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隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る  作者: 当麻月菜
ポンコツ愛と狂愛の戦い※またの名を【口付け事件】

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3

「ーーだが、俺は血生臭いことは好きじゃない」


 少し間を置いて、グレーゲルは真っすぐアルダードを見て言った。


 血濡れの大公とは思えない発言ではあるが、姑息な手段を使ってユリシアを手に入れようとしたアルダードと同じ土俵に立つ気は無いと暗に宣言している。


 とはいえ、これで終わらせるつもりはない。


 愛し方は違えど同じ女性を求めた相手なら、権力や暴力で潰すより、より効果的な方法がある。


 そんなわけでグレーゲルはアルダードに背を向けると、ユリシアが横たわるソファにどかりと腰を下ろした。


 ちなみに着席した場所はユリシアの頭側。グレーゲルはそっとユリシアの頭を持ち上げると、そこに身体を素早く移動させる。まぁつまり、これ見よがしに膝枕をしたわけで。


 当然アルダードは、独占欲を露わにして喚き立てる。

 

 そんな彼に向かって、グレーゲルは余裕綽々な笑みを浮かべて口を開いた。


「ここはリンヒニア国。ならお前の言う通り、お上品に話し合いのテーブルに付いて白黒はっきりさせようじゃないか」

 

 言うが早いかグレーゲルは指を鳴らして、強制的にアルダードを壁から剥がすとソファの前に跪かせる。


 魔力で造られた金の鎖は、拘束した相手を意のままに操ることができるのだ。


「良い眺めだろう?」


 より間近でユリシアと自分を見せつけたグレーゲルは、ニヤニヤと意地悪く笑う。


 ちなみにユリシアは疲弊しきっていて、意識が朦朧としており、されるがままだ。 


「……貴様っ」


 ギリッと奥歯を噛み締める音と共に、アルダードが呻くと、グレーゲルはシャンパンピンクの髪を一房取ると、愛おしそうにそこに口付けを落とす。


「俺は自分の掌中にあるものは、とことん大事にする主義だ。当然、自ら壊すような愚行はしないし、逆に誰かが手を出そうとするなら容赦はしない。お前は、そんな俺の婚約者を傷付けた。八つ裂きにしても足りないくらいだ」


 そっとユリシアの髪を撫でながらグレーゲルは語りだす。手つきはどこまでも優しいが、口調は怒りを隠そうとすらしていない。


 しかしよく聞けば、その声音に憐憫が滲んでいた。


「でもなぁ俺は、お前に少し同情している」

「……っ……なっ、なにを」

「お前は愛されてこなかったんだろう?」

「っ!!」


 恐ろしいほど穏やかに問い掛けられたアルダードは、血の気の引いた顔で息を呑む。


「可愛そうな奴だな。愛されたことがないから、人の愛し方を知らない。……なぁ、アルダード君、君はユリシアから向けられた言葉で心が満たされたことはあるかい?彼女に微笑まれて、心臓を鷲掴みにされた気持ちになったことはあるかい?」


 ーーはんっ。あるわけないよな。


 グレーゲルは、最後の一文を言い終えるとユリシアに視線を落とした。


「俺は、ある」

「……くっ」


 怒りに震えるアルダードは、一度だってユリシアからそんなことをされたことはなかった。


 いつも自分ばかりが彼女を求めていた。


 笑みを向けられたことも、優しい言葉をかけてもらったことも記憶をどれだけ手繰っても見つからない。


 向けられるのは、怯えと侮蔑が混ざった視線と、弱々しくそれでいてそっけない返事だけ。


 悔しかった。歯がゆかった。


 これだけ愛しているというのに、たった数か月でユリシアから自分が渇望している全てを手に入れた男がアルダードは憎くて憎くて堪らなかった。


 人と人とは合わせ鏡のようなものだ。


 相手に親切にすれば優しさが返ってくる。誠意をもって接すれば、信頼を得ることができる。反対に傷付ける言動をすれば、相手は攻撃的になる。


 だからこそ、自分がされて嫌なことは相手にしてはいけない。自分の価値観を他人に押し付けてはいけない。むやみに人を疑ってはいけない。騙すような真似はしてはいけないと親は子供に聡し、教える。


 それは法や規律を学ぶ前に覚える人間としての最低限のルールーーまたの名を道徳という。


 アルダードは両親から大切なそれらを教えられることなく、大人になった。


 ただ彼がユリシアにした最低の行いは、両親のせいにするのは言い訳でしかない。


 なぜならアルダードは、大人になるまでに沢山の人と関わって来た。欠けてしまっているそれを埋める機会はあったはずだ。


 しかし彼は自ら気付きながらも、己を変えることはしなかった。そのほうが楽だったから。


 己の私利私欲の為に利用できるなら良い人。使い勝手がわるく関わっても何の得にもならなければ悪い人。


 そんな利己的な考え方は侯爵家嫡男という立ち位置にも助けられ、アルダードは今日までその考え方を貫いてきた。


 でも今、憎き恋敵から指摘された。悔しいほどに的確に。


「ーー仕方がないじゃないか。そうやれば絶対に手に入れられると思ったんだから……。私は間違ってなんかいない……私は正しい。悪いのは私じゃない……思い通りに動かないユリシアが悪いんだ。私の言うことを聞かないから……私だって笑いかけてくれれば、笑ってやるさ……愛想よくするなら、私だって優しい言葉くらいかけてやった。ユリシアが悪い……私は悪くない」


 ブツブツと自分勝手なことを呟くアルダードに、グレーゲルは冷たい視線を向け、ゆっくりと辺りを見渡した。


「こんな鉄格子ごときで、ユリシアを捕らえることができると思ったのか……馬鹿め」


 グレーゲルは吐き捨てると、掌を窓へとかざした。一瞬にして窓にはめられていた鉄格子が凍り付く。


「お前はとことんクズだな。見ろ、こんなもの何の意味も無い」

「やめろっ。それに触るな!!」


 アルダードは、まるでお気に入りのおもちゃを奪われたように悲痛な声を上げる。


 しかしグレーゲルは、表情を一切変えることなくギュッと拳を握った。


 ーーバリンッ。


 粉々に砕け散った鉄格子と共に、耳がつんざく程の大きな破壊音が部屋中に響いた。すぐにこの世の終わりのようなアルダードの叫び声が重なる。


 そんな中、これまで気を失っていたユリシアが、もぞっと身じろぎをした。


「……ん、あ……私」

「ああ、悪い。起こしてしまったか」


 我を失い奇声を発するアルダードのことなど至極どうでも良いと言った感じでユリシアに視線を落としたグレーゲルは、申し訳なさそうに眉を下げた。


「すぐに帰るから、寝てろ」

「……帰る」

「そうだ。一緒に帰るんだ」


 ぼんやりとしたままグレーゲルを見上げたユリシアは「はい」と言った後、ふにゃりと笑った。

 

 グレーゲルに全てを委ねるような安心しきった笑みを、喉が壊れるほど叫び続けていたアルダードはしっかりと視界に納めていた。


「……っ……ぅうぁぁぁあああああ!!」


 床に身体を押し付けながら再び叫び声を上げたアルダードは、自分が完膚なきまでに異国の男に叩きのめされたことを知った。


 とどのつまりグレーゲルは剣を抜くことも無く、罪人に制裁を与えたのだ。


 先ほど宣言した通り、リンヒニア国の流儀に則ったやり方で。





「ーーさて、帰るか」


 顔をくしゃくしゃにして幼子に戻ったように泣くアルダードを一瞥してからグレーゲルは言った。


 その声は疲労感は無い。でも一仕事終えた充実感はなく、ただただ大事な用事を思い出したかのように急いている。


 そりゃあまぁ、あまり帰宅が遅ければシェフが厨房を破壊するかもしれないし、侍女二人が別邸をメチャクチャにするかもしれない。だから一刻も早く帰宅しないといけない。


 というのは建前で自分の「帰る」の一言でユリシアから無邪気な笑みを向けられたのだ。早急に帰宅するのが、惚れた女に対する礼儀だろう。


 とはいえ、まだやることがある。


「エイダン、これ(アルダード)を城に持って帰れ」

「えー」


 被せるように不満げな声を出す王太子の気持ちはわからなくもない。国王陛下だって、要らん土産を持ってくるなとうんざりするだろう。


 でも、これには理由がある。


「コイツは、今はこうだけれど、相当リンヒニアの内情を知っている。交渉ネタを引き出せば王女を取り戻すことができる」

「あ!」


 協定の証として差し出さなければならなかった王女は、エイダンの二つ年下の妹でもある。


 この機を逃せば、一生王女はマルグルスの地を踏むことはできないだろう。


「おそらく今なら手緩いやり方で色々吐いてくれるはずだ。前後の言い訳はお前に任せる」

「うん!任せて!そういうのは得意だから」


 迷惑顔から一変して意気軒昂するエイダンは、アルダードの元に駆け寄ると項垂れている彼の襟をガシッと掴む。


「じゃあ僕はお先に失礼するね。ゲルたちも、ここの屋敷の人達が来る前に帰った方が良いよ」

「わかってる」


 長居する気など最初から毛頭なかったグレーゲルは、軽く頷いて自分も早々にリールストン邸に戻ろうとユリシアをそっと抱き上げようとした。が、


「ちょっとお待ちくださいっ」


 ここで場の空気を読まず、挙手をする者がいた。


 ついさっきまでアルダードと取っ組み合いの喧嘩の末、床で伸びていたフリーシアである。


 しかしピンと揃えた指先。相手の表情を伺う謙虚さ。それでいて何かを決心した硬い表情。眼差しなど怖いくらいに真っ直ぐだ。


 常に上から目線で傲慢な態度を貫いていたからこそ、彼女の変化がすぐにわかった。


「あ、あのっ。わたくしをどうかマルグルスにお連れ下さい!」


 流石にフリーシアが何を発言するのかは予測はできなかったグレーゲルは、瞬時に眉間に皺を刻む。


 でもフリーシアは持ち前の猛進さで、言葉を続けた。


「わたくし、必ず皆さまのお役に立ちます!わたくしの全てを賭けてこの男がどれだけの悪事を重ねていたか証明してみせますっ。ですので、どうかわたくしも一緒に連れて行ってください!お願い申し上げます!!」


 ……最後は土下座までかましてみせたフリーシアに、グレーゲルはジロッとシャリスタンを見る。


「お前、こいつに何をした?」

「うふふふふふふっ」


 花のような笑みを浮かべるシャリスタンの目は、百戦錬磨の調教師のそれ。


「……したんだな」

「ふふっ、うふふっ」


 グレーゲルが一つの結論に辿り着けば、シャリスタンは可憐な笑い声で応える。


 とどのつまり、なんかやった。人格を再構築する何かをやった。でもグレーゲルは、わざわざどんなことをしたのかなど聞きたくも無い。


 ただただ今後一生、ユリシアにこの魔の手が伸びないよう必死に食い止めるだけだ。


 などと考えつつ、グレーゲルはユリシアを抱き上げシャリスタンと距離を取る。


 ちなみにエイダンはフリーシアがどんな存在なのか詳しくは知らない。だから縋りつかんばかりの勢いで懇願する彼女をどうして良いのかわからない。


「ね、ねぇ……ゲル。このお嬢さん、どうしよう」

「大丈夫よ、殿下。一緒に連れて行っておあげなさい」

「えっでも……」


 なぜかグレーゲルに代わって返答したシャリスタンは膝を折ると、目を細めて床に両手を付いているフリーシアの頬に手を添えた。


「フー、ちゃんと良い子にできるわよね?」

「はい!もちろんですわ。お姐さま」

「いい子ね。わたくしが傍に居なくても、殿下のお役に立つのよ」

「お任せください」

「ふふっ、お利口さん」


 よく訓練された犬を褒めるように、シャリスタンはフリーシアの頬をひと撫でする。


 すぐさま蕩けるような笑みを浮かべるフリーシアから、エイダンはそっと目を逸らして、踵を床に打ち鳴らし魔法陣を描く。


 対してグレーゲルは、どうやらシャリスタンはリールストン邸にくっついて来る気満々だということを察しーー


「エイダン。悪いが一人追加だ」

「ちょっと!それはないでしょ!?」


 ぎょっと目を剥くシャリスタンだが次の瞬間、グレーゲルに背中を突き飛ばされ強制的にエイダンが描いた魔法陣に足を踏み入れた。


 それから「ゲル、あんた覚えておきなさいよ!!」とシャリスタンが捨て台詞を吐いたと同時に、アルダードを含めた4人は転移魔法によって一足先にマルグルスに戻ることになった。

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