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隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る  作者: 当麻月菜
血濡れの大公様との交渉 ※またの名を【逃亡事件】

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4

 何とか全ての料理を胃に突っ込んだユリシアは現在、大公閣下の執務室兼自室にいる。無論、この部屋の主である彼も一緒に。


 グレーゲルは執務机に着席して、ユリシアはその向かいの椅子に着席している。いわゆる、面談スタイルだ。


 ちなみに椅子の位置は前回よりも執務机に近い。というか座れば膝が机にくっつきそうなほど密着している。


 だからユリシアは現在、グレーゲルに気付かれぬよう椅子を扉側に移動させることに全力を注いでいる。





「─── その辺でやめろ」

「ひぃっ」


 素知らぬフリをしながら椅子を移動させること数分。


 たった指3本分の距離を取っただけでグレーゲルに気付かれてしまい、ユリシアは小さく悲鳴を上げた。彼がとんでもなく不機嫌な顔をしていたから。


 そのためユリシアは、ガタンと音を立てて立ち上がり腰を直角に折った。


 こんなこすい手を使うより、無様と笑われても命乞いをした方が懸命だと気付いたから。


「昨日は大変、申し訳ありませんでした!!」

「……ちょ、ま」

「わたくし、ユリシア・ガランは庭を散歩していたら気付いたら街にいたんです。本当です!」

「お、おいっ」

「結果として逃亡した形となりましたが、そんなつもりじゃなかったんです!」

「と、とりあえず───」 

「本当なんです!!モネリとアネリーさんは良くしてくれるし、別邸の生活は最高ですし、トオン領の皆さんは良い人でっ」


 ───……トン。


 グレーゲルの言葉をビシバシ遮って謝罪の言葉を叫び続けるユリシアだが、彼が机を指で叩いた途端、びくっと身体を震わせた。

 

 彼は大公爵で領主で、国王陛下の甥だ。


 たったそれだけの仕草で人を従わせる力がある。


 あと、ユリシアが切々と語る中に自分のことが何一つ入っていないことが無性に腹が立っていたりもして、威力は普段の5割り増しだったりもする。


「座れ」

「……はい」


 座らなかったら殺される何かを感じて、ユリシアは光の速さで着席した。


「先に言っておく」

「はい」

「昨日の件で責めるつもりはない」

「え?どうして」

「責められたいのか」

「いいえっ」

「なら、この件は二度と口にするな。良いな?」

「ぅあはぁいっ」


 返事というよりは奇声に近いそれだったが、グレーゲルは納得したように一つ頷いた。


 そして、間髪入れずに本題を切り出した。


「早速だが、昨日話した結婚における決めごとに関して今から契約書を作ろうと思う」

「え?……はや」

「何か文句でも?……外の風に当たりながら十分考え事る時間があっただろう?」


 ニヤッと意地悪く笑うグレーゲルに、ユリシアはむぎゅっと渋面になる。


「……」

(自分は昨日のことを蒸し返すんだ!!ズルいっ)


 そう言えたら、どれだけ良いだろう。


 しかしそんなフランクな態度を取るなんて許されないと思い込んでいるユリシアは、ぐっと感情を飲み込んで思考を切り替えた。


 実のところ、ユリシアは外の風に当たって、逃亡して捕まって。それからすったもんだの末、ここにいる。


 つまり、なぁーんにも考えていなかった。


 だから内心、焦っている。こんなに早く交渉の席につくとは思ってもみなかったから。


 でもチャンスは一度きりと焦ってみたものの、よくよく考えれば、自分はそこまで沢山のことを要求する気がなかったことにも気付く。


 要はお飾りの妻になっている間、命の保証と快適な生活を約束してもらいたいだけなのだ。


(それくらいは強欲って言われない……よね??)


 そんな確認をしたくて、チラッとグレーゲルを見る。苛立った彼と目が合って、すぐに後悔した。


「まさか、なにも考えてないなんてことはないよな?」

「ないですよー」


 うっかりフランクな口調で返してしまったユリシアは、自分の失態を誤魔化すようにコホンと小さく咳払いしてから口を開く。


「ではまず、大公閣下にお願いがございます」

「言ってみろ」

「殺さないでください」

「は?」

「ダメですか?」

「……」


 これだけは絶対に譲れない条件だ。


 けれどもグレーゲルは、大袈裟に溜め息を吐く。


「まず最初にそれか?」

「はい。母国から煮ても焼いてもお好きにと言われた私を少しでも哀れと思っていただけるなら、どうか慈悲を」


 形振りかまっていられないユリシアは、母親がたまに父親にやっていた上目遣いを見よう見まねでやってみる。


 すぐさまグレーゲルは口許を片手で覆って横を向いてしまった。


 気持ち悪かったのだろうか。それとも、下手くそすぎて笑いをこらえているのだろうか。


 まぁ、どっちでも良い。とにかく命の保証をもらうのが先決だ。


「閣下……お願いします。身分不相応なことは望みません。これだけ叶えていただけるなら───」

「もういい。黙れ」

「……っ」

「その件は、約束する。君を殺すことはしないし、生涯身の保証は約束する」

「ありがとうございます!あ、あと殴らないで」

「くどい。身の保証を約束すると言った以上、怪我を負わすわけないだろう」


 予想外にもグレーゲルから”生涯”という無期限保証をもらったユリシアは、ぱぁああっと笑顔になる。


 これで正妻の座を退くことがあっても、口止めのために殺されることもないし殴られることもない。ならば、次はこれだ───


「あと、今使わせていただいてます別邸は、これからも使わせていただきたいと思います」

「それは条件付きで許可する。君は私の正妻になる。正式に婚約した際は、君は本邸の部屋に移動してもらう。……なんだ?不満そうだな」


 グレーゲルからギロッと睨まれ、ユリシアはぴゃっと座ったまま跳ねてしまう。


 殺さないという約束をもらっても、彼の醸し出すオーラと血濡れの大公という二つ名のせいで、怖いものは怖いのだ。


 そんな獰猛な肉食獣を前にした小動物のような表情になったユリシアに、グレーゲルはすっと目を細める。


「話し合いの途中だが、君に言っておくことがある。一度しか言わないから、しっかり覚えておけ」

「ひゃいっ」

「変な声を出すな。……まぁ、良い。とにかく聞け。俺は自分の掌中にあるものは、とことん大事にする主義だ。当然、自ら壊すような愚行はしないし、逆に誰かが手を出そうとするなら容赦はしない。わかったか?」


 抽象的すぎて実際のところ、あまりよくわからなかった。


 でも、素直にわからないと言ってはいけない気がして、ユリシアはこくりと頷く。


「……はい」

「よろしい。では、続きを再開しよう」


 そう言ったグレーゲルの耳は、ほんの少しだけ赤かった。


 といっても再開しようと言われたとて、変なタイミングで中断されてしまったユリシアは上手く切り出すことができない。


 もじもじとするユリシアを見て察したグレーゲルは、わざとらしい咳ばらいをしてから口を開く。


「──……別邸の件だが、君に鍵を渡してあるはずだ」

「はい。大事に保管してます」

「ならば、結構。つまりそういうことだ」

「……ん?」


 ついさっきの大公持論といい、どうもこのお方は謎かけのような会話をお好みのようだ。


 でもあいにくユリシアは腹の探り合いをするような会話は得意じゃない。重要なものほどきちんと言葉にしてほしい主義だったりする。


「恐れながら、それってつまりどういうことでしょうか?」

「鍵を持っている者に所有権があるということだ」

「……なるほど」


 嫌々感丸出しではあるが補足してくれたグレーゲルのおかげで、ユリシアはやっと納得することができた。


 グレーゲルはこう言いたかったのだ。


 近い将来、正妻になる婚約者となれば体面上は本邸で過ごさなければならない。だが、昼間は好きなだけ別邸で過ごして良い。


 と、いうことなのだろう。


「大公閣下の寛大なお心に感謝します。では、これからも大切に使わせていただきます」


 ユリシアはここで安堵から、やっと笑みを浮かべることができた。


 ただにこっと笑った途端、グレーゲルは再び口元を片手で覆って横を向く。


 見苦しかったのだろうか。きっとそうだ。だって彼の本命の彼女は絶世の美女だ。くすんだ色の髪と瞳を持っている自分の笑みは、さぞや見苦しいものに違いない。


 でもグレーゲルがはっきりと「不快だ」と口に出して言ってないから謝らない。自分から卑下するような真似はしたくない。それが過酷な環境でも性根が腐ることがなかったユリシアのモットーである。


 ただ今後は、なるべく表情筋を殺しておこうと固く誓う。


「さて、他にあるか?無いなら──」

「あります、あります」

「二回も言わなくて良い」


 まとめに入ろうとしていたグレーゲルを遮って、ユリシアは挙手をする。遮られた大公閣下は不機嫌そうではある。


 だがこちらの要求を吞んでくれた彼の為に、今度は向こうが有利になる条件を出さなくてはならない。


 それが交渉というものだ。片側だけが得をするのは、話し合いとは呼ばない。


「大公閣下、単刀直入に言いますが、私が正妻でいる期限はいつまででしょう?」

「は?」

「ですから、きちんと期限を決めたほうが良いと思うんです。そのほうが……」

「そのほうが?」


 ─── 貴方の本命の彼女が安心すると思うから。


 そう言おうと思ったけれど、本能的に言ってはいけない気がしてユリシアは口をつぐんだ。


 しかしグレーゲルは「最後まで言え」と圧をかけてくる。


「お互いの……いえ、両国のためになるかなっと思いまして……」


 最後に「はははっ」と誤魔化し笑いをしたユリシアに、グレーゲルは眉間を揉んだ。


「あまりに馬鹿すぎる質問に眩暈がした」

「そうでしょうか?」


 心底あきれた口調で言うグレーゲルに、ユリシアは馬鹿と言われたことよりも彼の言動が不思議すぎて首を傾げてしまった。

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