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隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る  作者: 当麻月菜
ポンコツ愛と狂愛の戦い※またの名を【口付け事件】

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4

 ユリシアは幸せな夢を見ていた。


 ひっそりと想いを寄せている人から優しく髪を撫でて貰える夢。しかも膝枕までおまけされた大サービス。


 何これ。最高じゃんとユリシアは浮かれつつも、恥ずかしくてどうにかなりそうだ。


 我慢できずつい目を開けてしまえば、その人はこんな言葉を囁いてくれる。


『すぐに帰るから、寝てろ』


 既に自分は寝ているが、それよりも上の句の言葉に食い付いてしまう。オウム返しにその言葉を繰り返せば、彼はしっかりと頷いてくれた。


『そうだ。一緒に帰るんだ』


 どうしよう。嬉しすぎて死ぬかも。


 胸がいっぱいで、顔が緩んでしまうのが止められない。彼には他に好きな人がいる。だから、こんな顔をしちゃ駄目なのに。


 ユリシアは甘美な夢の中で、胸を痛める。肩の傷は全然痛くないのに、罪悪感はしっかり感じることができるなんて、やっぱりこれは夢なんだと思いながら。


 ……思いながら、更に深い眠りに落ちた。





「ーーユリシア……頼む。目を覚ましてくれ」


 彼に悲痛な声で自分の名を呼ばれ、片手をぎゅっと握ってもらえて、ユリシアはこれがまだ夢の途中だと思った。


(やだなぁ。起きたくないなぁ)


 想いが募って募って募り過ぎてこんな夢を見てしまったのだ。もしかしたら自分はむっつりスケベなのかもしれない。


 などと分析するユリシアは、つい先ほど自分の身に何が起こったのか忘れている。今はただただこの幸せな夢を一分一秒でも長く味わっていたい。


 それは恋する乙女のささやかな願いである。だが残念ながら神様の元には届かなかった。


 握られている手に、じわじわと力が込められる。


(ちょ……待って。痛い、痛い……痛いんですけど!)


 肩の傷が痛いのではなく、ぎゅっと握られている手が痛い。


 そこまで力を入れなくてもと言いたくなるほどで、これはなかなか起きない自分を物理的に叩き起こそうとしているとしか思えない。


 でもユリシアは、抗ってみた。目が覚めたら、手を握ってくれるこの人は、別の人に気持ちを向けてしまうはず。なら痛みに耐えてあとちょっとだけ。


 そんな狡い考えを見透かすように、握る手が更にぎゅーっと力を込められる。


 ユリシアは泣く泣く降参した。


「……ん゛ん」

 

 小さく呻き声をあげて、目を開けた。


 見覚えのある部屋だ。リールストン邸で自分に与えられた私室である。


 彼──グレーゲルは、ベットの端に腰掛けてこちらを心配そうに覗き込んでいる。


「てぇ……いたいでしゅ」

「わっ悪い!!」


 ぱっと即座に離された手は、少しだけ行き場をさ迷い最終的にユリシアの額に落ち着いた。


「傷は痛むか?」

「……傷?」


 パチパチパチパチと瞬きをしながら記憶を辿れば、ここでようやっとユリシアは己の身に何が起こったのか思い出した。


 フリーシアに肩を傷付けられそのまま連れ去られたこと。アルダードと望まぬ再会をしたこと。グレーゲルが自分を助けに来てくれたこと。


 条約違反である魔法をリンヒニア国で使ってしまったこと。


「あのっーー……痛っ!」

「馬鹿っ。動くな!!」


 自分のせいで彼が罪に問われるかもしれないと思ったユリシアは、慌てて飛び起きようとした。


 しかし肩に激痛が走り涙目になるユリシアを、グレーゲルはぎょっとした顔になりながらも身体を支えてくれる。


「ありがとうございます」

「いや。気にするな」

「……でも」

「気にするな」

「……」


 ベッドから落ちないように支えてくれたことはありがたいが、気にするなと言われてもそれは無理な話だ。


 だってグレーゲルは、現在ベットの端に腰掛けていない。


 枕元まで移動して、ユリシアを背後から抱きしめている状態なのだから。


(この状況は、ヤバイよぅ。シャリスタンさんにどう言い訳する気なの?)


 などとアワアワする反面、こんな罪深い状況にどうしたってドギマギしてしまう自分に、ユリシアは呆れて良いのか軽蔑して良いのか気絶していいのかわからなかった。


 もちろん、わかっている。自分の背を支えてくれているグレーゲルは、ただ単に負傷した人間を気遣ってそうしてくれているだけ。それ以上でも、それ以下でもない。


 そう頭では理解していても、簡単に割りきれるもんじゃない。


 だって、自分は寝巻き姿なのだ。加えてグレーゲルはシャツ一枚の軽装。とどのつまり、二人の間には木の葉の厚み程度しかない。否が応でも彼の胸板とか腹筋とか……まぁ、そんなものを生々しく感じてしまうのだ。


 意識するな。考えるな。平常心を保てとユリシアは、自分に言い聞かせる。が、そうしているもう一人の自分だって相当混乱している。


 きっと今の自分は首まで真っ赤だろう。身体だって火照っているはず。どうか痴女とだけは思われませんように。


「まだ傷は塞がっていない。頼むからおとなしくしていてくれ」


 神に祈りを捧げるユリシアにまったく気づいていない様子でグレーゲルは、泣きそうな声で言った。


 驚いて振り返れば、待ち構えていたように声と同じ表情でいる彼と目が合った。


「……お前が目を覚ますまで、ずっと不安だった」

「はい」


 素直に頷くユリシアだが、頭の中はわちゃわちゃと忙しい。


 なにせグレーゲルの言い方も眼差しも、まるで自分が彼にとって特別な人間として扱われているように錯覚させるものだから。


 助けに来てくれただけでも有り難くて泣きそうだというのに、心配までしてくれた。


 好きな人が一時でも自分に心を傾けてくれたことに、ユリシアは目眩を覚える。嬉しすぎて切なさを感じなかった。瞬きする間に、言葉にできない不思議な温もりに全身が包まれる。


 またトオン領の地を踏めること。好きな人が自分を心配してくれたこと。


 この二つの出来事さえあれば、もう十分だと心から思った。


「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」

「は?馬鹿を言うな。最低でもあと2ヶ月はベットに縛り付けておく。覚悟しておけ。と、言いたいが、お前にやってもらうことが山積みだ」

「はい?」


 首を傾げるユリシアに、グレーゲルには溜め息を一つ挟んで言葉を続ける。


「まずはお前の侍女二人をなだめてやってくれ。毎日泣いて泣いて手がつけられん。ブランも相当心配して、毎日心ここにあらずで有り得ないミスを連発してくれている。昨日はお茶を頼んだら、まさかの白湯を出された。他のメイド達も同様で、一言お前に声を掛けたいと言ってるから適当に聞いてやってくれ。それと、食欲があるなら料理長のメシを食ってやってくれ。目が覚めたお前がいつでも好物を食べれるように、ここ3日、ずっと同じ料理を作り続けている。そして俺は毎食それを食べている。いい加減、魚が食べたい。あと最後に……まぁ、これは気が向いたらで良いんだが……本当に嫌なら断ってくれて良いんだが……」


 (せき)を切ったように話し出したグレーゲルだが、急に失速し最後はもにょもにょと言葉尻を濁す。


 最後の依頼はよっぽど頼みづらいものなのだろうか。


 身体を強張らせたユリシアは、ごくりと唾を呑んだ。


「頼む。ラーシュの機嫌を取ってくれ」

「……ん?」


 まるで異国の言葉を聞いたかのように、ユリシアは首をコテンと横に倒した。


 ラーシュの機嫌を取る?誰が?自分が?


 失言はちょくちょくするが、基本的にお日様のようにからから笑うラーシュが不機嫌になるなんて想像つかないし、実際目にしたこともない。


 一体全体、自分の意識が無い間に何が起こったんだろう。


 その疑問はバツが悪そうに語り始めたグレーゲルによって解消されることになる。


「お前が連れ去られた時、アイツはちょっと離れた場所にいた。俺が調査を命じてたからな。そのせいで側近なのに置いてきぼりにされたと拗ねているんだ」

「……は、はぁ」

「確かに間は悪かった。俺もそこは素直に認めた。だが、アイツは意固地に拗ねている。……クソッ、俺だって予言者じゃ無いんだからそんなもん知るか」


 なるほど。想像の斜め上を行く展開だったが納得した。


 ご機嫌取りの件、率先してやらせてもらおうと、ユリシアは心に誓う。


 とはいえ、その前にグレーゲルに物申したいことがある。もう今回は心の中で呟くのではなく、がっつり声に出して言わせてもらおう。


「ラーシュさんの件は慎んでお受けします。私にお任せください。でもその前に、拗ねたのはラーシュさんだけですか?グレーゲルは、もっと他に気遣いを要する人がいるかと思いますが、そちらは大丈夫なんでしょうか?」

「すまない……もっと具体的に言ってくれ」

「ですからっ。シャリスタンさんには、ちゃんと誤解を生まないようお話しされましたか!?」


 これまでずっと口にできなかったせいで無駄に力んでしまったが、ここでやっと口にすることができた。


 ちょっとスッキリした。でも逆にグレーゲルは、自分のもやもやを抱えてしまったように鬱々とした表情になっている。


「おい、なんで俺がアイツに話をしないといけないんだ?誤解なんてするなら勝手にさせておけば良いじゃないか」

「なっ」


 とんでもない俺様発言にユリシアは目を見張る。


「ダメですよ!拗れたら、本当に嫌われちゃいますよ!?小さな積み重ねが、いつか大きな破綻を招いてしまうかもしれないんですからっ。面倒臭がらず、ちゃんと言葉で伝えてあげてくださいっ。シャリスタンさんのこと、想っているだけじゃ気持ちは伝わりませんよ!?」

 

 ああ、言葉に出してみると、好きな人のために他の女性の仲を取り持つことがこんなにも苦しいなんてとユリシアは涙目になる。


 しかしグレーゲルは反省するどころか、ぞっとするほど冷たい目をしてこう言った。


「それで?」

「それでって。あの……つまり、その……」


 なんか失言しちゃったことは理解できたが、それが何かわからないユリシアはモジモジする。


 でも、ずっと密着し続けているグレーゲルはそれを許さない。顎を掴まれた。視線を逸らそうとしても、どこまでも追ってくる。


 しかも問いかけてきたくせに何故か「言えるものなら言ってみろ」と凄まれ、ユリシアはどうして良いのかわからない。


 ーー待つこと数十秒。


 結局、グレーゲルの気迫に押され、ユリシアは口を開くことを選んだ。


「グレーゲルはシャリスタンさんと道ならぬ恋をしているんじゃないのですか?」

「はははっ」


 ぼそぼそと尋ねた瞬間、グレーゲルは笑ったが、目はこれっぽっちも笑っていなかった。

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