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隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る  作者: 当麻月菜
貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、超歓迎ムードに引いてます
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 グレーゲル・フォル・リールストンは齢28で魔法大国マルグルスの国王陛下の甥であり、トオン領の領主であり、超名門リールストン家の当主である。


 そんな御大層な肩書を持っている彼であるが、それよりもっとインパクト大な二つ名がある。


”血濡れの大公閣下”

”血に飢えた大公閣下”

”悪魔の申し子大公閣下”

”生き血を啜る大公閣下”


 先の戦争で功績を上げた彼は、そう呼ばれるようになった。


 一体どれだけ残虐な行為をして、どんだけ大きな死体の山を築いたのか聞いてみたいところであるが、ただ尋ねたところで答えを聞く前に首を撥ねられるであろう。


 とはいえ古今東西、玉の輿に乗りたい女性はごまんといる。


 たとえここが北の最果てであろうとも、夫が血に飢えた男であろうとも。


 だって相手は国王陛下の甥なのだ。唸るほど金を持っている。妻になればそれ相応の贅沢な暮らしはできるはずだし、そんなお方のお屋敷なら寒さで凍える必要もない。


 なのにグレーゲルは未婚である。


 そりゃあ更なる繁栄を求めて娘を差し出した途端に殺されるかもしれないのだから、易々と縁談が舞い込むことはないだろう。


 でも腐っても王族。性根の腐った貴族はそれこそどこにだっている。娘の命と引き換えにしたって構わないと思う親がいることは否定できない。


 しつこいが......でもグレーゲルはいい年して未婚である。大変不思議である。摩訶不思議である。


 だからユリシアはこう考えている。


 リールストン大公様は、人ではない。熊とゴリラを足して二で割った容姿なのだ、と。人ならざるものだから、どんなに金と権力があっても身を固めることはできないのだと。






「───ユリシア様、もうすぐお部屋に到着でございます」


 つらつらとまだ見ぬ熊ゴリラ大公閣下のお姿を想像していても、ユリシアの足は止まらない。先頭を歩くブランの後をせっせと歩く。......だがしかし、


(私、どこに連れていかれるの??)


 豪華絢爛の玄関ホールで度肝を抜かれて早十数分。ユリシアはずっと歩きっぱなしだ。


 そりゃあリールストン邸は馬鹿でかい。ガラン邸も名門貴族だけあってかなり大きな邸宅ではあったけれど、そんな比じゃない。もはやここは城レベル。


 そんな巨大な邸宅を自分はなぜか素通りして、中庭を通りすぎて、長い長い回廊を歩かされている。......嫌な予感しかしない。


「......あの」

「はい、なんでしょう」


 ユリシアがおずおずと声を掛ければ、前を歩くブランはピタリと足を止めて振り返ってくれた。その表情は穏やかで、気遣う様子すらうかがえる。やっぱり良い人だ。


 しかし相手は熊ゴリラ大公の執事。油断は禁物だ。


「失礼を承知で伺いますが、私はどこに向かっているのでしょうか?」


 願わくば牢屋ではないことを祈りたい。


 そんなニュアンスを込めて尋ねれば、ブランはきょとんとした。


「ユリシア様が当分の間過ごすお部屋にございます」


 曖昧な返答に、ユリシアはぞくりと悪寒が走る。


 いっそいきなり投獄はひどくない!?と詰め寄りたい衝動にかられる。


 しかし口に出せば、状況は更に悪くなるのは間違い無い。


 だからユリシアは「あ、そうですか」と頷くだけにする。ちょっと涙目になってしまったけれど、北風が目に染みただけ。そう、それだけだ。


 ……と、足を止めてすんと鼻をすするユリシアを、ブランはただ寒いと思ったのだろう。


「今日はいつもより冷えますので、参りましょう。といっても後少しでございます」

「......はい」


 再び歩き出したブランは、ユリシアが歩き疲れたと勘違いしているようで、歩調を緩めてくれる。


 お優しい人だ。良くできた執事だ。急に足取りが重くなったユリシアには、このペースが大変望ましい。ただ選べるなら、このままどこか遠くに行ってしまいたい。


 などとユリシアが歩きながら悲観的なことを考えている間に回廊は途切れ、目の前に広い空間と一つの建物が飛び込んできた。


 すぐさま死んだ目をしたユリシアの瞳が、ぱああっと輝いた。


「すごいっ」

「お気に召されたようで光栄です」


 慇懃に礼を取るブランに軽く会釈をしてからユリシアは、眼前にある建物に駆け寄った。


「素敵!最高!」


 華美を押さえたこじんまりとした建物は、レンガ造りの温かみがあるもの。何より、かつて両親と過ごした別邸によく似ている。とんがり屋根のてっぺんにある風見鶏なんて瓜二つだ。


 そんなわけで感極まったユリシアは、ここが熊ゴリラの屋敷ということをうっかり忘れ、はしゃいだ声を出してしまった。

  

 しかし、すぐに我に返る。


「......お見苦しいものを見せてしまい、申し訳ありません」

「とんでもありません。まるで天使のように可愛らしいお姿でした」


 茶目っ気のあるブランの言葉が、「近い内に本当に天使に連れていかれるぞ」と言われているようで怖くてならない。


「以後、気を付けます」

「いえ、そのようなことは仰らないでください。どうぞご自由にお過ごしください」

「......ははは」


 命の保証が無いのに天真爛漫に振る舞えと言われても、それは無茶ぶりでしかない。


「お寒いですよね。では中に入りましょう。───どうぞ」


 青ざめるユリシアを都合良く受け取ったブランは、手のひらでレンガ造りの建物の玄関を示した後すぐに懐に手をいれて銀色に輝く鍵を取り出した。


「こちらは本来、閣下からユリシア様に手渡さなければならないものですが、本日主は北山の魔物討伐のため留守にしております。ですので、どうぞわたくしめが代理を務めさせていただくことをお許しください」

「あ、はい」


 むしろゴリラ大公と会わずに済んだことに安堵しているユリシアは、素直に鍵を受けとる。


 ただ、ブランの口から大公の名が出た以上、聞いてしまいたいことがある。


「つかぬことを聞きますが、大公閣下はいつごろお戻りに?」

「......その......北山は大変険しく魔物討伐にも時間がかかります。ですので......」

「ですので?」

「ええっと......その......まぁ......あの......」  

「いつお戻りに?」


 目を泳がすブランにぐいっと詰め寄れば、執事は観念した様子で口を開いた。


「一ヶ月ほどです」

「そうですか。教えていただきありがとうございます」


 ブランが拍子抜けするほどあっさり頷いたユリシアは、すぐに足取り軽く玄関扉を開く。


(やった!つまり一ヶ月は、殺されないで済む)


 願わくばそのまま雪山で冬眠するなり、自然界に戻ってほしいと祈りつつ室内に一歩足を踏み入れた。


 とても暖かかった。清潔な香りがした。




 大きく深呼吸してぐるりと辺りを見渡せば、幾つもある大きな窓にはーーどれにも鉄格子が無かった。

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