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熾火・三部作  作者: しょうじ
第一部:熾火
7/9

連続創作「熾火」(07)

 自身がメンタルを患った経験を活かして、職場環境を向上させたいと昌行は考えていた。サポートなどのコールセンター業務は、心理的・感情的な負荷が大きい。単に顧客に対する愚痴を言い合うだけではなく、もっと上手に仕事とつき合えないかと昌行は考えたのだ。彼が学んでいた産業カウンセラーとは、職場にあって産業医への「つなぎ役」を果たすものと考えていい。事前に黄信号を見つけて、早めに適切な対処をしようというのが、その職責の一つである。

 2000年前後には、臨床心理士の制度化が本格化するなど、心理職についての大きな動きがあった。産業カウンセラーと言っても、立場上では補助的なものと考えてよく、勤務者に精神科やメンタル・クリニックの受診を助言する程度のことがせいぜいであった。その意味では、昌行はこの資格には過大とも言える期待を抱いていたと言ってもよかった。昌行は、よくも悪くも真面目な理想家だったのだ。この制度を職場で活用できれば、自分がうつ病になった経験も活かせるものと考えていた。

 一方、雅実は卒業した翌年に、故郷の長崎で教職に就いていた。1990年のことである。しかし、雅実もまた重責の下で体調を崩してしまう。知己を得て、神奈川のフリースクールに移ったのは、昌行がサプライシステムズに就いた1996年のことだった。昌行には、念願通りに教職に就いている雅実がうれしかった。

 「谷中さん、勉強はどうですか?」

 「この前、ロールプレイングでクライアント役の人の悩みを解決しちゃったよ」

 そう言って、昌行は笑ってみせた。実際、昌行は実習で高い適応力を見せていた。それは、コールセンターの業務で受けていた訓練が生きていたのかもしれない。昌行は、知らないうちに他人に話を聞く力が身についていたのだ。

 「このままプロになっちゃうのもいいかもしれませんね」

 「いやいや、カウンセラーの開業だなんて、とてもとても。それに復職しても、この実習を活かせるとは限らないしね」

 「いいカウンセラーさんになれそうな気がするんですけどね。もったいないなあ」

 「ありがと」

 昌行の心を、温かいものが満たしていた。


 2002年冬。その産業カウンセラーの資格試験が実施された。雅実は午前中、昌行は午後の実技試験を受験した。

 「お待たせしました」

 「ちょっと待ったかな。どうでしたか?」

 「上ずった答えしかできなかった。『自分の経験を活かして、メンタルヘルスの向上に役に立ちたいです』なんて言っちゃったしね。筆記はよくできたんだけどなあ。千々和さんはどうなの?」

 「わかりませんよ・・・」

 「あのね」

 「何でしょう?」

 「今、職場に復職を打診しているんだ」

 雅実は、うれしそうにして見せたが、口には出さない不安も抱えていた。

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