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不吉を連れ歩く女傭兵

 夜の闇を縫うように、林の木々を避けて男はひた走る。

 男の見た目は三十前半、撫で付けた金髪は激しい運動でところどころ乱れ、身に纏った上物の背広も今は泥だらけだ。


 息を切らし、それでもなお必死に逃げる。

 男は『幸運のロッシュ』と渾名される詐欺師だ。


 これまで働いた詐欺は二十四件。

 その内バレたのは九件だ。

 だが、今まで詐欺がバレても幸運が味方をして逃げ切って来た。

 それゆえに渾名が『幸運』。


 だから今回だって逃げ切れる。

 そう確信しているからこそ、全力で逃げるのだ。

 幸運は怠惰な者には味方しない。

 ありとあらゆる努力をして、初めて幸運が手を貸してくれる。


 そんな信条を持って、今まで詐欺を働いて来た生粋のクズ、それがこの男なのだ。


 息を切らしてちらっと後ろを確認する。

 追手は、後ろには見えない。


 撒いたか、そう思った瞬間、パァンという乾いた音。

 足元の石が弾け飛び、驚いて足がもつれて派手に転倒した。


 痛みに一瞬だけ動転したがすぐに立ち直り、立ち上がろうと顔を上げたロッシュの目の前、夜風を纏ったソイツがふわりと舞い降りた。


 ギョッとして硬直したロッシュのこめかみに、ソイツは拳銃を押し当てる。


「は〜い、お疲れ様。鬼ごっこは終わりだよ。」


 場違いに軽い口調で目の前の女がそう言った。


「……クソ、女の賞金稼ぎか。」


「おにーさん、残念だったね。もう少しで河だったのに。」


 ロッシュが逃走にボートを使用するのは常套だった。

 読まれて途中から先回りされていたのだろう。


 だが、俺は幸運の男だ、こんなところで終わらない、なにか手があるはずだと、そう考える。


「それにしても、おにーさんは『幸運のロッシュ』って呼ばれてるんだね。でも今回は、私の『不吉』に呑まれちゃったかな?」


『不吉』という言葉にロッシュはゾクリとした。

『不吉』と女の賞金稼ぎ、この二つから連想される答えは一つだけ。


「ま、まさか、お前……"不吉を連れ歩く"…ネビュラ…か?」


 その言葉に女傭兵はニコリと笑った。


「そう、せいかーい。貴方の言うように、私は皆から"不吉を連れ歩く"ネビュラって呼ばれるよ。」


 その答えを聞いた瞬間、ロッシュには女の柔和な笑顔が、悪魔の形相に見えた。


 *


「んー、久しぶりの獲物だぁ。今日は豪勢に行くぞぉ。」


 ロッシュを公安に引き渡し、窓口で賞金を受け取ったネビュラは独言た。

 ここ二週間は金欠で節約生活を余儀なくされていた為、ホクホク顔だ。


 ネビュラは帝国南部地域では名の通った傭兵であり賞金稼ぎである。

 鮮やかな赤銅色のロングヘアに蒼眼、顔立ちの整った美人である。

 身なりを良くして黙っていれば、声をかけて来る者も一人や二人ではないくらいに。


 だが、そのふたつ名"不吉を連れ歩く"とは、『彼女と関わると碌な事にならない』と、彼女と関わった者達からの話が広まった結果である。


 実際のところ、トラブルが起きた事は事実としても、さほど酷い目に遭ったわけではない。

 噂は尾鰭が付くものだから、独り歩きした結果がこれなのだ。


 それともう一つ、彼女の右上腕に描かれた『十字星を囲む尾を咥えた蛇(ウロボロス)』の刺青も、彼女の不吉を強調している。

 ウロボロスは後から描き足したものであるが、十字星は生まれ付きの痣、聖痕である。


 聖痕は聖華の三女神からの祝福の証であり、三女神教において特別なものだ。

 けれども黒竜教を信奉する帝国においては邪教徒のシンボルであり、迫害の対象となる。

 その為、彼女を異物として見る者も多いのだ。


 どうであれ、不名誉なふたつ名をネビュラ本人は面白がって否定していない。

 自分の運があまり良くない事も自覚しており、他人の運まで食い潰す辺りは、まさに自分にはピッタリだと考えている。


 ただやはり"不吉を連れ歩く"などという風評は、戦闘や捕物などではプラスに働くものの、それ以外ではマイナスでしかない。


 彼女の事を知った商店や宿などからは煙たがられ、長居することが出来ない。

 街の者も彼女を出来るだけ避けようとする。

 心無い者達は彼女を邪魔者扱いし、影で罵り嘲っている。


 それでも彼女は気にしない、そのように振る舞っている。

 今更足掻いたところでどうなるものでもない。

 ならばこの状況を受け入れて、どうにか活かす方向に持って行く方が、自分の性に合っている。


 ネビュラとはそういう女だ。


「おっと、ゴメンよ!」


 通りを歩くネビュラに少年がぶつかる。


「こぉら、気をつけな。」


 ネビュラが注意すると少年は手を振りながら走り去る。

 さてと……。


 *


 先ほどの少年が寂れた路地裏を警戒しながら足早に歩いている。

 人気の無い袋小路で立ち止まると、ネビュラからスリ取った革袋を懐から取り出した。


 ズシリと重い袋の中身は振るとジャラジャラと音がする。

 少年はニンマリとして革袋の口紐を解いて中を改める。

 金貨と銀貨が無数に入っており、ざっと見ただけでも数万ガルダはあるだろう。


「悪いな、ねーちゃん。俺っち達も生活がかかってってからよ。」


「困ったなぁ、私も生活かかってるんだけどなぁ。」


「!!!」


 誰に言ったのでも無い独り言に返事が来て、少年はひどく驚いた。振り返って辺りを見回すが誰もいない。


 いや、建物から伸びる影に人影がある事に気がついて上を見上げた。


「あ、ああ。」


「ヤッホー。」


 にこやかに手を振るネビュラの姿を屋根の上に見とめた少年は駆け出そうしたが、その行手を遮るように、ネビュラが屋根から飛び降りた。


 少年が金の入った革袋をスった時から、ネビュラは少年の跡をつけていたのだ。

 途中からは風魔法(ウィンドフロー)で屋根に飛び乗っての追跡だったが。


 後ろは壁、目の前には革袋をスった女。

 少年は観念してその場に座り込んだ。


「っくしょう、金は返すよ。あとは殴るなり突き出すなり好きにしろ!」


 ネビュラは少年が投げてよこした革袋を軽くキャッチ、袋を振って重さを確かめた。

 まぁ少年が細工している暇など無かった事は確認していたが念のため。


 ネビュラは少年から視線を外さない。

 年の頃は十二くらいだろうか、身なりもみすぼらしく、やや痩せている。

 だがその視線は鋭く、気持ちだけは負けまいと気を張っているようだ。


「開きなっちゃって。お金だけ返してくれればそれで十分なんだけど。」


 その時、ネビュラは背後に複数の気配を感じた。

 腰の拳銃に手をかけつつ後ろを振り返り、そこに十代に満たない少年少女の姿を見とめた。


「にーちゃんから、はっ離れろぉ!」


 皆身なりは汚く、身寄りの無い孤児だとわかる。

 あの少年がリーダー格なのだろう、子供達は彼を助けようとそれぞれ手に棒切れを持ち、屁っ放り腰でネビュラを威嚇する。


「あらら、こんなにいたのか。」


 こんな子供、いくら集まってもネビュラにとっては怖くもなんとも無い。

 だが、子供に責められていると、自分が悪者のように感じてしまう。


「わかったわかった、離れるから、そこ通してちょうだい。」


 少しずつ近づいて来るネビュラから遠ざかるように子供達は道を開ける。


 ネビュラはゆっくりと彼らの間を抜ける。


 路地へ戻る前にリーダー格の少年にネビュラはなにかを投げてよこす。


「おっと……、おい、なんだよこれ?」


「あげるわ。その子達の勇気に免じて、ね。」


 それはネビュラが手に入れた賞金の入った革袋。

 中から金貨一枚抜いてある。


「ちっ、礼は言わねーぞ。」


 少年の憎まれ口に苦笑しつつ、ネビュラは手を振って路地裏を後にした。


 *


「あーあ、私ってツイてないなぁ。」


 食事をする為、荒くれの集う酒場に入り、先ほどの少年達はここら一帯でスリや盗みを常習的に行う勢力の大きいストリートチルドレンの集まりで、あの少年が彼らをまとめるボスだと言う話を聞いたのだ。


 そんなだったら、せっかく手に入れた賞金をあげなければ良かったと、子供に甘い自分を嗜めるネビュラであった。

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