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熾火・三部作  作者: しょうじ
第一部:熾火
6/9

連続創作「熾火」(06)

 2002年4月から、昌行は再度の休職期間にあった。この年、昌行は社内のメンタルヘルスの支援体制が脆弱なことに思い至り、自費で初級産業カウンセラーの講習を受講することを決めていた。半年の間、毎月一回、東京の飯田橋の講習会場で、午前中の座学と午後の演習に取り組むことにしたのだ。

 座学は大教室で、演習は小グループに別れ、それぞれの小教室で10名程度の受講者と、2人の指導者とで行われる。午前中の大教室では、隣り合った同士で語り合う姿もあった。同じ勤務先から受講に来ているだろうことが推察された。

 6月、3回目の座学が終わり、昼食に向かおうとする昌行を呼び止める声があった。

 「あの、谷中さんですよね・・・。」

 昌行を呼び止めたのは、学部の3年後輩の千々和雅実だった。

 「10年以上経ってるから、わかりますか? 千々和です。」

 昌行には、すぐにはそうとはわからなかったのだが、桐華大学の英文学科に学んでいた雅実だったのだ。

 「中学の教員、辞めたんです。今はフリースクールに勤めてて。フリースクールってご存知ですか。でも、どうして谷中さん、こんなところに来てるんですか?」

 手短な挨拶を交わしたあと、雅実は午後の演習後に落ち合うことを昌行と約し、同僚らしき女性たちと昼食に向かっていった。事情を把握しきれないまま、昌行も一人昼食に出かけていった。


 この講習では、カール・ロジャーズの来談者中心療法を主として学ぶことになっていた。コールセンターという心理的に負荷の高い職場では、メンタルヘルスケアが不可欠だと昌行は感じていた。それを上長たちに具申することもなく、彼は受講を決めたのである。

 昌行は心理の臨床についての関心が元々あった。木村敏や河合隼雄らの著作を数冊読んでいたものの、今回のロジャーズの名前は、初めて見聞するものだった。

 コールセンターの業務に高い適応力を見せていた昌行は、この演習でもその能力を発揮した。本当は経験者ではないんですかと、受講生も指導者たちも、昌行を称えるようになっていた。そこに加えて、この日は、思いがけない再会があった。演習を終えた昌行は、雅実と落ち合うため、約しあったコーヒーショップへ向かった。


 「うつ病なんですね・・・。お辛かったでしょう。」

 「さっそく勉強したことを応用してるんですね。」

 カウンセリング講習で学んだ「共感」を見事に示した雅実を見て、昌行から笑顔がこぼれた。

 「あら、ホントですね。でも谷中さん、自腹だったんですね。えらいなぁ。」

 昌行から発症までのおおよそを聞いた雅実はこう続けた。

 「それで、私は谷中さんに何ができるんですか。何をすればいいの?」

 虚を突かれた昌行は、言葉を失ったが、時々こうして会ってくれるとうれしいと継いだ。

 「それなら、お安い御用ね!」。

 昌行は声を上げて泣きたくなった。

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