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隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る  作者: 当麻月菜
初めまして、血濡れの大公様 ※安全な距離を保ちつつ
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 ユリシアの素早い判断が功を成したようで、美女と美男子は二人の世界に入ったまま。


「ちょっと離して!こっちに来ないでっ」

「いい加減にしろ。いいからこっちに来い!本気で怒るぞっ」

「好きにすれば良いじゃないっ。とにかく離してっ。汚らわしい」


 美男子に肩を掴まれたシャリスタンと呼ばれた美女は、いやいやと身体全部を使って彼の手を振りほどく。しかし振りほどかれた美男子は懲りずにまたシャリスタンに手を伸ばす。


 美男美女が繰り広げる痴話喧嘩は更に激しさを増し、とうとう美男子はシャリスタンを抱き締めた。


(おおっと、朝からお熱いことで)


 きっとこれから二人は仲直りの抱擁をして、真夏の一時を過ごすのだろう。


 そんな濡れ場を覗き見する趣味は無いユリシアは、そそそそっと足音を立てぬよう別邸に戻る。


 部屋に入ってガラス扉を閉めたあと、チラッとそこを見れば美男美女は変わらず抱き合っていた。


「バレなかった。良かった良かった」


 お互い気づかれたら傷を残す結果となっていただろう。


 とはいっても、そもそも自分のテリトリーに入ってきたのは美男美女の方。なぜ自分がそこまで気を使わなければと思ってしまうが、恋に溺れる二人にそんなことを言っても無駄である。


 ───というのは置いておいて。


「......それにしても超絶カッコ良かった」


 黒髪の美男子はシャツに帯剣。肩に上着を引っかけた姿だった。たぶん熊ゴリラ邸の騎士なのだろう。


 対して碧眼美女シャリスタンは、胸元が大きく開いたハイウエストのドレス姿だった。


 リンヒニア国の衣装はハイウエストが主流だ。そして遠目で見ても高価なもの。おそらく彼女は、どこかのご令嬢だろう。


 それらを合わせて推測すると、身分差のある二人はちょっと痴話喧嘩して、こんな離れまでやって来たということだ。


 いや、もしかしたら美しい容姿の二人を羨む熊ゴリラ大公に隠れて交際しているのかもしれない。


 熊ゴリラが他人の容姿に嫉妬するほどの知性があるのかは不明であるが、そう考えれば大変しっくりくる。


「難儀だなぁ......でも二人とも、がんば」


 シャッとカーテンを閉めながら、ユリシアは美男美女にエールを送る。どうか熊ゴリラに負けないで、と。


 そんなふうに人知れずお節介を焼くユリシアであるが、この後、美男子とまさかの再会をすることになるとは夢にも思わなかった。





 ───それから数日経った雪が舞い散る、とある日の午後。


 ユリシアは別宅の居間で、ソファに腰掛けながら読書に勤しんでいる。左右に侍女二人を従えて。 


「ユリシア様、本日はお庭でお茶をなさいませんか?魔法石を敷き詰めておりますので、コートは必要ございません」

「あ、ユリシア様、それが気乗りしないのでしたら、本邸には大きな図書室がございます。きっとお気に召す本が沢山あると思いますので、よろしければそちらに行かれませんか?」


 にこにこと笑う侍女二人───モネリとアネリーの眼は言葉とは裏腹に鬼気迫っている。


 しかしユリシアは、にこっと微笑み首を横に振る。


「ううん、いいの。私、ここで過ごすのが好きなの。いつか、もしかして、万が一、行きたいと思った時は、私から声を掛けるからその時は付き合ってくださいね」


 ”いつか”も”もしかして”も”万が一”も間違いなく一生無いけれど、はっきり言ってしまえば角が立つ。


 だからユリシアは「素敵な提案をしてくれてありがとう」と付け加えて、笑みを深くする。


 そうすれば、侍女二人はあからさまに落胆した表情を浮かべた。


(ごめん、本当にごめんね。謝るから!だからお願い……そんな顔しないでっ。私はただ寿命を伸ばしたいだけなの!!)


 さすがにそんなあからさまな事は言えないユリシアは、侍女の物言いたげな視線から逃れるように本に目を落とす。


 読んでいるのはアネリー曰く、現在トオン領で大ブームの恋愛小説。


 婚約者とは気付かず一目ぼれをしてしまう女性が、一人ワタワタしたり落ち込んだり発狂したりするお話。


 読んでいるこっちは、恋した相手が誰だかわかっているので、もうページをめくる度にイライラする。でも最後が気になる為、読まないという気にはなれない。要は面白い。


(まったく、男は主人公がベタ惚れしてるのわかってるんだから「僕が婚約者なんだよ」って言ってあげればいいのに。もったいぶってばかり。この男、絶対に性格悪い)


 突然だがユリシアは、若い男が好きじゃない。


 それはガラン家の本邸に引き取られてから、義理の兄であるアルダードにこれでもかという程、嫌がらせを受けてきたから。


 でもやっぱり小説自体は面白いので、ヒーローに悪態を吐きながらもページをめくる手は止めない。


 一心に本を読みふけるユリシアを見て、侍女二人は説得するのを諦めてくれた。落胆した表情をなんとか打ち消して、いそいそとお茶を淹れ直してくれる。嬉しいけれど、こんなに優しくされると良心が痛む。


(まぁ……あと半月この状態をキープして、それからちょっとずつ行動範囲を広げてみよう)


 別段引きこもり生活をすることに苦痛は感じていないが、こう毎日侍女達のがっかりした姿を見たくは無い。自分が動いて二人が笑顔になってくれるなら、お安いものだ。


 ユリシアは、ページをめくりながら今後の算段を練る。


 簡単そうに見えて、なかなか難しいミッションではある。だがやれる範囲で頑張ろうと心に誓う。と、その時。


 ───……コン、コン。


「ユリシア様、少しよろしいでしょうか?」


 扉越しに声を掛けられユリシアがどうぞと答えると、侍女の一人モネリが扉を開けた。


 居間に入ってきたのは執事のブランだった。


 随分と急いで来たのだろう。いつも後ろに撫で付けいる前髪の一部が額に流れている。よく見れば寒い季節なのに、じんわりと汗もかいている。


「お茶飲みますか?」

「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけで」


 ティーカップを軽く揺らしながら問うたユリシアに、ブランは慇懃に頭を下げる。


 しかしすぐに顔を上げて、口を開いた。


「大公閣下が北山での魔物討伐を終え、今しがた屋敷にお戻りなりました。そして、ユリシア様に至急会いたいとのことです」


 ─── カチャン。


 ブランが言い終えた途端、部屋に不快な音が響く。ユリシアが手に持っていたティーカップを滑り落したのだ。


「……ブ……ブランさん、今……何て?」

「閣下がユリシア様に至急お会いしたいそうです」


「や」

(やだ!!)


 うっかり本音を口にしようとしたユリシアだったが、寸前のところで唇を引き結ぶ。


 しかし拒みたい気持ちは隠しようが無く、無意識に首が左右に動いてしまっていた。

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