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隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る  作者: 当麻月菜
初めまして、血濡れの大公様 ※安全な距離を保ちつつ
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3

 ユリシアが首をふるふる振ること少し前───




「───……ユリシアが離れから出てこない?」


 北山の魔物討伐を終えたグレーゲルは、単身一足早く転移魔法で帰宅した。


 そして自室に戻ってすぐ執事ブランからの報告を聞いて、眉間に深く皺を刻んだ。その拍子に少し長い前髪が額に流れボルドー色の瞳を隠す。


(……自分が出迎えなかったことに気を悪くしているのであろうか。それとも北の地が身体に合わず外に出ようとしないのだろうか)


 討伐に向かう直前、窓越しに見たユリシアの姿はとても華奢で儚かった。ついでに言うとこれ以上無いほど美しかった。


 本来ならすぐさま彼女の元に駆け寄り、歓迎の言葉を述べたかった。


 しかし間が悪く、グレーゲルは魔物討伐に向かう直前で女性の前に立てるような姿ではなかった。


 何事も第一印象が大切だ。


 大公爵として己の立ち位置を理解しているグレーゲルは、人の見た目が下す判断に鋭い。そして受けた評価を覆すのは容易いことでは無いということも把握している。


 だからグレーゲルは、ユリシアと会うことを避けた。ユリシアが生まれ育ったリンヒニア国は典型的な貴族社会だったから。


 リンヒニア国は優雅さに重きを置き、剣術を極める者は労働者とみなされる。同盟国である自国マルグルスをなんだかんだ言って野蛮大国だと見下している。


 無論、国にはそれぞれ文化があり、歴史がある。


 どれに重きを置くかなど、他国の勝手であり、陰口程度で済んでいるなら自分が口出しする権利は無い。


 とはいっても、個人的にユリシアに悪印象を与えるのは避けたかった。たとえユリシアがそういう目で見ていなくても、細心の注意を払うのは男として当然だとグレーゲルは思った。


 ……そんな自分にドン引きした。


  グレーゲルは冷徹な性格であることを自負しているし、これまで一度だって無条件に誰かに好意を寄せることなど無かった。


 言葉を選ばなければ、異性関係において”来るもの選び、去るもの追わず”のスタイルを貫いて来た最低野郎である。


 だからこそ結婚など面倒事でしかなく、いっそ独身のまま適当に出来の良い遠縁の子供を後継ぎにすれば良いとすら考えていた。


(なのに、自分が服装一つでここまで異性に気を遣うなどとは……)


 世も末だ。


 なんてことを思ったかどうかは内緒であるが、グレーゲルがユリシアとの出会いを大切にしたいと思っているのは確かなこと。


 あと自分が魔物討伐中、ユリシアがずっと別宅に引きこもっていたという事実に大変焦っていたりする。


 なぜならグレーゲルは魔物討伐に向かう直前、屋敷の全てを取り仕切るブランに対しこう命じていた。


「俺が戻るまで、彼女に最高のもてなしをしておくように。まかり間違っても、()()()()()()()()()()()()は断じてするな。あと聞かれても聞かれなくても、過去の自分の女性遍歴は口が裂けても喋るな」と。


 それが守られていないかもしれない。


 グレーゲルは疑うつもりは無いが、と前置きしてブランに問いかけた。


「使用人の中で、ユリシアに無礼を働いた者は?」

「おりません」

「彼女が居ないと思って、うっかりいらんことを喋った者は?」

「いたらもうこの世にはおりません」


 食い気味に返答を受け、グレーゲルは顎に手を当てる。


 ブランは戦死した父が当主だった頃からリールストン家に仕えてくれている執事だ。きっと当主であるグレーゲルより、彼の方が屋敷のことを知り尽くしているだろう。


 そんな彼が不手際が無いというなら、無いに違いない。


 だからグレーゲルはこれ以上問い詰めることはやめた。しかし、それで納得したわけではない。


「マルグルスの料理が口に合わないということはないのか?」

「お食事は全て残さず食べておられます。この地方の茶も美味しいと仰ってました」

「本邸の内装が気に入らないという話は?」

「一切ございません。……ただ」

「ただ……何だ?」

「現在お住いの場所が大変気に入っているため、こちらに向かう必要は無いと……」


 言葉尻を濁すブランに、グレーゲルの目がつり上がる。


 なにせあの別宅は、先々代の大公妃がサロンとして使用していた場所なのだ。


 一応、ユリシアを迎えるために修繕はしたが、当初の予定では、彼女を監視するために用意したもの。


 リンヒニア国好みの贅の限りを尽くした部屋でもないのだから、まかり間違っても快適に過ごしてもらうための場所では無いはずだった


「なぜあんな場所を気に入るんだ?わからん」

「好みは人それぞれでございます。……ですが、わたくしの目には、ユリシア様はあの別邸を見て心から嬉しそうでした」

「そうか」

「はい」

「つまり、彼女はここ本邸より、別邸が気に入っているということか?」

「……」


 最終的に面倒くさい質問を受けたブランは賢くも沈黙した。


「まぁ閣下、そうブランさんにアレコレ聞くより本人に聞いちゃったほうが早いんじゃないんですか?」 


 口を閉じたブランから引き継ぐようにそう言ったのは、転移魔法で音もなく姿を現した側近のラーシュ・インヒだった。


 ラーシュはグレーゲルより2つ下の26歳。傭兵から騎士となり、現在、ブランの側近を務めている。魔法もそこそこ使えるエースである。


 そんな彼は敵の動きは天才的に読み取れるが、対人同士が醸し出す空気を読むのが天才的に下手だった。


「……聞けるものなら、とっくに聞いている」


 唸るように呟くグレーゲルに、ラーシュはきょとんとする。


「それじゃあ、聞けば良いじゃないですか。別にそんなに離れているわけじゃないんだし」

「いや、随分離れている」


 ラーシュは物理的な距離を言っただけで、グレーゲルはユリシアとの心の距離を言った。


 そう。互いに間違ったことは言っていないが、受け止め方は天と地ほどの差があった。


「───……あっ、話は変わりますが」

「なんだ?」


 しばらくの沈黙の後、急に声を上げたラーシュにグレーゲルは面倒くさそうに視線を向ける。


 ちなみにブランは扉の前で控えて、ラーシュは窓側に立ち護衛に徹している。


「急かすつもりはない……っていうか、差し出がましいかもしれないっすが、あの件どうするんですか?その為に魔物討伐だって予定の半分の期間で終わらせたんですよね?珍しく閣下が先陣切って魔物を駆除するのを見て他の連中らは───」

「黙れ」


 ギロリと睨まれ、ラーシュはむぎゅっと口を真一文字にする。


 本格的な冬が到来する前に、北山の魔物を討伐するのは毎年の恒例行事だ。そして大抵、期間は一ケ月から一ケ月半を要する。

 

 なのに今年に限って半月でそれを終わらせた。しかも珍しく転移魔法まで使って帰宅した。


 なぜそんなことをしたかと言えば一つしか無い。一刻も早くユリシアに会いたかったからだ。


 そして未決定になっている彼女の処遇を伝えなければならないから。


 だから悩む必要も無ければ、ラーシュを睨む必要だって無い。


 でもついついきつい口調になってしまうのは、部下に己の気持ちが丸わかりだったことが悔しかったから。あと自分がユリシアに会うことにかなり緊張を覚えているから。


「わかっていることにいちいち口を出すな。ーーブラン、急ぎユリシア嬢をここに呼べ」

「はっ」


 胸に手を当て礼を取った執事は素早く部屋を出て行った。


「ところで、閣下」

「なんだ?」


 二人っきりになった途端、ラーシュはキョロキョロと辺りを伺いながら囁いた。


「あの……しつこいのは重々承知してますが、ユリシア様の件、姫に前もって伝えた方が良いのでは?」


 ───何なら俺、ちょっくら行って来ますよ?


 ラーシュにしては珍しく気の利いた提案をされ、グレーゲルは即座に頷いた。


 ちなみに姫と呼ばれた女性の名はシャリスタン・マールゲルと言いグレーゲルの従兄妹だ。付け加えると、ユリシアがトオン領二日目に目にした美女のことである。


 彼女はちょっと変わっていて、女性しか愛せない。なのにグレーゲルにやたらと纏わりつく。だって彼のいる場所には、シャリスタンの好みの女性が集まるから。


 これまでグレーゲルはそんなシャリスタンを容認し、時には利用していた。ある意味、良い関係を築いてきた。


 だがしかし、今回ばかりは違う。


 ユリシアが百戦錬磨のシャリスタンの毒牙にかかることは、何としても避けなければならない。


 恐ろしいことにシャリスタンは、もう既にユリシアに興味を持っている。しかもユリシアが別邸で過ごし始めてすぐ会おうとした。


 嫌な予感がして北山から転移魔法で一時帰宅した際に寸前の所で羽交い締めにすることができたから良かったものの、あと少し遅ければ……と考え、ぞっとする。


 念の為、邸宅内の敷地全てにシャリスタンだけが侵入できない強い結界を張った。


 でも彼女と従兄妹関係である以上、今後どうしたって接触は避けられない。


「……最悪、陛下に頼んでアイツを余所の国に飛ばすか」


 ラーシュを見送った後、そんな物騒なセリフを吐きながら、グレーゲルは着替えを始める。


 これから一目惚れした女性を迎えるのだ。それ相応の衣装で挑まなければならない。


 などと考えながらいそいそと着替えを始めるグレーゲルは、()()()()()()をまさかユリシアに見られていたなど知る由も無かった。

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