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08 忘れ去られる惨劇(前編)

――同日、『アメリカ合衆国』中西部の街、『スティヌス』

 それなりに発展した街並み。北と西に山があるが、少なくとも『高天望町こうてんぼうちょう』と比べれば間違いなく都会だと言える。

 日中であれば、多くの人や車が行き来する活気のある街なのだが、日本とは違って深夜であるために人々のほとんどは床に就いている。僅かに営業している店の明かりや夜更かしする人、そして街灯の光が点々と街の中を照らしていた。

 多く立ち並ぶビルのほとんどが消灯されて真っ暗となっているが、何故か1階から最上階まで全ての明かりが点いているビルが1つだけあった。

 分かり易く、自己主張が激しいとも見て取れる眩しいそこには、ガラの悪い男スーツ姿の男たちがかなりの人数集まっている。彼らは、今日からここを橋頭保としてアメリカに進出しようと画策する新進気鋭の日本の暴力団だ。

 極道の通例やしきたりを完全に無視し、汚い事や薬でも自分たちが上り詰めるためであれば何にでも手を出してきた。彼らの組織名は『極楽往生ごくらくおうじょう』。トップに立つ存在が気に入っている言葉をそのまま組織名に使っている。

 準備が終わり、各階において進出を祝うパーティが行われようとしていた。最上階の大部屋においてこの第一支部を任されている若頭が革製の豪勢な椅子にふんぞり返って、今回の最大の見世物であり、初めての『商品』となる可能性のある存在を待ち続ける。

 若頭以外にも多くの構成員が待ちわびる中、大部屋の扉が開かれた。全ての視線が集中した先には、頭に黒い袋をかぶせられ、両手を拘束された女性が構成員の男に引かれて入ってきた。

 ざわつく大部屋を進み、若頭の前に女性は跪かされた。恐怖に震える女性の頭の黒い袋が取り払われると、ざわめきは歓声へと変わる。



「どうですか兄貴。上玉どころじゃなく、とんでもないお宝ですよこいつは」


「……確かに素晴らしい。初めてだぞ、『狐の耳』を持つ人間なんて。異種姦でもすればこんなのが生まれるのか?」


「さあ。とりあえず下見の時に見かけたんで、記念に今日拉致ってきました。絶対に使えますよ」



 口をガムテープで塞がれた女性は泣き叫ぶが、悲痛なその姿を見て同情する者などここにはだれ一人いない。それどころか、嫌がるその姿を見て興奮するような奴ばかりだ。

 絶望に打ちひしがれることでその頭の大きな耳は下へと向けて垂れ下がっている。その様子を見て若頭は満足そうに笑みを浮かべると、椅子から立ち上がった。

 怯える女性へとゆっくりと近づいていき、その目の前に立った。品性のかけらもないぼさぼさの黒髪を掻きむしりながら、楽しそうにつぶやいた。



「よっしゃ。まずは子供でも作ってそれが遺伝するか試してみるとするか」


「――っ!?」


「ひゅーっ! 流石兄貴! 派手にやっちゃってください!」



 全力で拒絶反応を示す女性を複数の構成員が押さえつけ、若頭は素早くベルトを外してズボンを下ろした。自己主張の激しいヒョウ柄のパンツは見ていてとても痛々しい。

 大勢の男たちの腕の中で泣きながらもがき続ける女性。その姿に興奮した若頭は自らのムスコを最大仰角にまで大きくさせていた。

 楽しいパーティの前座であり、最高に愉快な実験の始まりだ。そんな欲望に満ちた手がゆっくりと女性へと伸びていったその時、



「兄貴!」


「ああ? 何だよ」



 大部屋の扉を勢いよく開き、構成員の1人が息を切らしながら入ってきた。お楽しみを邪魔され、不機嫌になり始めた若頭に対し、構成員は告げる。



「ビルの目の前に黒塗りの車両多数! こっちの忠告無視して居座り続けてます!」


「……何だと?」



 それを聞いて下半身はパンツ一丁のままで全面強化ガラス張りの窓の方へと若頭は急ぐ。確かに、ビルの目の前には何台もの車両が並び、複数の構成員が対応しているのが見えた。

 何でこんな時間に。街の警察にはもう金を流して黙らせた。事前調査でここはどこの組織にも属しておらず、どこにも狙われていないところだったはずだった。だとすれば、あれは何だ。

 思考し続ける若頭だったが、とあることが気になった。迷うことなく、それをやってきた構成員に問いかける。



「何で下から連絡してこなかった。すぐにつ繋がるだろうが」


「えっと、それが無線だけじゃなく、携帯とスマホも圏外になっちゃってまして……」


「はあ? そんな訳……、マジか」



 懐から取り出した凄まじい金色のデコレーションが施された愛用のスマホの画面には、言われた通り圏外の表示が映っていた。つい先ほどまで繋がっていたはずなのに。

 妨害電波の類か。とするとそれを発しているのは恐らくあの車両たちのどれかのはず。舐めた真似をしてくれる。

 込み上げてきた怒りを抑えることができす、愛用のスマホを椅子の近くにあったテーブルに叩き付けた。すると、衝撃で弾きとんだ金色のデコパーツの1つが外れて床を転がっていく。

 勢いよく転がり続けるそれは、大部屋の中心に立つ存在の革靴に当たった。ようやく止まったそれは勢い力強く踏みつけられたことで小さな音をたてて砕け散る。

 その音を発生させた主を見て、緊急事態にざわついていた大部屋が一瞬にして静まり返る。驚くほどの静寂に異変を感じ取った若頭も、苛立ちながら中心の方へと視線を向けた。



「貴様がここのトップか」


「……はあ?」



 そこにはクリーム色の髪の毛が特徴的なスーツ姿の眼鏡をかけた男と、同じ色の髪を腰の辺りまで伸ばした美しい女性がいた。彼らの底の見えない紫色の瞳は、真っ直ぐに若頭へと向けられている。

 入ってきた形跡など何一つない。気づけば、もうそこにいた。この場にいる全員が異質な存在である2人に驚き、口が止まってしまっている。

 進展する様子のない状況に嫌気を抱いたように男は大きくため息をついた。そして、もう一度はっきりと告げる。



「もう一度確認する。貴様がここの――」


「何だてめえは! 兄貴に生意気言ってんじゃね……、え?」


「黙れ」



 現れた男に食って掛かった若頭の右腕にあたる存在。しかし、その直前まで行ったところで彼の足は止まってしまった。

 右腕は何が起きているのか理解することができなかった。とてつもなく大きい何かが胸を貫いている。それを持っているのは、突然現れた男。

 柄のない真っ黒な大剣。それが右腕の胸を貫き、背まで抜けていた。胸骨や内臓も綺麗に断ち切られ、遅れてせり上がってきたものを口から盛大に吐き出す。

 持っていれば誰でもわかる程の大きすぎる得物。それをどこからともなく取り出し、一瞬にしてこれまで一緒に頑張り続けた右腕が串刺しにされた。現実離れした光景に若頭が声を失っていると、男はその手に持った大剣を持ち上げた。

 重力に従って男の方へとズレ落ち、遅れてやってきた痛みと生じた尋常ではない痛みで右腕は絶命した。その血潮が手の方まで流れ伝ってくる前に、男は大剣を逆手に持ちかえる。



「質問の邪魔だ」



 そういって男は右腕が刺さったままの大剣を窓の方へと投擲した。目にも止まらぬ速さで飛んでいき、強化ガラスはけたましい破砕音をあげて外側へと砕けて破片は地上へと降り注いでいく。

 ちょうど車両や対応している構成員の真上まで飛んでいったところで、刺さっていた右腕の体が内側から膨れ上がり始める。限界にまで張り詰めた肉体は、風船のように割れて内臓物を撒き散らした。

 飛んできた右腕の体の一部が机の上にまで飛んできた。生臭いその香りを嗅ぎ、まだ少し暖かいそれに触れてたった今目の前で起きていることが現実であるとはっきりと若頭は知覚することができてしまった。

 眼前の男の手元が光ると、そこには先ほど自らの大切な部下である右腕を貫いた大剣が現れた。血で汚れた刃を取り出した布でふき取り、どこかへと消し去る。

 夢ではない。これは現実。超上の存在に慄く若頭は、知らぬ間に自らの死を悟ってその場でヒョウ柄のパンツを濡らしてしまっていた。哀れともいえるその姿を心の底から軽蔑するような目を向けながら、男は言い放った。



「再度確認する。お前がここのトップか、『劣悪種れつあくしゅ』」








     ※※






 一人の男がその手に大きめの鞄を持ち、人目を避けるようにして暗い路地の中を歩いている。その足の行く先は、今日やってきたという日本の暴力団の拠点となっているビルだ。

 軍人と見間違えるかのように鍛え上げられた肉体。燃えるような赤髪は短く切り揃えられ、活き活きとした太陽の色をした瞳には希望が満ち溢れていた。目立つのを避けようとしても、その様子ではほとんど無意味に近かった。

 路地からたまに出る通りにおいて人はほとんどいない。長かった残業の帰路についている人や酔っぱらった人などが僅かに通り過ぎていくだけ。そんな彼らは場違いなほどにまで活力のみなぎる彼を見て不思議な目を向けてくるが、その視線が顔から下の部分へと移動していくにつれてひきつったものへと変わっていく。

 端正な顔の首から下の部分の至る所が赤黒く変色して異様な臭気を発しており、その手に持つ鞄からは生々しい赤い液体がぽたぽたと道に跡を残しているからだ。

 そんな視線を気にすることなく、男は再び暗く狭い路地へと入っていく。ここを通り抜ければ目的地は目前。路地の先は深夜なのにも関わらず明るい光が入り込んでいる。噂通り、今日は派手に夜通しでパーティを開催するようだ。

 自分はこれからその一員になれるかもしれないそう考えるとワクワクが止まらない男。その歩みは知らず知らずの内に速度を上げていた。だが、



「はい、ここで止まってくださいな」


「うおおっとぉ!? びっくりした!!」


「おやおや新鮮な反応ですね。ちょっと嬉しいです」



 飛び降りたり地面から這い出てくるでもなく、先を急ぐ彼の目の前を遮るようにしてスーツ姿の不気味な長身の男が現れた。暗い路地に差し込んでいた光が男の白銀の長髪にあたり、まるで後光のような輝きを放っている。

 笑顔を絶やさない男はこちらを見透かすような紫色の瞳を一直線に向けてくる。それに戸惑っていると、怪しい雰囲気がにじみ出ている男が行儀よく頭を下げてきた。



「驚かせてしまい申し訳ありません。私は『ギリー・フィル・ロンギヌス』。この先にて大規模な作業があるのでお止めさせていただきました」


「ご丁寧にどうも。俺急いでるんだけど、どうしても先には行かせてくれないのか?」


「お急ぎですが。もしや目的地は『極楽浄土』の拠点であるビルですか?」


「そうだよ。手土産持ってって組織の一員に入れてもらおうかなって考えててな」



 早く先に進みたくてうずうずしながら答える男。異質な存在を目の前にしても彼の思いは揺らぐことなく、目的地へと向けられていた。

 そんな様子を見たギリーは本来であれば手早く事を済ませるつもりだったが、動じることのない男に興味を持った。漂う好みの香りがしていることも、好奇心を激しくくすぐっている。



「ほう。手土産。失礼は承知の上で、その手土産とやらを拝見してよろしいでしょうか」


「ああ、いいぞ。凄くてびっくりするなよ~」


「ではでは――」



 にやにやしながら男はその手に持っていたカバンのチャックを開いていく。興味津々といった様子のギリーの視線は開いていくそれに釘付けになっていた。

 路地の先からの光によってうっすらと照らされた中身。それを見たギリーの表情は驚きから一瞬にして歓喜のようなものとなった。

 触っていいかといった輝く視線を男に流すと、男は笑顔で頷いてくれた。その見た目に合わないおもちゃを与えられた子供用にテンションを上げながらギリーは3つあるうちの1つを持ち上げる。



「……ああ。素晴らしい。エクセレントです。感動的です」



 ――その手の中にあるのは、苦痛に歪む初老の男性の首だった。


 冷たくなり始めているが、まだ僅かに温かい。切断面からはまだ綺麗な赤い血液がしたたり落ち、鞄の中へと吸い込まれていく。

 殺される際に酷く甚振られたのを物語る苦悶の表情を見て勃ちそうになった股間を内股になって押さえつける。それでも大きくなり続ける股間の心地よい痛みを感じながら、ギリーは男に問いかける。



「これは……、あなたの御父上ですか?」


「ああ。それ以外にも母さんと兄さんもあるぞ。俺のこと止めようとうるさかったし、手土産にして持っていけばインパクトあるかなって思ったのよ。どうだい? すごいだろう?」


「完璧です。パーフェクトです。感無量です。しかも敢えて苦しませながらやったというのがさらにイイ! あなた、そういった面での才能をお持ちですね」


「いやあ。それほどでも。使い古しの包丁だけで切れると思ったら予想以上に骨が硬くてさ。工具箱ひっくり返してのこぎりで切ったんだよ。口に詰め物してやったのに悲鳴五月蠅かったわ」


「最後の断末魔とは壮絶な物です。それだからこそ、美しい。命が輝く瞬間はいつだって、どこであっても、輝くものですからね」



 感動した様子でため息をつき、ギリーは男の鞄から他の首の髪の毛をひっぱって持ち上げる。そのどれもが、痛みに苦しむ惨たらしい表情をしていた。

 ただ止めて『記憶制御』を施そうとした存在がこんなにも美しい物を所持し、素晴らしい感性を持っていることが嬉しくてしょうがないギリー。一考することもなく、勿体ないと判断してもう一度男を見つめた。

 その瞳は首をかしげる男の外面だけでなく、『透視術』によって内部までをのぞき込んでいく。深く踏み込んでいけばいくほど、ギリーの笑みは輝きを増していった。

 常人では基本的に稼働状態にない魔力血管でもある『回路』がもうすでに開いていた。それだけでなく、鍛えればかなりの強者となることができるほどの強靭さ持っている。

 これはもう決まりだ。歓喜するギリーは手に持っていたそれらを無造作に鞄へと放り、赤く鉄臭いその手で男の手を握った。



「あなた。私たちのもとへ来ませんか?」


「え。でも俺は今日この街にきた『極楽往生』に――」


「そんな『劣悪種れつあくしゅ』どもが群れている穢れた組織にあなたは似合いません! 間違いなく、我々と一緒に来ることで楽しく、素晴らしい未来に進めますよ!」


「ほお。楽しいのか」


「はい。普通に生きていては見ることのできない世界があなたを待っています。有休もたっぷり。時間外労働は月10時間以下!」


「……うっし。乗った! 楽しませてくれよ、ギリー!」


「もちろんですとも!」



 異臭漂う路地の中、両手で固い握手を交わす男とギリー。異様な光景において滅多にない魔術師の勧誘が成功した瞬間だった。

 手を離すと手には血液がべっとりと付いてしまっていた。すでに汚れている衣服でそれをふき取ろうとしたとき、ギリーが指を慣らす。すると、手から肩までを小さな竜巻が包み込みんで瞬く間に汚れを落としていった。

 未知の現象に驚きつつも興奮する男。嫌な水分と臭いが完全に消えた手を見つめていると、ギリーが問いかけてきた。



「ああそうでした。あなたの名前を聞いていませんでしたね」


「そういやそうだったな」



 男はしっかりと声が出せるように軽く咳ばらいをする。その活気に満ちた瞳をギリーに向けると、はっきりと言い放った。



「俺は『グランツ』。『グランツ・ガターリッジ』だ。よろしく、ギリー」

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