表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る  作者: 当麻月菜
くだんの彼女とバッタリ遭遇※またの名を【夜会事件】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/43

6

 ユリシアは最近、読書にはまっている。ちなみに愛読しているのは、じれじれ展開がてんこもりの恋愛小説ばかり。


 その中で、こんなエピソードがあった。


 道ならぬ恋をしている女性がどうしても恋人の男に会いたくて男装して夜会に紛れ込むというもの。


 勇気を振り絞ったその行動に、男は女性が自分に向ける深い愛を改めて知る。そうして二人は困難を乗り越えハッピーエンド。


 読了後、ユリシアは不覚にも泣いた。


 そんな涙なしでは語れない愛のエピソードが、目の前で繰り広げられている。


 ……いや、実際はどうしてもユリシアを口説きたいシャリスタンが禁じ手(男装)を使って、夜会に潜入しているだけ。


 そしてグレーゲルは、そんなシャリスタンの底意地を見せつけられ、彼もまた本気(ガチ)モードで応対しようとしているのだ。


 でも火花を散らす二人を見てもユリシアの目には、熱く見つめ合っているようにしか見えない。なぜならこの二人、無駄に顔の造りが良いもので。




「ーー踊っては……いただけないでしょうか?」


 寂しそうな顔をしてシャリスタンに手を差し出されたユリシアは、慌ててグレーゲルの背後に隠れた。


 そして大きな背中をぐいぐい押す。


「グレーゲルさん、ご指名です。踊ってあげてください」

「……おい」


 海をも凍らせるようなグレーゲルの冷たい声に、ユリシアは半泣きになりながらも絶対に引かない。


「だ、だ、だって、ダンスを誘われたらお受けするのが、マ、マ、マナーじゃないですかっ」

「急にリンヒニア国の流儀を押し付けるな」

「ち、違います。これは人としてのマナーですっ」

「……お前やっぱり酒を飲んだんだな」


 グレーゲルは再びお父さん臭を出す。眉間は、これ以上無いほどに深い皺が刻まれている。


 ちなみに男装しているシャリスタンも、露骨に嫌だと顔に出している。でも不幸にもグレーゲルの背が大きすぎてユリシアの視界に入らない。


「と、とにかく踊ってあげてくださいっ」

「だから何で俺が!とりあえず水を飲めっ。だいたいお前を一人にしたらロクなことが無いんだからーー」

「いーえ、大丈夫です!!」


 ユリシアはごねまくるグレーゲルを一喝して、ある方向を指差した。そこには何事かと駆け寄ってくる王太子エイダンの姿があった。


「一人にしたらと仰いましたが、わたくし先ほどの件をきちんと殿下にお詫び申し上げたいので、一人にはなりません。では、失礼」


 ユリシアは早口で言い捨てると、パタパタとエイダンの元に駆け寄る。


 残された二人ーーシャリスタンとグレーゲルは互いを見て、舌打ちした。 


「……ちっ、あんたシアに何を吹き込んだの?」

「馬鹿を言うな。貴様の名前など一言も言ってない。あと馴れ馴れしくシアと呼ぶな」


 この殺伐とした会話を是非ともユリシアに聞いて欲しいところ。


 だがユリシアは有言実行でエイダンに本気で登場から葉巻の件に至るまで謝罪をしている。


「私、あんたとなんか絶対に踊らないから」

「当たり前だ。腕が腐る」

「それはこっちの台詞よっ」


 子供の喧嘩のような言い争いをしても、グレーゲルはシャリスタンの元から去らない。


「で、お前にちょっと話がある」

「はぁ?シアの代わりに他の女を宛がうから我慢しろとか、まだ処理しきれていない女をなんとかしてほしいとかそういう話なら斬り捨てるわよ。アソコを」

「下品なことを言うな。そうじゃない。ちょっとお前の意見を聞きたくってな」

「……ふぅーん」


 解せないとは思いつつ、シャリスタンは断わることはしない。


 今のグレーゲルの表情は鬱陶しい害獣を追い払う顔ではなく、敵陣をどう潰すか策を練る軍師のそれ。


「わかったわ。あっちに行きましょう」


 ただならぬ何かを感じたシャリスタンは、顎でテラスを示す。


 グレーゲルは無言でそこに向かって歩き出した。





 テラスに出たグレーゲルとシャリスタンはそのまま階段を降りて庭園に入る。


 魔法石を敷き詰めた庭には季節外れの薔薇が美しく咲いている。


 時折吹く風が薔薇の花びらを舞い上がらせ、甘い香りをそこかしこに漂わせるが、二人は気に留めることすらせず立ち止まった。



「ーーこの辺りで良いわよね」

「ああ」


 夜会の最中、庭園は年頃の男女の憩いの場であるが幸い人気は無かった。


「で、どんな意見を聞きたいわけ?」


 くいっと器用に片方の眉を上げて率直に問うたシャリスタンに、グレーゲルはぐしゃっと前髪をかき上げながら口を開く。


「暴虐の限りを尽くした相手に対して、憎しみ以外に別の感情があるとすれば何だ?」

「はぁああ?」


 心底理解できないと言った感じで間抜けな声を出すシャリスタンだが、グレーゲルがあまりに真剣な顔つきなので一応真面目に答えてみる。


「そうね……まぁ、暴力をふるった側がイカレてて、虐める相手をモノとしてしか見ていないか……あとは、まぁ歪んだ執着とか?……って、ゲル!あんたまさかわたくしのシアにっ」

「勝手な予測で俺の胸倉を掴むな。あと、ユリシアはお前のものじゃない!」


 乱暴にタイを掴んでいるシャリスタンの手を剥がして、グレーゲルは怒鳴りつける。

 

 だが直ぐに顎に手を当て、思案に暮れる。


 グレーゲルは、既に知っている。ユリシアが葉巻を嫌がる理由も、出来損ないと言われ激怒した経緯も。


 そしてついさっきその元凶ーーアルダードと顔を合わせた。


 一目見た瞬間から、いけ好かない奴だと思った。もっとはっきり言ってしまえば、自らの手で殺してやりたかった。


 だがしかし、殺す前にユリシアがどれだけ完璧な淑女なのかを見せつけてやりたかった。自分の傍にいれば、彼女がどれだけ伸び伸びと過ごせるのか思い知らせてやりたかった。


 側近のラーシュはその意図を汲んで、すぐにはアルダードを会場から摘まみだすことはしなかった。


 ……ただ、ダンス曲に合わせてユリシアをリードしている最中、憎悪を滾らせる奴の顔を見て違和感を覚えた。


(なぜコイツは、傷付いた顔をしているのだ)


 顔つきこそ違うが、その表情を自分も最近浮かべたことがある。


 ユリシアを見つめていたアルダードの顔は間違いなくーー嫉妬の表情だった。


「……いっそ、金づると思ってくれた方がまだマシだ」


 グレーゲルは、苦々しい顔で吐き捨てる。


 アルダードが徹底的にユリシアを出来損ないに仕立て上げたのは、平民の血を見下したいからとか、行き場のないストレスを発散するためとか、そういう理由じゃ無い場合、考えられるのは一つしか無い。


 狂愛と呼ぶべき、歪んだ愛情だ。


 だがしかし幾つか疑問は残る。


 ならなぜユリシアをこのマルグルス国に差し出したのか。しかも血濡れの大公という二つ名を持つ自分の元へ。


 またなぜ今日、この夜会に参加できたのか。一年を締めくくる大規模な夜会であるが、招待されることがなければ、王城へ立ち入ることはできない。


 ……と、ここでグレーゲルははっと何かに気付いてシャリスタンに声をかけた。


「お前、今日、どうやってここに潜入したんだ?エイダンには絶対に入れるなと言っておいたはずだ」

「あー、それで門番に止められたのね、わたくし」


 悪びれる様子もなく答えたシャリスタンを見て、強行突破したことを理解した。


「……お前に聞いた俺が馬鹿だった」

「なによそれ。だんまりかと思えば訳の分からない質問をして、最後に悪態!?あんたこの性格でよくシアが婚約を同意したわね。どんな脅しをしたの?」

「ふざけるな。あいつは、嫌な顔一つせず受け入れてくれた……ああ、受け入れてくれたさ」

「へぇ」


 ちょっと嘘を吐いたグレーゲルにシャリスタンは半目になる。


「まぁ、俺らの婚約については口を挟むな。それよりシアのことで調べて欲しいことがある」

「ん?なあに?」

 

 情報収集はグレーゲルより腕が立つシャリスタンは二つ返事で引き受けようとしている。だが、その瞳には下心がありありと見える。


「余計なことまで調べるなよ。シアに嫌われたくないなら」

「……わかってるわよ」


 図星を刺されたシャリスタンは膨れっ面になりながら、グレーゲルに「で、何を調べるの?」と、続きを促す。


 グレーゲルは声量を落として、端的に幾つかの調査事項を伝えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ