連続創作「熾火」(02)
正直なところ、昌行は月にいくら返済をしているのか、そのためにいくらの売上げが必要であるのかを知らずに過ごしていた。より正確には、知ろうとはしていなかった。今日用立てた10万円が、どの程度の足しになっていたのか、もちろん見当もつかなかった。父には父の、自分には自分の人生があり、それぞれに歩んでいると思っていたのだが、ひとつ所に住まわっている以上、それは思い込みに過ぎないことを昌行は感じるようになった。
現金で10万円を用立てるには、さすがに銀行に立ち寄る必要があったため、昌行はその日、出社が遅れることを申し入れた。10万円を父に渡して出社した昌行は、上司の谷津に声をかけられた。
「谷中くん、よりによってこんな日に遅刻とは君らしくないな。まあいい。あとで社長から話があると思うので、そのつもりでいておいてな。私も同席するから。」
やれやれ。何があったって言うんだ。谷津部長からの一言を、怪訝な面持ちで昌行は聞いていた。社会人としてのスタートが遅かった昌行にとって、このサプライシステムズは2社めの勤務先だった。この社で昌行は、大手のパソコンメーカーのユーザーサポート業務の一切を谷津の下で取り仕切っていた。この部門は、サプライシステムズ社を実質的に支えていたと言っていい。
「失礼します、谷中です。今朝方は出社が遅れてしまいまして、大変申し訳ありませんでした。」
「急な話で申し訳ないんだが、谷中くん、君には新設部門の長として社外常駐してもらおうと考えているんだ。君の後任には、須永くんを充てようと思う。」
谷津は昌行に語りかけた。谷津が話し終えるのを待って、安斉社長が話を継いだ。
「谷中くん。サポート部門をここまで育ててくれたことを評価し、感謝もしている。もう5年目にもなることだし、次の部門を手掛けてはもらえないかな。」
「過ぎた評価をいただき、ありがとうございます。しかしながら、単刀直入に伺います。この異動、何か別の意図があるようにも思えるのですが。差し支えなければ、それを聞かせてはいただけませんか。」
安斉からの目配せを確認し、谷津が口を開こうとしたが、それを制して安斉が語った。
「実はね・・・、君が育ててくれたサポート部門は1年後に閉鎖せざるを得なくなったんだよ。」
昌行は言葉を失った。