6.賢者は色気の無いキスシーンを披露する
(リアルタイム読者様向け)以降は毎日1話ずつ昼過ぎに更新予定です。
「――仕方ない。一応、やってみようか」
ユーティは、彼の愛馬である天龍号は何らかの魔法が掛けられた存在であり、解除のために彼がキスをしてみて欲しいと、シャテルからお願いされたのだった。
彼はしばらく考えた末に、やむなく同意したのではあるが――
「そうか! 今なら他の人間は誰もおらん。動物性愛者に間違われる恐れはないぞ?」
「イヤな事言うなぁ……」
ともあれ、ユーティは天龍号の前に回り、頬を両手で掴んでその表情をのぞき見てみる。天龍号はユーティの方をじっとみて、特に抵抗する気配は見せない。
(色気の無いキスシーンだなぁ……はぁ)
ユーティは静かに口づけをした後に、手の甲で軽く口を拭ってシャテルの方を向き直った。
「これで、いいのかな?」
「うむ、上等じゃ!」
「ところで、キスに何らかの根拠はあったのかな?」
「いや?」
予想外の返事に、怪訝な顔をするユーティ。
「え……ないのか?」
「口で何らかの事を、までは分かったのじゃが、それ以上はの。ただ、こういうのは王子様のキスで魔法が解けると言うのがお約束じゃろ」
根拠無しと言う言葉を聞いて、がっくりと肩を落とす。
「それはこの辺のお伽噺だよ……東方の仙術だと関係ないんじゃないか?」
「かもしれんのう? ま、減るもんじゃなし。やってみる価値はあったじゃろ」
「ヒトとして大事な物を失った気がするんだが」
なんて話していた、その瞬間。
どくんっ!
と、いう巨大な気配の揺らめきをユーティとシャテルは感じた。その発信源は……天龍号だった。
「なに!?」
「お、どうやら当たりのようじゃの!」
口、目、耳……天龍号の穴と言う穴から、強烈な光が放たれ始めている。そしてその光は、その皮からも透けて漏れ出し、次第に天龍号そのものが強烈な光を放ち始めた。
「シャテル、後ろへ!」
光を直視しないよう、目の前に手をかざしながら、ユーティはシャテルをかばうように、彼女の目の前に立ちはだかる。
時間にして恐らく十数秒ほどか。強烈な光が収まっていくと、そこには一人の人影があるのが見えた。
「な……人間!?」
そこに立っていたのは、一人の東洋系の若い――二十代半ばくらいだろう――女性だった。僅かに蒼みがかったホワイトシルバーの美しい長髪を花飾りと共に頭の上でまとめ、後ろに流している。
その服装は、まるで東方の天女のような、裾の長い萌黄色の薄衣を身にまとい、更にその上から、輝くような白さの薄布を羽織っていた。
その顔は小ぶりの顔にそれぞれのパーツが品良く並んでおり、上品さを醸し出している。その眉は薄墨を塗ったかのように整っており、その唇は瑞々しい桃のような佇まいだ。
その目は当初閉じていたのだが、ゆっくりと開いていくにつれ、黒目がちな瞳が見えてきた。
突如現れた女性の可憐さにユーティが思わず息をのんだ次の瞬間、彼女はいきなり腕を大きく振り上げてユーティに向かって飛びついて来た。
「呼ばれて飛び出てパンパカパーン! やっと会えましたぁ!」
「うわっぷ!」
いきなりの行動にユーティは即座に反応できない。そして彼女はそのまま、ユーティを抱きしめてしまった。ユーティと同程度の身長を持つ彼女だが、更に力一杯飛び上がっていて、ユーティの顔面が彼女のたわわに実った双丘に挟まれてしまっている。
シャテルも一瞬反応が遅れたが、女性の行動を見て柳眉を逆立てた。
「おんし、何しとるんじゃあ!」
と、そこに、アマリエが凄い勢いで駆けつけてきた。
「ユーティ様、今のは何事ですか!?」
その声を背中に受けたユーティは、その女性を抱きしめたまま、ぎぎぎと言う擬音がつきそうな様子で、ぎこちなくアマリエの方を振り向く。
「アマリエくん。どうも宿泊一名追加のようだ」
そして次の瞬間、厩舎には乾いた打撃音が響き渡ったのだった。
◇ ◇ ◇
一行はフロントに立ち寄った後、まずは併設の酒場で夕食を取る事にした。本当なら人目に付かない客室で話を聞きたかったのだが、空腹に耐えかねていたと言う単純かつ切実な理由が存在していたからである。
酒場はそこで宿泊している商人や冒険者、街の住民などで賑わっていた。ただ、壁際の一つのテーブルを占めている、美女揃いかつ目立つ服装の一行は、否応なしに周囲の視線を集めてしまっていた。
ユーティは微妙に不機嫌そうな表情でテーブルに片肘を突いて座っていた。その頬は手の平の形に紅く染まっている。その横にはアマリエが、小さくなって座っていた。
「申し訳ありません、ユーティ様。破廉恥な光景に、つい、かっとなってしまいまして」
「私にも隙があったからね、仕方ないよ」
頭を下げるアマリエに、ユーティは苦笑せざるを得ない。
ともあれ、給仕娘を呼んで適当に料理を注文し、その到着を待つことにした。
「さて、と」
まずは対面に座った、天龍号だった?女性に目を向ける。
「まず、お名前をお伺いできるだろうか」
ユーティの言葉に、その女性は微笑みを浮かべ、かなりのんびりとした口調で話し始めた。
「はぁい、天龍公主と申しますぅ。ティエン、とお呼びくださぁい」
「では、ティエン。色々聞きたい事はあるのだが……」
そこまで話したところで、ユーティは周囲を見回した。こちらの様子を伺っているらしく、目が合って慌てて背ける人が目に付いてしまう。単純に目立つ彼女たちを目で追っているだけだとは思うが、それでも、込み入った話をできる状態とは考えられなかった。
「――落ち着いて話せる環境ではない、かな?」
「そうですねぇ。では、こうしましょう~」
その女性はそう言うと、おもむろに両手を複雑に動かし、最後に印を結んでからなにやら呟いた。
「"隔音屏障"♪」
その瞬間、その術の効果なのか、周辺が全くの無音になってしまったのだった。