1.賢者は空から降りてきた女の子に抱きつかれる
新しい読者様も、他のシリーズをご覧になっていらっしゃった読者様もいらっしゃいませ。
この小説では、主人公の男性錬金術師と、美女美少女達とのパーティによる冒険行を題材としています。
他の小説と同じ世界観、極めて近い時系列のため、関連したキャラクタも出てきますが、読んでいなくても全く問題はありません。
ただ、読んでいた方がより楽しめると考えています。
今回は3本を同時進行で開始しています。下部にバナーを置いていますので、ぜひそちらもご覧下さい!
この次の話でイラストつきのキャラクタ紹介を行いますので、そちらも併せてご覧下さい。
(リアルタイム読者様向け)本日は6本公開予定です。明日以降は30話まで毎日13時過ぎに更新します。
「親ぶ~ん、来やしたぜぇ!」
稜線に上がって望遠鏡を覗いていた手下が、ついに親分が待ち望んでいた台詞を口にした。ここは帝国辺境。国境の街からほど近く、街道が脇を通っている丘陵である。十数人の盗賊が、街道から見えないよう稜線の影に隠れて、獲物が通りかかるのを待ち受けていた。
「情報通りか?」
「へえ、若い男が一人に女が一人。間違いありやせん」
その盗賊達は単純に誰か通りがかるのを待つのではなく、街の衛兵に鼻薬を効かせて、襲いやすそうな旅人――少人数だったり、護衛がいなかったり――を見かけたら、連絡を寄越すように手はずを整えていたのだった。
「間違いはないんスが……なんだありゃ?」
「おう、何か変な事があったか?」
間抜けな声を上げる手下を見上げる親分。
「いやぁ……これは、見てもらった方が早いっス。あいつらなんだか変な格好で……」
「なんだぁ? よし、見せて見ろ」
と、稜線まで駆け上がった親分は、手下から渡された望遠鏡で、指差された方向を覗き見た。そして、手下と同じ台詞を口にする。
「なんだありゃ?」
親分の目に映ったのは、情報通り、街道を行く馬に乗った若い男女の旅人。ただ、その格好が普通ではなかった。
一人は30前くらいの東洋系の男。黒髪をなでつけたような髪型をしていて、まあ、男前とまでは行かないが、十人並みと言った所だろう。ベレーにインバネスコート、そして革靴と、頭の上から靴の先まで真っ黒けの衣装に身を包んでいる。
もう一人は20歳くらいの、これまた東洋系の女性だ。長い黒髪をポニーテイルで綺麗にまとめている。こちらは男性と違って、かなりの美貌を持っており、切れ長の瞳が鋭く光っている。服装は黒のメイド服に白のエプロン、更にその上から真っ白のケープを羽織っている。
帝都の高級住宅街でなら、いてもおかしくない格好ではあるが、どう考えてもこの最辺境の街道にいるべき格好ではなかった。
「うーむ……貴族のボンボンとメイドって所か?」
「でも、隣国から来たんスよね? 冒険者って線もあるかもしれないッスよ」
この帝国は一年前より、辺境に突如出現した魔王と、その眷属たる魔族の侵攻を受けていた。
騎士団を中心とした軍隊は、人間の軍隊に対しては有効に戦えるのだが、それぞれ独自の特殊能力を持っている魔王軍相手では非常に分が悪く、魔王領は拡大の一途をたどっていた。
事ここに至り、帝国皇帝は自国のみならず他国の冒険者も誘致し、冒険者ギルド所属の遊撃隊として魔王軍の攪乱に当たると言う作戦を開始する。そのため、国境付近では普段と比べて冒険者が活動している割合が上がっていた。
盗賊にとって、商人を護衛している訳でも無い単独の冒険者は、襲う意味は余りない。彼らは楽して儲けたいのであって、実入りがなさそうな強敵と戦う趣味は持っていないのだ。
だが、冒険者なら冒険者なりの格好をしている筈である。従って、見立て通りの貴族のボンボンとお付きのメイドであると判断した親分は、襲撃を決意した。
「ま、大丈夫だろ。よし、いつもの通り、あいつらが目の前を通り過ぎるまで待て。メイドの方は殺すなよ? 後でお楽しみだァ!」
「「「おうっ!」」」
盗賊どもは一斉に戦闘態勢に入り、物陰で息を潜めながら、哀れな旅人が目の前を通過するのを待ち続けるのだった。
◇ ◇ ◇
「ユーティ様、賊です」
「ん?」
黒衣の賢者、ユーティ・ミードは、背中から聞こえた声に首を傾げた。
国境の街を出てわずか10分。ユーティと、メイドであるアマリエ・フェイの二人が乗った馬は、丘陵と大河に挟まれた街道を進んでいた。
「どこにだね?」
「恐らく、前方の丘陵です。誰かに害意を持って見られている気配を感じます。殺意ほどではありませんので、盗賊でしょう」
ユーティ自身には、その気配は感じられなかった。しかし、過去に多数の修羅場をかいくぐってきたアマリエならばこその、感覚があるのだろう。そう思ったユーティは、感嘆の声を上げた。
「ほう、よく気がついたものだね」
「恐れ入ります」
気付かぬ風を装うため、ユーティは敢えて丘陵の方に視線を向けていない。
「盗賊だとして、彼らはどうするだろうか?」
「恐らく、側面からの奇襲に始まり、半包囲に持ち込んで我々の退路を断つでしょう。街に引き返して衛兵を呼びますか?」
少し考えた後、小さく首を振った。
「いや、撃退することにしよう」
「撃退、ですか?」
「ああ、よしんば街に戻って衛兵を連れ出せたしても、盗賊共は接触前に逃げ散ってしまうだろう。そうしたら、襲撃場所が変わるだけさ。衛兵達は、隣の街まで護衛してくれる訳では無いからね」
横を流れる大河を眺めながら、ユーティは言葉を続ける。
「それに、今戻ってしまうと、今日中に隣の街まで辿り着けなくなるからね。避けられる無駄な日数の消費は止めておこう」
「かしこまりました」
こうして、素知らぬ風を続けながら、彼らの馬は歩みを続けていたのだった。
(今はなんとしても60日以内に魔王城にたどり着かなければ……今回の蝕に間に合わなければ、次は何年後、何十年後になる事やら)
◇ ◇ ◇
「おらぁ、待て待てぇっ!」「ひゃっはーっ!」
丘陵と大河との間隔が最も狭くなった場所を通過しようとしたところで、側面から一斉に騎乗した盗賊達が走り出してきた。徒歩で全力疾走の盗賊達がそれに続いている。
ユーティは物音に気付き、盗賊達がやってくる方角に馬を向けて停止させた。それから間もなく、盗賊達による包囲は完成する。開いているのは大河側のみでだった。
包囲した盗賊は、騎乗が4、徒歩が12。そして包囲網から僅かに離れた所に、騎乗した親分らしき大柄の男。それぞれの装備はバラバラで、すり切れたレザーアーマーにショートソードなどで武装していた。
「おやおや、一体、何の用かな?」
盗賊共の姿を見ても動ずること無く、飄々とした様子でユーティは親分とおぼしき盗賊に声を掛けた。親分はそれを見て、現実を受け止められていないのだと解釈し、ニヤリと笑う。
「なに、簡単な用だ。荷物と有り金、全部置いていきなぁ。あとは、その女もな。服だけは勘弁してやらぁ」
親分にとって意外なことに、少しは抵抗するのかと思いきや、ユーティはあっさりとアマリエに命じてしまう。
「なるほど。では、アマリエくん、降りたまえ」
「はい」
そしてアマリエも、言われるがままに馬を下りてしまった。
親分からすれば、要求に屈して同行のメイドを見捨てたかのような行為であった。しかしユーティにとっては、これはまさに戦闘の準備であった。アマリエは近接戦闘が主体であるため、地上にいる時に最大の戦力となる。一方、ユーティ自身は、騎乗でも充分な攻撃力を発揮できる自信があったのだ。
それに気付かぬ親分は、ユーティに対して次なる要求を行う。
「よし、次はお前だ。荷物を出しな。馬も置いていって貰おうか」
「それは困るな」
最初の要求には唯々諾々と従った男の突然の拒絶に、親分はあっけにとられる。すぐさま不機嫌そうな顔になり、低い声で問い返した。
「――なんだと?」
「すまないが急ぎの旅でね。このまま撤収すれば見逃してやろう。さもなくば、残念な結果になってしまうだろうね」
白々しく勧告するユーティの姿に、親分の怒りは更に増してきた。
「お前、自分の立場が分かってんのかぁ? そのままおとなしく従えば命くれぇは助けてやろうと思っていたが、命が惜しくねぇようだなぁ?」
「いやいや、命は惜しいが、ここで命を落とす予定はないからね」
肩をすくめて冷笑するユーティに、ついに親分は激高してしまう。
「ふッ……ふざけるなッ! おい、お前ぇら!」
親分が「殺せ」と命じようと右手を振り上げた。ユーティは懐に、アマリエは腰の後ろに右手を回し、臨戦態勢を取る。
そして親分がその右手を振り下ろそうとしたとき、何かの影が顔面をよぎったのを感じた。上空を何かが通過した?
「な、なんだ、ありゃ……?」
親分が上空を見上げたとき、信じられない光景を目にしていた。驚きの余り、振り上げた腕がそのまま止まってしまう。
ユーティも上空を見上げたが、「ほう」とばかりに眉を上げただけ。ただ、彼にとって懐かしい姿を見た事で、その口元は僅かに綻んでいた。
彼らの上空を、畳んだ洋傘に横乗りした一人の少女が航過していったのだった。そして彼女は地上の人々の顔を見回し、大きく口を開く。
「見つけたぁ!」
叫んだ彼女は、空中のまま腰を掛けていた洋傘から降りると、その傘――黒いレースの日傘だった――を開いた。急激に減速しながら降下し、地上、ユーティ達と盗賊達の丁度中央に着地する。
見た目は12歳程度か。白磁のような透明感のある肌に、春の柔らかな日差しを浴びて輝くブロンドヘアを、レースの黒リボンでサイドのツインテールにまとめ、縦ロールが入っている。瞳は透き通るような空色で、その満面の笑みをたたえた顔は、可憐さに満ちあふれている。そしてぴょこんと飛び出した長い耳が、彼女がエルフである事を主張していた。
服装を見ると、黒いブラウスにコルセット、ワインレッドのフレアスカートに黒いレースのチュールと、ゴシック調にまとめているようだ。やはり辺境に似つかわしい格好ではない。
少女は着地して再び洋傘を閉じ、腰につけたポーチに無造作に放り込むと、ユーティの方に向かって駆けだして行った。
「ユウよ、久方ぶりじゃっ!」
「ッ!?」
「アマリエくん、待て!」
向かって来る正体不明の少女に対し、アマリエはそれを迎撃すべく、腰の後ろに回した右手をそのままに、身体を僅かに屈める。しかし、ユーティの制止する声に、それ以上動く事はなかった。
そしてアマリエの脇を駆け抜けた少女は、一息にジャンプし、騎乗しているユーティにそのままの勢いで抱きついていったのだった。
「おんし、ほんに変わらんのう! うちより変わらんとは驚きじゃ!」