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隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る  作者: 当麻月菜
番外編

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タルトより甘ぁーい、お二人さん

 本日のリールストン邸の別宅には、大変珍しく来客があった。


「ようこそ。今日はお越しいただけて嬉しいです。ゆっくりしていってくださいね」


 この別宅の主であるユリシアは、初めての来客にやや緊張した面持ちで微笑みかけた。


「は……はぁ。あ、いいえっ。こちらこそお招きいただきありがとうございます。光栄ですわ。そうでしょ、皆さん?」

「え、ええっ。アレンナ様のおっしゃる通り、本当に嬉しいですわ。わたくしったら、昨日は眠れなくって。ねえ?」

「ええ、ええっ。わたくしもドキドキして眠れなかったですわ。あなたもそうでしょ?」

「そう……そうですわ。わたくしも、緊張……いえ胸が高鳴って」


 無駄に着飾った令嬢ーーアレンナを皮切りに、伝言ゲームのように令嬢たちは目配せをしながら似たようなセリフを吐く。


 それを素直に受け取ったユリシアは、嬉しさのあまり、もじもじしながらテーブルに並べられているお茶とお菓子を来客に進める。


 令嬢達は引きつった笑みを浮かべて、同時にティーカップを手に取った。赤茶色の水面は、風も吹いてないのに揺れていた。




 つい先日、ユリシアは長い間すれ違っていたグレーゲルと気持ちを確かめ合い、相思相愛の婚約者となった。


 そして怪我の為に軟禁状態だったユリシアだが、ようやくグレーゲルから解禁宣言を受けた。


 これからは婚約者として、好きなことをすればいい。護衛付きなら外出もして良いし、屋敷のどこでも顔を出して良いし、欲しいものがあれば外商を呼びつけて好きなものを買えば良いとグレーゲルは言ってくれた。


 でも最後に「ただし、シャリスタンにだけは気を付けろ。もちろん俺はお前を信じているからな」と言った彼の目は、何かに怯えていた。


 ……などという経緯があったユリシアは、さっそく夜会で絡んできた令嬢達をここに招待することにした。


 大公爵の権威を見せつけて、今後一切、舐めた態度を取らせぬよう牽制するため……ではない。あの時グレーゲルとシャリスタンの関係を誤解していたせいで取ってしまった自分の非礼を詫びるためだ。


 ちなみに夜会では、令嬢達は最後まで名前を教えてくれなかったけれど、さすが大公閣下。ものの1分で、リストアップしてくれた。


「ーー皆さま、良かったらこちらのタルトも召し上がってください。シェフが今日の為に焼いてくれたんです。お口に合えば良いんですが」


 にこっと笑ってユリシアがそう言えば、心得たように侍女のモネリとアネリーは来客たちの為にタルトを取り分ける。


「お、美味しいです!」

「ええっ、とっても美味です!」

「こんな美味しいタルト、初めて口にしました!」

「見た目も、味もどう表現して良いのかわからないくらい素晴らしいです!」


 称賛する令嬢たちは、まだフォークすら手に取っていない。


 食べてもいないのにそんなことを口走ってしまうのは、完全にテンパっているからで。アレンナに至っては自慢の縦ロールが、冷や汗のせいでびよんと伸びきってしまっている。


 無理もない。夜会での一件は、ユリシアにとったら勘違いで済まされるものだが、令嬢達にとって命知らずな行為になる。


 今日の招集は、彼女たちにとって罪状を告げられる、云わば最終弁論ナシの裁判のようなもの。家門の存続すら危険に晒されている今、タルトなどどうして味わえようか。


 一方、ユリシアはテンパる令嬢達を見て「本当に美味しいですね」と笑顔で何度も頷く。しかし、ユリシアもまだ食していない。令嬢達と同様に、テンパっている。


(場を和やかにしてからちゃんと夜会のことを謝って……本題はそれからだ。頑張れ、私!!) 


 リンヒニア国では出来損ない令嬢とレッテルを貼られていたユリシアには、友と呼べる者がいなかった。


 でもマルグルス国民として生きることを選んだ今、友達が欲しい。どうしても欲しい。恋バナなるものをしてみたいし、手紙のやり取りもしてみたい。もっと言うと友達の家に行き来してみたいし、パジャマパーティーやってみたい。


 そんなささやかな願いを叶えるために、ユリシアはぎゅっとスカートの裾を握りながら口を開いた。


「あの……先日の夜会の件なのですが、皆さんにお話したいことがあります」


 瞬間、誰かがひゅっと声にならない悲鳴を上げた。


 しかしユリシアは、己の緊張からくる耳鳴りだと判断して言葉を続ける。


「私、ものすごく嫌な態度を取ってしまって申し訳ございません!本当に不愉快だったと思います。理由は、ちょっと言えないんですが、その……なんていうか、私の勘違いによる暴走で……皆さん、本当にごめんなさい」


 最後にペコっと頭を下げたユリシアに対して、令嬢たちは同時に目を丸くする。そして、どういうことだと、再度、目配せ会議を始めてしまった。


「ーーあの……」


 なかなか返事を貰えないユリシアは、恐る恐る令嬢達を見上げる。

 

「あ、失礼いたしました。ユリシア様!えっと、えっと……そんな謝っていただかなくても……ねえ?」

「ええ、そうですわ。ですよね?」

「もちろんですわ。どうぞ顔を上げてくださいませ!ねえ?」

「そ、そうよ。そうですわよ!ユリシア様が謝る必要などございませんっ」


 伝言ゲームのように令嬢達が必死に首を横に振れば、ユリシアは「でも、私は間違いなく皆さんに失礼なことをしました。謝るのは当然です」ときっぱりと言う。


 その姿は、傲慢で気位ばかり高くマルグルス国を卑下するリンヒニア国の令嬢ではない。礼儀正しく、己の非を素直に認めることができる、ただの一人の令嬢でーー


「……どうしましょう。わたくし、無理!あなたのこと嫌いになれないわっ」


 悲鳴に近い声を上げながら、アレンナはハンカチで口元を覆った。それに続いて他の令嬢達も、同じような態度を取る。


 そんな令嬢達を見てユリシアは困惑する。ただ肯定的なリアクションだということは理解できた。


「へへっ……私、嫌われてなくって嬉しいです」


 媚びるわけでも、へつらっているわけでもないその笑みは、アレンナ達の凝り固まっていたユリシアへの偏見を溶かした。春が訪れたら、自然に消えていく雪のように。


「あの、ユリシア様。わたくしこそ、夜会では失礼な態度を取って申し訳なかったですわ。お恥ずかしい話、わたくし……その……ちょっと、リンヒニア国に勝手な偏見を持ってまして」

「そんな、そんな!私がリンヒニア国出身なのは事実で、あの国がプライドばっかり高くて鼻持ちならない態度ばかりを取るのも本当のことです!もう、ほんと、ムカつきますよねぇ」


 過去のあれやこれやを思い出して、ユリシアは渋面になる。でも最後にあははっと笑いとばした。


 まるで光り物を奪っていくカラスに向けて言い放つように、呆れたように、でもあっけらかんと。


「意外ですわ……ユリシア様がそんなふうに仰るなんて。でも何だかスカッといたしました」

「……へへ」


 令嬢の一人がポツリと言えば、ユリシアは肩の力を抜いて笑う。

   

 その、血濡れの大公をメロメロにしたへにゃり笑いは、令嬢達の胸もしっかり射抜いてくれた。


「あの……ユリシア様……もし良かったら、わたくしと」

「仲良くしてくたさいませ!!」


 意を決して伝えようと思ったアレンナの言葉は、他の令嬢に奪われてしまった。


 心の中で「おーい、おい、おい!」と非難するアレンナを無視して、他の令嬢達も挙手をする。


(どうしようっ。嬉しい!嬉しすぎる!!)


 お友達の作り方なんて誰からも教えてもらえなかった。どうやって作れば良いのかわからなくて、ずっと不安だった。


 でも切望していたそれを、まさか彼女達から言ってくれるなんてと、ユリシアは目を潤ませる。背後では、モネリとアネリーが孫の成長に感激する祖父母のようにそっと涙をぬぐっていた。 


 ーーそれから数分後。


 初めての友達に嬉し泣きするユリシアに、アレンナははにかみながら「今度はわたくしの家に是非遊びに来てくださいませ」と誘い、他の令嬢達も「ご趣味は何ですの?」とか「猫派ですか?犬派ですか?」とか「あちらの小説、わたくしも持ってますわ」など、にこやかにガールズトークが始まる。


 そんな中、突如、居間の床に金色の魔法陣が浮き上がった。


「今戻ったぞ、ユリシア」


 場の空気を読まず、ソファに座るユリシアを後ろからぎゅっと抱きしめたのは、彼女の婚約者であるグレーゲルだった。


 シャンパンの泡のように弾けていた空気は、一気に真冬のそれに変わる。


 けれども彼の婚約者であるユリシアだけは、花のような笑みを浮かべた。


「おかえりなさい、グレーゲル。魔物討伐、お疲れ様でした。あの……かなり早いお戻りでしたが、何かありましたか?お怪我はありませんか?」

「ああ、雑魚相手だったから早く終わっただけだ。全然問題ない」


 余裕たっぷりの笑みを浮かべるグレーゲルの背後には、側近兼護衛のラーシュがいる。少し空気を読むことを覚えた彼は、魔獣の返り血を浴びた主のマントをさり気なく背に隠した。


 ……などという家臣の気遣いなど全く無視して、グレーゲルは視線を唖然とする令嬢達に向けた。 


「ようこそリールストン邸へ、歓迎する。アレンナ嬢、御父上は元気か?それとーー」


 次々に令嬢の名を呼び、親の話題を振るグレーゲルは、彼女たちをもてなす気なんて無い。


 夜会でユリシアが何を言われたか。どんな態度を取られたか。グレーゲルはラーシュから全て聞いている。その上で、魔物討伐を秒速で終えてここに駆け付けたのだ。


「夜会では、私の婚約者に話しかけてくれたとか。初対面のユリシアを気遣ってくれたようで、礼を言わないといけないな」


 ニヤリと笑ったグレーゲルを見て、令嬢達はブルブルと震えだす。その顔色は死刑宣告を受けた囚人より、真っ青だった。


 そんな中、ユリシアは無邪気にグレーゲルに話しかける。


「あのですね、グレーゲル。皆さん、私の友達になってくれるって仰ったんです!」


 子供が親に満点のテストを見せるような笑みを向けられ、グレーゲルはユリシアを褒め称えるように頭を撫でる。


「そうか。ーーならお嬢さん方、()()()()彼女をよろしくお願いします」


 遠回しに先日の夜会の件は見逃すと温情を与えたグレーゲルは、すぐにユリシアに目を向けた。


「ところで、ユリシア。疲れた婚約者に”おかえりなさい”の言葉だけか?」

「え?」

「山はまだ雪が残っていて寒かった。身体が冷えてしまった」

「あ、ええっと……温かいお茶をお飲みになりますか?」

「もらおう」


 当然のように頷いたグレーゲルは、女子会の最中だというのに断りもなくユリシアの隣に着席する。無論、ここで咎める猛者はいない。


 そして湯気の立つお茶を目の前に置かれたグレーゲルは、令嬢達をそっちのけでユリシアに話しかける。その姿は嫉妬丸出しの束縛男にしか見えない。


 でも気持ちを向けて欲しいと一途に頑張る彼は、血濡れ感は無く妙に微笑ましかった。


 ーー帰ろう。邪魔しちゃ悪い。また、出直そう。


 令嬢達はそう目配せして、フォークを手に取りタルトを頬張る。ベリーをふんだんに使ったタルトは、甘さ控えめで、さっぱりとした大人の味。


  しかし未来の大公夫婦を見ながら食す令嬢の一人は、ポツリと呟いた。


「甘ぁーい」



 ◆◇◆◇おわり◇◆◇◆

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