4
別邸で使用人たちが緊急会議を開いている頃、グレーゲルは一人執務室で打ちひしがれていた。
(……一体、何が悪かったのだろうか)
ユリシアの過去を知らないとはいえ、本人に向かって「出来損ない令嬢」と言うのはデリカシーが無い。
それが悪い、超悪い。
なのだがグレーゲルは、ユリシアが出来損ない令嬢だなんて思っていない。だから、抵抗なく口にしてしまったのだ。
それが自分勝手で、超無神経。
……ということにグレーゲルは薄々気付きつつある。そしてじわじわ自分の発言が取り返しの付かないものだと自覚して、ぶるりと身を震わせた。
加えて今の自分とユリシアは、出会った頃から何も進展が無いことにも気付く。
乱暴にティーカップを叩きつけて部屋を去っていったユリシアは、恐ろしいまでに無の表情だった。いっそ罵倒された方がマシだと思うほど。
ああいう表情をなんていうのか知っている。軽蔑、だ。
「そりゃあ、されるだろう」
グレーゲルは、はぁーっとこの世の終わりのような溜息を吐いた。
いい年して一目惚れをしてしまった自分とは違い、ユリシアは貢ぎ物扱いされトオン領にやって来たのだ。
一応、嫌々ながらも彼女の望むまま契約書は作った。未だに必要価値があるのか疑問だが、捨てずにちゃんと保管している。
でも、それでユリシアが心を開いてくれるかといえば、そうじゃない。
もっと配慮を持つべきだった。愛しいという気持ちが先走りすぎて、彼女の全部を知っているような気持ちになっていた。
実際のところグレーゲルは、ユリシアのことを何も知らない。
好きな食べ物も、好きな色も、何をしたら喜んでくれて、何をあげたら笑顔になってくれるかもさっぱりわからない。
ものすごく知りたいという気持ちは雪山より大きく膨らんでいるが、何も知らないのが現実だ。
「……会って謝らなければ」
机に突っ伏して、グレーゲルは独り言ちる。でも顔を上げることができない。
(あんなに強く拒絶されてしまった今、ユリシアは会ってくれるだろうか)
グレーゲルは国王陛下の甥であり、トオン領の領主であり、超名門リールストン家の当主。
その肩書があるおかげで、グレーゲルは女性関係においていつも上だった。
怒らせても罪悪感を持つことなどなかった。嫌なら去ればいいというスタンスを貫いていた。
あとシャリスタンに押し付ければいつも万事解決だったから、悩む必要など無かった。
そんなこんなで、グレーゲルはただの男としての仲直りのやり方を知らない。しかし、そんなもの言い訳に過ぎない。このまま放置すれば悪い方向にしか進まない。
だからグレーゲルはえいやっと気合を入れて顔を上げた。乱れた前髪を整え、少々乱れた呼吸も整える。
「……行くしかない。やるしかない。最悪、彼女から完全拒絶を受けたって、自分が傷付くだけだ」
と、グレーゲルがぶつぶつと自分自身に言い聞かせながら椅子から立ち上がろうとした瞬間、乱暴に扉が開いた。
とんだ無礼者だと顔を顰めたのは一瞬。扉の取っ手を握ったままブルブル小刻みに震えている人物に、グレーゲルがは釘付けになった。
「えっと……あの……閣下、あの、ええっと……ちょっと顔貸してください!!」
もじもじしながら喧嘩のお誘いとしか思えない台詞を吐いたのは、信じられないことにユリシアだった。
「……ああ。わかった」
恋焦がれる人が自分に会いに来てくれた。
たったそれだけのことなのに、グレーゲルは世界から祝福を受けたような満ち足りた気持ちになった。




