんじゃない?」
「テメェ、冒険者家業舐めてんのか!? しばくぞコラ!!」
冒険者は権力者とは無縁の実力主義の世界だ。なる為の垣根は低く、だからこそ金も権力もない者は大成する事を夢見て、こぞって冒険者を目指す。コイツみたいな無能が気軽に入れる世界じゃねぇんだよ!
「別に舐めちゃいないけど、俺としては他に手段が無いんでね。んで、冒険者になるなら装備に掛けるお金の事も考えなくちゃならないだろ?」
「はぁん? 意味わかんねぇ。それと槍がどう結びつくんだ?」
「刀身が全て金属の剣と、先端部分だけが金属の槍じゃ、購入費も維持費も段違いに違うだろ? 剣は鋳造でも鍛造でもそれなりの値段になるし、切れ味が悪くなったら研ぎに出したりなんだりとメンテナンスにお金が結構掛かるんだよ。それに比べて槍は、刀身部分に必要なのは丈夫さで切れ味じゃない。それも戦い方次第ではそこまで傷まないし、慣れればメンテナンスも自分で出来る」
「そんなもん、刀身に魔力を纏えば、幾らでもどうにか出来るじゃねぇか。あ、テメェはその魔力も弱ぇんだったよな。スマンスマン」
怒らせてやろうと放った俺のその皮肉に、コイツはウンウンと納得の頷きを返してくる。
「うんうん、そうなんだよね。俺の魔力じゃ、そこまで強化も刀身保護も出来ないし、結局は物自体の強度に依存する部分が大きいんだよね。んで、魔力にあんまり頼れないなら、修理もメンテナンスもしやすくて、部品の取り換えが利く槍に行き着くんだよ」
「……チッ」
クソ……皮肉が通じやがらねぇ。
俺が口を噤むと、コイツは俺への興味を無くしたかのように前を見据え、片足を引いて半身になり、脇に抱えていた自分の背丈よりやや短い短槍を構えて大きく深呼吸する。
「ヒュッ」
小さく息を吐き、鋭く槍を突いた。そして瞬時に元に戻る。
一連の流れを見れば、嫌でも分かる。剣技では才能の欠片も見られなかったコイツだが、槍捌きに関しては多少見るべき所がある。剣を扱ってる時より明らかに動きがスムーズだ。
「さて……それじゃ、彼女の視界に入る為に、頑張るとしましょうかね。目標は学年末の進級試験。あの闘技大会で彼女に挑むとしましょうかね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は右脚を後ろに引いて半身になり、槍を中段に構えて虚空の目標に意識を絞る。
右足の底で大地を踏みしめ、それによって生まれる反発力を螺旋を意識して上へと伝えて行く。
その反発力は足底を通して足首へと登り、下腿部を通って膝へ。更に登って大腿部を通り、力を増しながら股関節へと伝わって行く。その力が左脚へと逃げてしまわないよう受け流すと、胴を通して更に登り、最後は槍を握っている右腕へと至った。
「ハッ!」
気合一閃、捻りを加えながら槍を突き出すと、槍の切っ先は空を切り裂きながら、仮想敵へと突き刺さ……らずに避けられた。
「……駄目だな。普通に鍛錬してても雷姫さんには届きそうもないや」
俺は自他共に認める無能だ。多くを求めても無駄である事は分かり切っているので、ひとつに絞って鍛錬を続けている。
槍の基本的の技は、大きく分けてふたつになる。それは『突き』と『払い』だ。
その内、俺が身に付けようとしているのは当然『突き』だ。単純に威力が高く、動作の習得も容易な為、これに絞って鍛錬を続けていた。
そしてそう思って鍛錬を始めて、既に三ヶ月が経とうとしているのだ。
だけど、どう頑張っても、彼女に突きを入れる事が想像出来ない。想像上で毎回避けられるか防がれる。
「たりメェだろうが。テメェなんぞがそうやすやす倒せる相手じゃねぇんだよ」
「それは分かってるんだけどね。問題はどこをどうすれば倒せるビジョンが描けるかなんだよね」
単純に突きを放てば彼女に届くとは思っていない。問題は俺の戦闘センスのなさだ。戦闘中の駆引きに関して全くと言ってよいほどセンスが無い。相手の行動を先読みする能力も無いし、フェイントには掛りまくる。
「だから、彼女に対して少しでも有利な点を集中的に突いて行きたいんだけど……それがままならないなぁ」
「はぁ? 有利な点だと? テメェと雷姫との間にんなもん有るわけねぇだろうが。馬鹿かテメェは」
「あるじゃん。『俺が彼女より確実に弱い』って事だよ」
「……はぁ? 言ってる意味がわからねぇよ」
「『俺が彼女より弱い』……いや、この場合『彼女は俺よりも確実に強い』って言ったほうが正確かな?」
「どう違うってんだよ」
「俺より強い彼女は俺に対して正攻法で戦うって事さ。彼女は有名でその剣技も魔法もよく知られたものだ。怖いのは俺が知らない戦術を使われる事だけど、その心配をしないですむ。一般的に卑怯と思われる事はしないだろうし、何より彼女の名声がそれを許さない。奇を衒うような戦術を使う事は無いと断言出来るね」
「……」
彼女は神速の剣士だ。圧倒的なスピードで、多彩な剣技を振るってくる。魔法もその彼女自身の特性に合った雷系の魔法を得意としているから手に負えない。
「今の俺には彼女のどの攻撃に自分の突きを合わせれば良いか皆目検討つかないんだよね。どれに合わせても対応される。となると……」
「そもそもテメェにゃ、本気の雷姫の攻撃が見えるはずねぇだろうが。それじゃ、どんな戦術取っても意味がねぇ」
「いや、見るだけだったら出来るよ?」
「嘘吐け! テメェ如きが、俺ですら見えねぇあの攻撃を視るだなんてできる筈が……」
「少なくともこの間の攻撃は見えてたよ。じゃなきゃ、あの攻撃を受けて打撲だけで済むわけ無いじゃん。俺、回復魔法も使われず、医務室追い出されたんだよ?」
あん時は文字通り追い出されたんだよね。酷くない?
「……んな馬鹿な……いや、でも確かに、追い出されてた……無能は存外頑丈だったってネタにされて……」
ブツブツと呟いているルームメイトをよそに、俺は思考を深めて行く。
「問題は、見えてもそれに対応出来るスキルがない事……ならいっその事、合わせるのを止めるか? でも、先制して当てようとしても、あっさりに躱される未来が視えるよな……そっか、相手が間合いに……なら必要なのは…………これなら彼女の魔法にも対応出来るかも……」
俺は、ふと思い付いた方策を試すため、再度修練を始めたのだった。
ーーー更に三ヶ月後ーーー
「ハァハァハァ………だいぶ形になって来たかな?」
「……チッ……」
「これなら彼女の魔法にも対応出来そうだし、今週末にある進級試験に間に合ってホント良かったよー」
「(コイツ……コイツが『無能』だと?! なら俺はいったい……クソ!)」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ーーーザワザワザワザワーーー
「今年は一体どうなってるんだ? 決勝が一年同士だなんて……」
「だよな。学年序列一位の『雷姫』はともかく、対戦相手があの全生徒に蔑まれてた『無能』だなんて……」
「『雷姫』はある意味想定内だけど、『無能』は全くのノーマークだったよな」
「なんか対戦相手に一服盛ったんじゃないかって噂されてたけど……」
「証拠不十分で一応お咎め無しって事になったけど、未だに疑われてるよな」
「そうじゃなきゃ、アイツが此処までかち続けるだなんてあり得る筈がないだろ」
「他にも、平民の嫌われ者がベスト8に入ってたり、他の学年の序列一位があっさり負けたり……」
ーーーザワザワザワザワーーー
「キミ……色々言われているけど良いのかい?」
観客席から聞こえてくる雑音に、学年序列一位『雷姫』様が面白がるように笑みを浮かべてそう尋ねてきた。それに対して俺は肩を竦めて返す。
「今に始まった事じゃないし、別に周りにどう思われていようとあんまり気になんないかな? 反論出来る程の材料も無いし」
「ボクとしては、その『無能』の二つ名はキミの擬態だと思っているのだが……」
「んなわけ無いよ。俺が『無能』と呼ばれるのはそれだけの実績しか無かったからだし、戦闘技能も魔法もそう呼ばれても仕方がないって思ってるよ」
「だが、キミはあの時、ボクの攻撃をしっかり視ていただろう? そんな人間が『無能』な筈は無い」
「……貴女があの時の事を憶えていたのは驚きだな」
「それは憶えているさ。ボクは戦った相手のことは忘れない。特にキミは、能力があまりにアンバランスで特徴的だったからよく憶えているよ」
「『雷姫』に憶えていてもらえただなんて光栄だね」
「あの時は、その目に身体と技術が追い付いていなかったようだが、これ迄の闘いを見るに、ようやくそれぞれが追い付いたようだね」
そう言うと、彼女は右脚を後ろに引いて半身になり、剣を切っ先をこちらに向けて顔の横まで持ち上げる、所謂雄牛の構えを取った。
「確かにあの時に比べると幾らかマシにはなったけど……ま、それでも俺は強さで言ったらこの学園で最弱なのは変わらないけどね」
それに対して俺は、手に持つ短槍を普段通りに中段に構えて迎え撃つ。と言うかこの構えでしか修練をしてないから他の構えは出来ないけど。
何か言いたげな表情を浮かべる雷姫だったが、それ引っ込め表情を消した。もう言葉はいらないと言う事だろう。俺ももう混ぜっ返すようなことは言わない。この瞬間を待っていたんだし。
「ヒュッ……」
短く息を吐き、身体強化魔法を使って、いきなりトップスピードで俺に向かって来る雷姫。
しかし、俺の間合いに入る寸前、短槍がその行く手を阻み、彼女は剣でそれを弾きながら一歩引く。
瞬時に再度踏み込もうとした彼女だが、既に俺の短槍は引き戻され、迎え撃つ為の構えに入っているのでピタリと止まる。
続けて彼女はジグザグに動きながらこちらの間合いに踏み込もうとするが、再び俺の短槍の切っ先がそれを阻んだ。
「あれだ……なんであの無能は、あの程度のスピードで対応出来るんだ?!」
「これ迄の戦いでもそうだった。どんなに速い相手でも、短槍の間合いに入る前に迎撃される。いや、まるであの槍の切っ先に吸い込まれるように皆んな向かって行く。幻術の類いか?!」
「その場から動く事なく、突き出した槍に向かって勝手に相手が寄ってくるんだ。やはり何らかの幻術や妖術が使われてるに違いない」
「だが、あの『無能』にそれ程の魔力も魔法技術もない事は、これ迄のアイツの成績を見れば一目瞭然だろ?」
「それじゃ何故……」
「なるほど……無拍子か。それに微細な魔力で最小限の身体強化、更に感覚強化で視力や運動能力強化を施しているな。ボクがキミの間合いに入る所を狙って迎撃。自分の能力の長所と短所を踏まえた上での最適解の戦術だな」
「……あの一瞬でそこまで分かるって異常だと思う」
「ボクはこれでも女の子でね。異常者呼ばわりは避けて頂きたいね。嫁の貰い手が無くなる」
「なら、勝ったら俺が、貴女を嫁に貰おう」
「勝てるのなら……な!!」
虚実混じりに彼女は動き出す。それも目にも止まらぬハイスピードで。ここまで来ると目で追っても捉え切れない。彼女の姿を捉えるのではなく、自分の間合いで起こる違和感を『視る』しかない。
「チッ……」
小さく息を吐き、その違和感の先に短槍を突き入れるが彼女を捉え切れない。結果、俺の左腕にはいつの間にか切り傷が生まれていた。痛みを感じる余裕も無いが。ただ、流石に彼女も間合いを詰めきれなかったようで傷は浅い。
「ヒュッ」
「クッ……」
休む余裕もなく、立て続けに攻撃を受け、俺の身体のあちこちに裂傷が生まれ、血液がにじみ出している。
(マズいな……このままだとジリ貧だ……)
何とか、彼女に一撃を入れたいが、今のままだとその前に致命傷を負う事になりそうだ。
なら……
(この先へ……鍛錬中に到ったあの感覚を!)
俺は賭けに出ることにした。目を瞑り、魔力を脳へと流し込む。脳から生まれる微かな電流を自分の魔力で包み込み、手足内臓筋肉に至る全ての身体の動きを、音を光を熱を感じる全ての感覚を、自分の全てを制御する。
『刻の過負荷』
次の瞬間、俺の周りを流れる空気が……時間がゆっくり流れ出す。
彼女の動きが、まるで水の中にいるように急激に速度を落とす。俺はそれに合わせて短槍を突き入れようとするが、彼女の動き同様、ゆっくりとしか動けない。
それでも俺の短槍の切っ先は、彼女の左胸へと伸びていく。このまま行けば致命傷は確実で、訓練場の安全装置が働いて、俺の勝ち……
(なっ?!)
彼女は仰け反りながら無理矢理上半身を捻り、槍の切っ先をやり過ごそうと試みている。なんつー反射神経。更に彼女の魔法障壁が切っ先を微かに逸らすが、逸し切れずに彼女の顔の左頬から左眼を切り裂いた。
そして……
「ガッ……」
彼女はその体勢から右手に握った剣を切り上げ、俺はそれを避けきれない。左脇腹から肩口に向かって裂傷が増える。
お互い、体勢を崩しながら地面に転がり、起き上がった時には既に互いの間合いの外だった。
「ふふ……くくくくく……」
「はは……ひはははひはは……」
自然と互いに笑いが漏れる。
俺の身体はもう限界だ。出血量が、もう洒落にならないレベルになってきてる。刻の過負荷は脳への負担が大きくて、油断すると意識が一気に闇に転じそうになる。
それに対して彼女はまだ体力的にも魔力的にも余裕が有りそうだ。その美しい顔の左側に縦に走る裂傷が走っているが、興奮状態で痛みは感じていないだろう。
その傷も彼女の美しさを微塵も損ねていない。不思議だ。
だが、左眼の視界は完全に失われているから、これから先はかなり神経を使う事になるだろう。だから長引けば不利……そう思ってくれれば助かるんだが……。
いや、どっちにしろ、彼女は無駄に時間を掛ける事を嫌う。時間を掛けて俺の体力が尽きるような戦術は取らないか。
そう如何したもんかと考えていると、彼女の口元が小さく動き出した。
『走れ黄金の御柱よ、響け天の咆哮よ』
呪文の詠唱と共に、稲光が彼女の周囲を取り巻き始める。
『迅雷』
すると、稲光は彼女を中心に寄り集まり、纏わり付く。彼女の二つ名にもなった雷魔法だ。
「勝負」
ニヤリと笑みを浮かべてそう告げて来ると、彼女の姿が瞬時に掻き消える。唯でさえ素早い彼女の動きが、更にワンランク上がったのだ。
それを、刻の過負荷を駆使して何とか対応していたが、それに対応しきれなくなってきた所で、遂に彼女はそれを放つ。
『天雷』
「ガハッ……」
空から降り注ぐ激しい稲妻がこの身を襲う。流石にこれは避けられない。
「これで終わりだ……」
寂しそうにそう言う彼女だったが、直ぐに表情を消して駆け出した。自分の最大魔法を喰らって立ち尽くす姿に勝負の行方を確信したのだろう。彼女は今までになく無防備に向かって来ていた。
寂寥感漂う立ち姿も綺麗だね。確かにこれで勝負ありだ。
でもね……曲がりなりにも『雷』を……いや、『電流』を操る術を身に着けた俺に、雷魔法は致命傷になり得ない!
「俺の勝ちだ」
「ガハッ……」
俺はその無防備な彼女の胸元に短槍を突き出した。張り巡らされた彼女の魔法障壁が一瞬行く手を阻むが直ぐに砕け散り、訓練場の安全装置が彼女の命を守って、この勝負の勝敗を決めたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて旦那様……」
「俺は結婚した覚えはない」
「何を言ってる。あの時『勝ったら嫁に貰う』と言っていたじゃないか」
「っ! そ、それは確かに言ったけど……」
「それにボク、キミにキズモノにされてしまったし……」
「頬を染めながら誤解を生むような事、言わないでもらえるかな?! 戦闘で負った傷でしょ?! 魔法で治してもらえば良かったでしょうが!!」
「どう言うわけか、魔法でこの傷は消えなくてね。おそらく、キミのボクに対する独占欲が、この傷を残したのだよ」
「違うよね?! それなら同時に切り裂いた左目がしっかり治ってるのはどう説明するの!? 自分の意思で残したんでしょうが!!」
「だって、キミ、この傷も『綺麗だね』って言ってくれたじゃないか」
「いや、確かに言ったけど……」
「この傷のせいで、ボクは政略結婚の駒としては役に立たないからって、実家から勘当されてしまったし……」
「……傷を上手く使いやがって……」
「キミはこの傷ごとボクの事を愛してくれるのだろ? あの時、言質は取ったし」
「クッ……」
あの闘技大会決勝の直後、俺は彼女に手を差し伸べながら、喜々として口説き落とした。確かに傷があっても彼女は綺麗だったし、その事を口にしたのも確かだ。
でも、この娘がこんな娘だったとは……うちの実家を味方につけて、外堀を完全に塞いだ上で自分の実家とは縁を切り、俺の意志とは関係無しに結婚を確約してくるような娘だったなんて!
「旦那様は何が不満なのだ? ご実家の母君も姉妹君達も皆祝福してくれていたじゃないか」
「それが問題なの! 俺は実家から出て、自由に生きて行こうと思っていたのに……」
「それは許可を貰ったではないか。ボクを伴っていれば冒険者になろうとも、傭兵団に入ろうとも、騎士を目指すのも自由だと確約されていただろう?」
「そうだね! 要するに、君という鎖を付ける事で、実家逃亡を防いだって事なんだけどね!」
「家族想いの良い母君と姉妹君達ではないか」
「『想い』じゃなくて『重い』なんだよ! あーちくしょい!」
俺だって、実家を本気で嫌ってる訳じゃない。だけど、うちの家族の愛は『重い』んだよ! 窒息しちまうよ!
「……旦那様は、そんなにボクと一緒にいるのは嫌なのかい?」
「うぐっ……」
涙目で、しかも上目使いでそう言われると心が痛む。
「い、嫌じゃない……って今コッソリ『良し』って顔してたよね?!」
「気のせいだよ。さあ、授業が始まるぞ? 一緒に行こう」
ガシっと俺の左腕を抱え込む雷姫。幸せそうなその顔を見ると、もうそれ以上何も言えない。
俺は、こっそりため息を吐くと、彼女に引っ張られるがままに、付いて行くのだった。
ま、本音では全く嫌ではないって事は、この場で言っておくとしよう。
「剣閃」は一応シリーズ物にするつもりで、今回はコメディ風にしてあります。
次はシリアス&ザマァ系にしてみるつもりです。