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隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る  作者: 当麻月菜
血濡れの大公様との交渉 ※またの名を【逃亡事件】

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11/43

3

 なし崩しにやらかしてしまった逃亡は、第一発見者のラーシュによって強制連行されるという形で幕を閉じた。


 しかし別邸に戻れば、室内は大惨事で。その主犯格と言えるグレーゲルは、ユリシアに一瞬だけ視線を向けたがそれだけ。ノロノロとした仕草で剣を鞘に戻すと、カツカツと靴音を鳴らしてさっさと本邸に戻って行った。


 その後、使い物にならなくなった部屋を片づけるためにユリシアは一晩本邸の客間に移動を命じられた。


 自分の愛家だから片付けを手伝うと主張したが、本邸からやって来たメイド3人は聞こえないフリをして、ただただ「お願いだから移動して!!」という目で強く訴えるのみ。


 血濡れの大公閣下と同じ屋根の下で過ごす恐怖をわかってほしい。しかも逃亡しちゃったその晩におちおち寝られますか!?下手したら永眠です!


 なんてことを言ったかどうかは、記憶が曖昧でユリシアは覚えていない。


 ただ翌朝、五体満足で目を覚ますことができた。


 朝食がいつもより美味しく感じられた。生きてるって素晴らしいと朝日に拝んでみた。……何やってるの?と言いたげなメイドの視線がちょいと痛かった。


 そんなこんなの出来事を得て、一晩ぶりに別邸に戻ったユリシアは、昼食前のお茶を飲みながら侍女のモネリとアネリーから昨日の惨劇の真相を聞かされた。 








「ええええっーーー?! 昨日、そんなことがあったの!?」


 ソファに半立ちになったユリシアの手にはティーカップがある。それは今にも落ちそうで。


 侍女の一人であるアネリーは、そそっとユリシアからティーカップを取り上げソーサーに戻した。


 それからもう一人の侍女モネリと並んで直角に腰を折る。 


「はいっ。大変申し訳ございませんでした!!」

「はいっ。本当に申し訳ありませんでした!!」


 二人同時に謝罪を受けたユリシアはその勢いに気圧され、なぜか起立した。


「あ、あの……」


 ───そこまで謝ってもらうことじゃないから。


 逆にたった一晩で部屋を元通りにした二人を賞賛したい。なによりそんな惨状になってしまった原因は他ならぬ自分だ。


 だからやっぱり謝罪を受けるのは間違っている。


 そう思って、そう伝えようとしたのだけれど、ユリシアは続きの言葉が出てこない。物理的に二人からタックルをかまされたからだ。


 そして侍女二人に勢いよく飛びつかれたユリシアは豪快にひっくり返った途端、大音量の泣き声を聞く羽目になる。


「うわぁああああーん、ユリシア様、わたくし達のどこが悪かったんですか!?謝りますっ。本当に申し訳ありません!だから居なくなったりしないでくださいっ」

「ふぇえっ。ぐすっ……ぅわぁあーんっ。ユリシア様ぁー。悪いところはちゃんと直しますから!ごめんなさぁい!!」


 侍女は当然女性だ。そして二人とも細身だ。


 しかし二人同時にのしかかられてしまうと、かなり重いし身動きが取れない。しかもぎゅうぎゅう肺とお腹を押してくるものだから息をするのも困難だ。


 今、ユリシアは、悪いところがあったら直すと叫ぶ二人に早急に要求したい。「即刻、離れて」と。


 ─── それから1時間後。


 モネリとアネリーに息も絶え絶えになりながらどいてもらえるよう訴えたユリシアは、やっと自由の身になった。その後、きちんと昨日のことを説明をした。


 庭を歩いていたらうっかりそのまま外に出てしまっただけで、二人が嫌で逃亡したわけじゃないと。


 モネリとアネリーには感謝の気持ちはあっても、不満など何も無いということもしっかり伝えた。


 その結果、侍女二人と距離が縮まり、今度逃亡するなら一緒に行くと約束してくれた。……というより、約束させられた。


 理由はモネリとアネリーの方が断然この土地に詳しいから。あと、万が一野宿をすることになっても、3人くっついて寝れば凍死することはないから……と、いうことで。


 余談であるが、トオン領で最も多い死因は凍死らしい。大公閣下に対する不敬罪での極刑が、ダントツ1位だと思っていたユリシアは大いに驚いた。


 あとモネリとアネリーはお洒落をすることが大好きで、他人の髪をいじったり、似合う服を選ぶのも超が付くほど大好きらしい。


 なので今後のユリシアの身支度は、モネリとアネリーが全面的にやるという謎の約束までさせられてしまった。


 侍女二人に身の回りの世話を焼かれることが嫌かと聞かれたら嫌ではないが、ユリシアは自分の容姿……特に髪と目の色にコンプレックスを持っている。義理の兄であるアルダードにさんざん貶されてきた過去があるせいで。


 というやり取りにがっつり1時間を要したユリシアであるが、現在昼食中である。


 なぜか本邸の食堂で。しかも、グレーゲルと一緒に。






 微かに聞こえるナイフとフォークの音。それとグラスを動かす食器音。


 広い広い食堂でたった二人だけの昼食は、これまで生きてきた中で一番味のしない食事だった。


「───……進んでいないようだが、味が合わないのか?」


 ピタッとグレーゲルの食事をする手が止まったと同時に問い掛けられ、ユリシアは「とんでもないです」と即座に否定した。


 でも心の中では違う言葉を紡いでいる。


(口に合わないんじゃなくて、この空気が私に合わないんです!)


 目の前にある金の縁取りをしたお皿には、表面をパリッと焼いた白身魚のムニエルと根菜のオーブン焼きが添えられている。琥珀色のソースには丁寧に香草のみじん切りまで入っている。


 その向こうにはスライスされた5種類のパンがあり、右から2番目のチーズが練り込んであるパンはユリシアの大好物だ。


 だがしかし、今日に限っては手を伸ばしたいとは思わない。どうしたって「最後の晩餐」という言葉が脳裏にチラついてしまうから。


 そりゃあ今は、昼だ。晩じゃない。でもそれは、さして重要ではない。


 逃亡かました翌日に、突然昼食を共にするよう命じてきたグレーゲルの真意の方が大事なのだ。


 まぁ……ある程度予想はつく。昨日の件を叱責したいのだろう。


(ラーシュさんの嘘つき。大公様は怒ってるしぃー、あなたも騎士辞めてないしぃー)

 

 そんな気持ちから、ユリシアはグレーゲルの背後で護衛に徹している側近を睨み付ける。


 対して睨み付けられた側近は、気まずい表情を浮かべてふいっと目を背けた。


 でもラーシュが目を逸らしても、ユリシアは睨み続けている。


 ユリシアの名誉のために言っておくが、彼女は執念深い性格ではない。ただ、なあなあで終わらそうとする側近が、あまりにズルくて腹を立てているのだ。


 たった一言、”ごめん”と口パクをしてくれたら、それで終わりにしようと思っている。なのにこの側近、絶対に目を合わせないという強い意思しか伝わってこない。


 ユリシアの眦が、ますますつり上がる。だが、ここでカチャンとフォークを乱暴に叩きつける音が食堂に響いた。


「食事に集中しろ」

「……っ」


 低く唸るような声で言われて、ユリシアはぐっと唇を噛む。


(あ、そう)


 どうやら大公閣下は、ラーシュが虐められていると判断したのだろう。そしてあろうことか貢ぎ物である自分を責めている。


(あーらまあ。部下には大変甘いんですねぇー)


 ユリシアは心の中で嫌味を吐く。でも、彼が部下に優しいのは事実だ。


 だって、カーテンに絡まったモネリとアネリーを助けてくれたから。


 あのまま放置していたら、二人は怪我をしていただろう。かなり強引なやり方で、他にやりようはなかったのかと言いたいが。それでも、感謝はしている。……侍女二人に関してだけは。

  

 そうして気付く。


 ユリシアは、自分だけは部外者なのだと。


 でも別にそこに傷付いたりはしない。そんなもんだ。差別するグレーゲルが悪いわけじゃない。他の人たちが良い人すぎるだけなのだ。


 それに今さら悲しい気持ちになったりもしない。ガラン家の本邸に居たときだって、そんな扱いだった。自分勝手に呼び寄せておきながら、自分勝手に邪魔者扱いをする。自分勝手極まり無い仕打ちはなれっこだ。


 何より、そもそも自分はグレーゲルに好かれたいだなんて思っていない。理不尽な理由で殺されたく無いだけだ。


 だからユリシアは、食事を再開する。まったく味のしない食事を。




***




 不貞腐れた表情をしながら料理を口に含むユリシアを見て、グレーゲルは大人げないことをしたと後悔している。


 ただ自分がここにいるというのに、他の男に目を向けるユリシアに対して得もいわれぬ不快感を覚えてしまったのだ。


 グレーゲルは淡々と食事を進めているが、本当はものすごく動揺している。


 生まれて初めて覚えたこの感情は、自分には一生縁の無いものだと思っていたから。


 その感情の名前は───


「......嫉妬」


 声に出したのは、グレーゲルではなく、その側近であるラーシュだった。


「黙れ」


 ギロリと睨みながらラーシュに口を閉じるよう命じれば、なぜか対面にいるユリシアが両手を口に当てて「喋りません」アピールをする。


(違う。そうじゃない)


 簡単そうにみえるのに、何一つ上手くいかない現状に思わず歯軋りをすれば、ユリシアは涙目になる。


(あーもーだから、違うんだ!そうじゃないんだ!!)


 などと心の中で叫びながらグレーゲルは頭を抱えたくなった。

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