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熾火・三部作  作者: しょうじ
第一部:熾火
5/9

連続創作「熾火」(05)

 2001年となり、世紀をまたいだことになるが、昌行の置かれている状況は変わることはなく、疲労は募っていった。6月のある朝、目を覚ましたものの、昌行はそのことを強く後悔した。なぜ、目が覚めてしまったんだろう、あのまま目が覚めなければよかったのに・・・。そう感じたのだろうか。いや、そうではない。そのように感じることすらできていなかった。全くの虚無感。戸惑うことすらできず、昌行は携帯電話の電源を切り、固定電話のモジュラーケーブルを引き抜いた。何もしたくないとさえ、意志できなかったのだ。その日から昌行は、一週間無断欠勤を続けた。

 それから何日が経ったのか、昌行は覚えていないが、母の峰子から、上司の谷津が訪ねてきたことを告げられた。社としては、昌行を休職扱いとするので、一刻も早く産業医の診察を受けてほしいということだった。しかし、昌行が電車で一時間をかけて、その産業医を訪ねることができたのは、実に一か月を経てからのことだった。訪ねた先では、即座にメンタルクリニックの受診を指示された。その足で向かったクリニックでは、「うつ状態」と診断され、抗うつ剤が処方されることになった。

 2000年からの数年間、「こころ」を病む勤労者が激増していた。その当時は、「うつは心の風邪」という、いわばキャンペーンが張られていたようなものだった。「風邪」であるというのは、いくつかの含意があるように昌行には思われた。まず、風邪であるので誰もがかかりうる病気であるが、適切な治療が行われば回復が可能であること、しかしその一方で、死に至る病も含めた「万病の元」でもあるということを、昌行は感じ取っていた。「死に至る」とは、自死のことである。

 昌行は、精神科の臨床について、いささかの関心があった。それは、弟の昇が「精神病」あるいは、精神分裂病と当時呼ばれていた統合失調症の疑いがあることと関係があった。昌行は、自分の症状について学習し、脳内の伝達物質のバランスが乱れていることが、この病の原因であると、淀みなく谷津と安斉に説明してみせた。

 しかし昌行は、復職を焦っていた。できる限り早く復職するべきだと考えていたのである。2000年代の始め、サプライシステムズのような中小の企業では、未だメンタルヘルスについての知見は共有されておらず、復職についてのプログラムは未整備の状態であった。結果、昌行の復職は見切り発車と言ってもいいものでしかなかった。加えて、昌行は休職の制度がいかなるものであるかの知識も十分に持っていなかった。制度上では、もっと十分に継続した休職期間が取れたのだが、それを活かし切ることができなかったのである。

 結局のところ、昌行は2001年の5か月間のみ休職をして職場に戻った。サポートの現場からは退いて、社内での教育にあたる部署に配属されたのだが、年度替わりに再び体調を乱し、再度の休職を余儀なくされた。この時、社からは完治してから復職することを言い渡されていた。

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