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30.賢者は受付嬢を翻弄する

 この話はいったんここまでです。

 ひとまずお付き合いありがとうございました。

「もう一度伺います」


 帝国冒険者ギルド、リィオン地方支部の依頼担当先任受付であるジェニファーは、頭痛に耐えるようにこめかみを押さえていた。

 Cランクのタグを持った貴族のボンボン、いや御曹司が、女性を取り巻きにして冒険者のまねごとをしているのかと思ったら、Sランク任務の火竜討伐を完了したなどと主張しているのだ。


「はい、何度でもぉ」


 目の前に座っているのは、東方の薄衣(うすぎぬ)を纏った、どう考えても火竜討伐どころか、"絹の国(セリカ)"の後宮以外にそぐう処は無さそうな女性だった。


「あなたは火竜に噛み付かれて、持ち上げられてしまったんですね?」


 確かに、貴族が箔つけのため、買い取った戦果で討伐任務を完遂したと主張する事は(たま)に発生していた。しかし他の受付ならいざ知らず、ギルドの守護天使と呼ばれたジェニファーは如何に脅されようともそれを看過したことは無かったのだった。

 規則ではSクラス任務の聴取は個室で行うことになっているのだが、ジェニファーはこのような疑いのある貴族の聴取は、敢えて一般の受付で行う事にしていた。王室直営のギルドが公正に運営している事を示し、かつ、貴族がやり込められている姿を見せる事で、冒険者達の鬱憤を晴らす効果も見込めていたからだ。


 そして期待通りに、居合わせた冒険者達の視線を浴びながら戦闘報告を聞き取っていたのだが、余りに荒唐無稽な話に、矛盾どころの騒ぎではなくなってしまっていた。


「はぁい。火竜がこう、がーっと噛み付こうと来たもんですからぁ、口に手を突っ込んで持ち上げるようにしたらぁ、一緒に吊り上げられちゃったんですよねぇ」


 そう身振り手振りを入れながら答えているが、薄衣から覗いた腕は透き通るように色白で、怪我どころか擦り傷一つ見えない。


「それで、お怪我は?」

「あんな下等なトカゲの親玉にぃ、傷つけられるわたしではありませぇん!」


 当たり前であるが、その理屈はおかしい。


(火竜に噛み付かれて無傷だぁ?)

(普通は上半身丸ごと持って行かれるよな。俺は火竜に遭ったことすらないが)

((だよなぁ、ありえねぇ))


 周りでヒソヒソ話している冒険者達の方が、遙かに現実的な見解を示していた。

 こんな、あり得ない話をどうしたものか、反応に窮しているジェニファーを見かねたのか、隣りに座ったメイド服姿の女性が助け船を出してきた。


「実のところ、服の袖が火竜の口に引っかかったようで、少し浮いただけで済んだようなのです」

「なるほど。承知しました」


 それならなんとか納得できる理由だ。ジェニファーは、少し表情を緩めて調書に記入する。

 実際は、ティエンは腕のみを龍の姿に変化させる事で無傷でやり過ごしたのではあるが、方便として納得しやすい理由をアマリエは提示したのであった。


「そして、飛び去る火竜を、あなたの魔導具により、一撃で撃墜した、と」

「仰るとおりです」

「はあ、火竜を一撃で撃墜できるような魔導具、ですか」


 少しは話が分かる人が出てきたのかと思うと、やはり出鱈目な話を始めたので、ジェニファーは頭痛が再発しているのを感じていた。


(そんな魔導具、聞いた事あるか?)

(伝説ですら聞いた事ねぇぞ? "雷撃"が放てる短杖(ワンド)でも、屋敷が買える値段なんだからな。誰でも竜殺し(ドラゴンスレイヤー)になれるような魔導具なんざ……)

((ありえねえよなぁ))


 周囲で冒険者達がひそひそ話を繰り広げているのを尻目に、ジェニファーはしばらく柳眉をひそめて考え込んでいた。


(何を聞いてもあり得ない事ばかり。こんなのにまともに付き合うより、決定的な証拠を提出させて終わらせてしまいましょう)



              ◇   ◇   ◇



 ジェニファーは一息ついて心を落ち着かせてから口を開く。


「魔導具については、後にしましょう」

「あら、そうなのですか? これが如何に優れた魔導具であるのか、これからご説明申し上げようと思っていたのですが」


 しれっとしたアマリエの返答にジェニファーは一瞬怒気を発しそうになったが、ここは一つ深呼吸を入れて我慢し、表情を崩さない。


「火竜を倒したと言う事実を証明するには証拠が必要です。つまり、角や爪、牙といった、火竜の一部である事が間違いない品物を見せて頂く必要があります」


 見たところ、表に荷馬車を連れている様子も無く、角や牙が入りそうな鞄を持っている人もいない。

 鱗一枚なんて出されたら、なんて言ってやろうかしらとジェニファーは手ぐすね引いて質問したのだった。


「ええ、その通り。それではちょっと失礼させていただくかな」


 これまで、自分は倒さなかったから、と後ろに下がっていた御曹司が、初めて前に出てきていた。

 腰につけた薄手の革鞄から、折りたたんだシーツを突然取り出してくる。


「床の上でよろしいでしょうか? 机の上には乗り切らないと思いますので」

「え? ええ」


 ジェニファーは、質問の意図がよく分からないまま、反射的に了承してしまう。

 すると御曹司は、メイドに手伝って貰いながらシーツを広げ、彼らの背後の床の上に敷いたのだった。周囲の冒険者達も、何事かと注目しながら一歩下がって空間を空けている。


「あの……」

「はい、何も仕掛けはございません。では、ワン、ツー、スリー!」


 困惑した声を上げるジェニファーに構わず、芝居がかった調子で御曹司が数字を数え、指をぱしっと鳴らした。


 ぼぅん!


 次の瞬間、床の上に広げられていたシーツが突然、音と共に何かの形に盛り上がった。同時に、床も突然の加重にギシギシと響きを立てている。


「こちらで、いかがでしょう?」

「え……!?」


 御曹司がシーツをばさっと取り去ると、床の上には大男一人分くらいの大きさの、巨大な火竜の首が出現していたのだった。

 角に鱗、牙と全く欠損がなく、まさにたった今、首から切り落とされたかのように新しく見える。


「ご希望通りの火竜の首、一人前でございます」

「なっ……えっ……? Cランクの冒険者パーティが、このサイズの火竜を!?」


 突然の火竜の首の出現に驚きの声を上げるジェニファー。周囲の冒険者達も、息を呑んで固まってしまっている。

 それを聞いた御曹司は、何か思い出したかのように一通の手紙を取りだし、彼女に手渡した。


「ああ、そういえば、渡すのを失念していました」


 衝撃冷めやらぬなか、ジェニファーは震える手で封書を開く。


「この者達は、ビシゴートの五英雄である"黒衣の賢者"と"深碧の森の魔術師"を含み、Sランク冒険者イセス氏の試験、古代白竜ル・ジーヴとの模擬戦に勝利したSランク認定パーティである……ですって?」


 パワーワードの続出に膝の力が抜け、ぐったりと椅子にへたり込んでしまう。


「Cランクじゃ……なかったの?」


 御曹司の首から下がるCランクのタグを見つめながらジェニファーが思わず呟くと、彼はその視線に気付いたらしく、それを首から外して笑みを浮かべながら差し出してきた。


「そういえば、こちらでタグの更新ができたと聞いたのだが、お願いできるだろうか?」

「そういうのは、最初に言って下さ、い」


 ジェニファーはその手をぎゅっと握ると、力なく声を上げるしか無い。

 かくして、リィオン冒険者ギルドの守護天使と呼ばれたジェニファー、初めての敗北となったのだった。

 今後どの作品を中心に続けていくかに関してですが、嬉しいことにこの作品がもっとも多いブックマークを頂いております。

 ただ、それでも前作の「フライブルクの魔法少女」と同程度であり、前作と比較して遙かに多いPV数である事から考えると、ご期待に応えた作品が提供できているとは考えづらい状況です。

 今回のキャンペーンそのものの総括は、「へっぽこ小説書き斯く戦えり」で報告させていただくつもりです。


 続きを書くつもりはありますが、まずは、力量を上げるため、当面は本作とは別の、短い話をなるべく短いスパンで掲載したいと考えています。

 お気に入りユーザに登録していただければ、それをお知らせできるので、ぜひ登録いただけると嬉しいです。


 何か動きがある時には、こちらも更新させていただきますので、できればブックマークを登録したままにしていただけると助かります。

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