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隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る  作者: 当麻月菜
くだんの彼女とバッタリ遭遇※またの名を【夜会事件】

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8

 エイダンの話を聞いて、ユリシアはこれから自分は贖罪のために生きなければならないと思った。


 リンヒニア国はマルグルス国に対して犯した罪が重すぎる。リンヒニアの国王は、間違いなく地獄の業火に焼かれるべきだ。灰になることもできず、ずっと中途半端なまま永久に燃やされ続けても文句を言えない過ちを犯した。

 

 そう思うユリシアとて、数ヶ月前まではリンヒニア国の人間だった。


 異国の野蛮な民族が、野蛮な連中と争っているという情報を鵜呑みにしていた。知る術がなかったというのは言い訳だ。無知は罪だ。


 そんな自分にエイダンがなぜこの話をしたのか、聞かなくてもわかる。


 彼は、罪人がマルグルス国に来た意味をちゃんと理解しろと伝えたかったのだ。


「お話しいただきありがとうございました」


 ユリシアはエイダンに向け、深く頭を下げた。


 今日、王太子に会えて良かったと思う。ちゃんと語ってくれて心から感謝している。


「……僕はね、君を責める気は一切ないからね」


 よほど酷い顔をしていたのだろう。苦しそうに笑うエイダンに、ユリシアの良心が痛む。


「そう仰っていただけて、感謝します。でも、」


 一旦、言葉を止めてユリシアは深呼吸をした。次いで背筋を伸ばして、再び口を開く。


「でも私は、この話を一生忘れません。リンヒニアがマルグルスにしたこと、グレーゲルが背負った苦しみと悲しさを、私は深く心に刻みます」

「そうかい」


 軽く頷くエイダンは、もう一度「そうかい」と噛み締めるように呟く。


 ……と言っても、エイダンはユリシアに贖罪を求めているわけじゃない。


 エイダンが一番伝えたかったのは、これだ。


 グレーゲルはそんな経緯があって君を受け入れたけど、今は気持ち悪いくらい君にベタぼれなんだよ、だからいつか他の誰がグレーゲルの過去を語ることがあっても、どうか彼を信じてほしいーーと。


 しかし自ら処刑台に進みそうな顔をしているユリシアに、どう声をかけて良いのかわからない。


 エイダン・フォル・マルグルス御年26。彼は見た目の良さとは裏腹に、実は女の子に大変奥手なのである。


 そんなわけでエイダンは、一番伝えたいことが言えないまま間を繋ぐように、空になったティーカップにお茶を注ぐ。ユリシアの分も同じく。


 コポポッ……とポットから奏でられるメロディは、微妙に哀愁を帯びていて、更にこの場の空気が重くなる。


「あ、あのねユリシア嬢」

「なんでしょう?」

「一本吸って良い?」

「どうぞ」


 ユリシアは微笑み、テーブルの端に置いてあった灰皿をエイダンの前に置く。


 それが合図となってエイダンが懐から葉巻を取り出し、己の魔力で火をつけようとした瞬間ーードアが粉砕したかと思うほど派手な音を立てて開いた。


「おい、誰がユリシアの前で葉巻を吸って良いと言った?」


 不機嫌なんていう言葉じゃ生温いほど、苛立ちを全面にだした声が部屋に響いた。エイダンの口からポロッと葉巻が落ちる。


 もうお気づきかもしれないが、声の主はグレーゲルだった。


 彼はエイダンを一睨みしたあと、最愛の女性に目を向ける。そこには今にも倒れてしまいそうな顔色のユリシアがいた。


「エイダン、お前……ユリシアに何をした?」


 答えなきゃ、殺す。答えても、殺す。


 そんな怒りのオーラを全身に受けたエイダンは半泣きの表情で違うと言いながら首を横に振った。


 心の中で「このタイミングで来るなんてマジかよ!?一番大事なこと言えなかったじゃぁーーーーん!!」と強く叫びながら。


 エイダンの絶体絶命の危機を救ったのは、ユリシアだった。


「……ふぇ……ぅう……ううっ……」


 血を吐くほどの怒りと苦しみの中でもがき、それでも自分を受け入れてくれた人がここにいる。


 その事実だけでユリシアに瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。


「おいっ、何を泣いているんだ!?」


 殺意ムンムンの表情から、ぎょっとした顔に変わったグレーゲルは大股でユリシアの元に近付き肩を抱く。


「……だって……だって……グレーゲルさんが」

「俺か!?俺が何をしたっていうんだ!?」


 濡れた若草色の瞳が自分を責めているように感じて、グレーゲルは死にたくなった。


 いや実際にはユリシアは、罪悪感とか感謝とか他諸々言葉では言い尽くすことができない感情が暴れて感極まってしまっただけ。


 しかし、そんな事実は神様しかわからないし、ここで余計なお節介が入る。


「ーーあのさぁ。さっきユリシアちゃん、シャリスタンとゲルがテラスに出て行ったの……じっと見つめてたよ」

「なんだって!?」


 よりにもよってあの場面を見られていたということかと、グレーゲルは自分の頭を壁でぶん殴りたくなった。


 そんな大公様に、王太子は更に余計なお節介をする。


「……ゲル。今日さぁ、一応君たちの客室用意してたんだけど、使う?」

 

 そっと差し出されたのは、プライベートが保たれる離宮の鍵。


 人の気配があれば休むことができないグレーゲルの為を思って用意したそれだが、今の二人には素晴らしくベストな空間だ。


 グレーゲルは迷わず鍵を受け取った。次いで、えんえん泣き出したユリシアを抱えて踵を床に打ち付ける。


 すぐに金色の魔法陣が浮かび上がり、二人は一瞬にして消えた。





 

「ーーちょっと目を離すと、お前はなんで泣くんだ」


 離宮内のソファにユリシアを座らせたグレーゲルは、心底困り果てた顔で項垂れた。


「ぅう……ご、ごめんなさい」

「謝るな。で、どうして泣いてるんだ?俺が何をしたんだ」

「……ごめんなさい」

「だから、くそっ」


 悪態を吐くグレーゲルに、ユリシアはしゃっくりを上げながら頭を下げる。


 こんな状態でまかり間違っても貴方のせいですだなんて、とてもじゃないけど言えない。とはいえ、エイダンから聞いた話を語るのにも抵抗がある。


「……貴方が優しくて。それが申し訳ないんです」

「はぁ?お前、まさか泣き上戸なのか??」


 それでもなんとか泣いている理由を伝えたら、返って来たのは的外れなもの。


 つまグレーゲルは、ユリシアが慣れない酒を飲んで悪酔いしているのだと思い込んでいるようだ。


 その証拠にグレーゲルは、本日3度目のお父さん臭を出しながらチェストに移動する。そこに用意されている水差しを手に取ると、コップに水を満たしすぐに戻ってくる。


「とりあえず飲め」


 差し出されたグラスを手に取ったユリシアだが、口をつけることはしない。


「……私のこと、殺しても良かったんですよ」

「はぁ!?……っ……エイダン……あの野郎」


 絞り出したユリシアの言葉ででエイダンが何を語ったか察したグレーゲルは、がしがしと頭をかくとユリシアの隣にドサッと座る。


「前にも言ったが、俺は生涯お前を殺さないし傷付けることもしない」

「……でも」

「でもじゃない。くだらんことを言うな。それより風呂にでも入れ。着替えくらいはバスルームに用意してあるから行ってこい」

「……」

「なら、一緒に入るか?」

「お戯れを。お風呂入ってきます」

「……そうか」


 戯れどころか、わりかし本気で言ったグレーゲルの想いは届くわけもなく、ユリシアは素直にバスルームに消えていった。


 そしてパタンと離宮内にあるバスルームの扉が締まった瞬間、二人は同時に思った。


 ーーえ、この流れって泊まるの!?と。


 密室で二人っきり。片や道ならぬ恋をしている相手と。もう片方は挙式が済むまで一線を守らないといけない相手と。


 沈黙すること数秒。ユリシアはバスルームの扉を再び開けた。グレーゲルは勢いよく立ち上がった。


 そして、ほぼ同時に声を上げた。


「駄目ですっ、やっぱ帰りましょう!!」

「風呂は後にしろ。やっぱり帰るぞ!!」


 ユリシアとグレーゲルが出会ってから四ヶ月とちょっと。


 初めて意見が合った二人であるが、それはまかり間違っても互いの心をときめかせるものではなかった。

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