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04 マリーのお家へ


 雨京が表情を固めて動かないことを疑問に思ったマリーは首を傾げる。それを見てようやく我に返った雨京は若干頬を染めながら立ち上がった。

 治癒術。確かにそういった。しかも、実際それを使って自らの傷を癒してくれた。RPGで出てきそうな魔法のようなものをマリーは使うことができるという事実に、雨京はただただ驚いていた。

 外人で、狐耳だけでなく、魔法も使える。雨京の日常からあまりにもかけ離れているマリー。しかししながらそれを理解したうえでも思いが変わることはなかった。それどころか、さらにマリーのいる自らが知りえない未知の領域へと踏み入れたいという期待が芽生え始めていた。

 礼を言うのとともに使ってくれた治癒術というものをどこで習ったのかを雨京は聞こうとしたが、何かを感じ取ったマリーが一瞬体を震わせた。



「うえ。こ、ここで? ごめん、雨京。さっきと違って気配を感じるから、ちょっと周りに見えないように覆ってくれる?」


「あ、ああ」



 中腰から完全に座り込んだ状態となったマリーを指示通りに横から見えないように腕を駆使して覆ってあげた。一体何をするのかと思っていれば、先ほどとは違う種類の輝きがその小さな手から漏れ出した。

 温かな光は一瞬にして消え、その手の中にはスマホが握られている。そういえば『高望山たかのぞみやま』の頂上から神社へと向かうときにいつのまにかその手から消えていたのを雨京は思い出すことができた。

 これも魔法的な力のひとつなのだろうかと不思議に思っている目の前で、マリーは雨京にありがとうといった感じの視線を送りながら立ち上がり、かかってきていた電話に出た。



「もしもし。うん、お散歩中。……え、もう?」


 

 マリーのスマホから僅かに聞こえてくるのは渋い男性の声。ぼそぼそととしたそれは恐らくマリーの父なのだろうが、その会話が進んでいくにつれてマリーの表情が曇り始めた。

 


「お客さん……。そっかこの前に言ってた……、うん。分かった。今からそっちに向かうよ。30分以内には着くと思う。……はい。やっぱり、それは絶対にやらなくちゃ駄目? そう……、それじゃ」



 電話を切ったマリーは浮かない表情をしている。そこからは先ほどこちらに微笑んでくれた温かさは感じられなかった。

 どう声をかけていいか分からずに戸惑っていると、こちらの思いを察したマリーはどこか寂しそうな笑みを向けてきた。



「お父さんが帰ってこいって。前から会わせたいって言ってた人が家に来たみたいなんだ」


「……そっか。なら仕方がないな。でも、ちょうど帰り道にまだ通ってないところを通れるだろうから、案内するよ」


「ありがとう。それと、できればなんだけどそのまま家にも寄ってくれるかな?」


「え? いいのか? 行っていいならもちろん行くよ!」


「そう。よかった。雨京のこと、お父さんとお母さんにも言いたいから……」



 新築の豪勢な家に行けること、そして何よりもマリーの家であることに喜びを隠せない雨京。しかしながら、テンションが上がったことでマリーが笑いながらも悲しんでいることにこの時点では気づくことができなかった。

 これでさらに距離を縮めることができる。心の中だけでなく、実際に小さくガッツポーズをしてしまう。眼前のマリーがその様子をきょとんとした様子で見守っていた。

 こうしてはいられないと、脳内でマリーの家がある場所への最も良いルートを検索し始めた。すぐ近くにある役所へ行き、目の前にある北側出入り口から商店街へ。そして一直線に進んで公園へと到達。そのまま公園をつっきればマリー宅はすぐそこ。これだ。

 


「よし。それじゃあ行こうか。簡潔になっちゃうけど、説明もしていくよ!」


「うん!」



 マリーの元気な返事を聞き、雨京は歩き出した。学校のある北東部から役所など町にとって重要な施設が密集している北西部へと向かっていく。

 学校の前にある大通りの横断歩道を渡って少し南下すれば、役所へと続く広めの道が右手側に見えてきた。標識にも分かり易く表記してあるので誰でも分かるような親切設計である。

 忘れることなく写真も撮り進めていき、しばらく道なりに進むと一際大きな建物が姿を現す。この町にとってかなり重要な場所であり、平日の今でもそれなりに人が出入りしている『高天望町役所こうてんぼうちょうやくしょ』だ。

 できれば将来ここで事務関係の仕事に就きたいと考えている雨京。もしかしたらお世話になるかもしれないその場所を写真に収め、マリーにここについて手短に説明してあげた。

 その説明から流れるようにして町役所のすぐ前にある商店街北側出入り口へと話を進めた。変わることない昔ながらの日本の町並みにおいて重要な場所であり、毎日夕方あたりになると町民でにぎわう活気のあるところだ。

 少し前に町から離れたところにイオンができたために客を取られないかと心配の声が上がっていたが、そこまで気にするほど全体の売り上げは落ちなかった。それだけこの商店街は町にとって大切な存在となっているのだろう。

 瞳を輝かせ続けるマリーと一緒に北側入り口から商店街へと入り、半透明の天井の下を真っ直ぐと進んで公園を目指す。店やそこにいる人々の写真を撮っていれば、もうすでに至る所には明後日に控えた祭りの飾りつけなどの準備が始まっていることに気づくことができた。



「所々でお祭りの準備が始まってるな。楽しみだな、マリー」


「うん。そう……だね」



 そんな感じの会話を交えつつ進んでいく中で、マリーが心の底から楽しんではいないことに雨京はやっと気づくことができた。

 笑顔を向けてくれているが、本心では笑っていないような気がしてならない。何故かと問いかけてみようかと思ったが、こちらにそれを悟られまいと振る舞う姿を見て開こうとした口を閉じる。

 もしや電話でのやり取りで何かがあったか。であればマリーの家に到着すれば何かが分かるかもしれない。気になってしょうがない気持ちをそう結論付けることで抑え込んでいると、早足で歩いていたためか商店街の出口が見えてきていた。 

 南側出入り口を出た先には道路をまたいだ先に結構大きい『高望公園たかのぞみこうえん』が広がっている。夏休みを享受する多くの子供たちが、割と豊富な遊具と思い思いに持ち寄った遊び道具で楽しんでいた。

 いつも通りの和やかなその光景を何枚か撮ると、目前へと迫ったマリー宅を目指して公園を突っ切ろうとした。しかし、普段見ない存在と見慣れ過ぎた存在を見た子供たちはそれを見逃すことはない。



「雨京だー! 見たことない女の子連れてるぞー!」


「彼女かー? 彼女なのかー!?」


「うるへー。こっちに構わず遊んでろお前らー」



 やんちゃな小学生ズらの発言を適当にあしらいつつ、歩を進める。それでも止むことのない彼らの発言に、マリーも少し頬を染めながら苦笑いしていた。

 中高一貫校であり、目と鼻の先には小学校。そしてそれほど大きいとはいえないこんな町なので、何だかんだ仲が良くなってしまう。人と接するのが結構好きなこともあり、雨京は彼らにとっていいお兄ちゃんの1人となっていた。

 雨京をいじることはあっても罵倒してくることはない。そこらへんをわきまえているのであればもう少し静かにしてほしいと願いながら、2人は公園を抜けていった。

 にぎやかな声を背中から感じられるところで、2人は足を止めた。引っ越し業者はすでに去った後であるその場所で自らの身長の倍の大きさがある門の前に立ち、雨京は知らぬ間に驚きの声を漏らしてしまっていた。それを横で見ていたマリーがくすりと笑う。



「かなりがっしりしてるから驚いちゃうよね。ちょっと待ってて、呼び鈴鳴らすから」



 そういって門の横にある壁に取り付けてあるインターホンへと移動したマリー。頑張って背伸びをしてようやくその指がボタンへと届き、内部へ来客を知らせる音が鳴り響く。

 よく見れば壁の上の方には監視カメラが数台設置されている。その内の一台がゆっくりと2人の方へと向きを変更していく。

 そのカメラで見られていると思うと緊張し始めてしまい、暑さからくるものとは違う汗が額から滲み出てきてしまう。マリーは可愛いが、果たして両親はどういった感じなのだろうか。



『お帰りマリー。それと、いらっしゃい少年君』


「あ、はい。お邪魔します」



 インターホンのスピーカーから聞こえてきたのは落ち着いた大人の女性の声。マリーの母と思われるそれの後、大きな門はゆっくりと自動で開き始めた。

 一般家庭でこの自動開閉機能付きの重厚な門。その先にはこれまた広く、小さな噴水や様々な種類の草花があった。玄関の扉の向こうにもさぞ度肝をぬくような豪勢な光景が広がっているに違いない。

 すでに先を行くマリーの後を追い、がちがちに体が固まりながらも進んでいく雨京。ようやくたどり着いたその扉の前で、精神を落ち着けるために深呼吸をした。

 ここまで来たらなるようになるしかない。適当な挨拶を脳内で考えていると、静かに目の前の扉が内側に開いていった。外気の熱を感じさせない涼しい内部からの冷気が足を通り抜けていく。



「ただいま、お母さん」


「おかえりなさい、マリー」



 マリーと同じ碧色の瞳。髪は肩辺りまで伸びており、落ち着いた雰囲気の大人の女性がそこにいた。はっきりと綺麗で美しいといえるその姿に思わず見惚れていると、こちらに目を向けた女性は微笑みかけてきた。

 


「この町のマリーの友達第一号君ね。私は『サラ・アークライト』。あなたの名前は?」


「風間雨京です。よろしくお願いします」


「雨京君か。よろしくね」



 女神のようなサラと、天使のようなマリー。この親にしてこの子ありとはまさにこの2人のことを言っていると雨京は思えた。

 しかし、見比べていたところで大きな相違点を発見してしまう。サラはマリーと違って普通の人間の耳をもっているのだ。となれば、あの狐の耳は遺伝ではないというのだろうか。

 まじまじと見つめてくる雨京からある程度察することのできたサラは、靴を脱ぎ終えて玄関に上がったマリーに確認のために問いかけた。



「耳のことは?」


「知ってる。でも、雨京はしゃべらないって――」


「信じたいのは分かってる。でも駄目。あくまで雨京君は友達であって、それ以上踏み込ませるのは危険なの。これまでと同じようにね」


「……はい」



 サラの言うことを聞き入れ、その場で沈み込むマリー。商店街の時に気づくことのできたその悲しそうな表情は、見るだけでこちらが辛くなってきてしまう。

 これまでと同じようにとサラは言った。そしてあくまで友達だということも聞き逃さなかった。色々と分からないことだらけの状態の中に、それらによってさらなる疑問が生じる。

 未だに玄関には上がっていないが、とりあえず聞けそうなことだけは聞いてみよう。サラに対して自らの疑問を投げかけようとしたとき、近くの部屋の扉が開いた。



「帰ったかマリー。それと君が今回の第一友人か」



 そこから出てきたのは2人の男性。1人は茶髪のツーブロックで大柄の男性。瞳の色は青だったが、一目で彼がマリーの父であることを理解できた。

 だが、もう1人の男性は違った。栗色の短髪に赤い瞳。そして科学者などが着るような純白の白衣を身に纏っている。少なくともこのアークライト家の人間ではないと思える。一体どんな存在なのか。

 近づいてくる2人の視線は真っ直ぐに雨京へと向かられている。威圧感たっぷりのそれに雨京がビビりまくっていると、マリーの父が口を開いた。



「私は『ラウル・アークライト』。玄関から話は聞こえた。申し訳ないが、君の――」


「待てラウル。待ってくれ」


「何だというのだ『カリウス』。君の力も借りれば手早く――」


「だから待ってくれと言っているんだ。彼に『記憶制御』を行使する必要はないかもしれない」


「……何を言っているカリウス。この少年は部外者で――」



 カリウスの言うことに納得がいかないラウルはその眉間にしわを寄せる。普通でも結構迫力があるのに、まだ怖くなるのかと震える雨京の目の前でカリウスはラウルに耳打ちを始めた。

 日本語はマリーと同様に話せるようで良かったが、逆に何を言っているかはっきりと分かるのでラウルがこちらをあまりよく思っていないというのが理解できてしまう。

 一体なぜそこまで怖い顔をしているのか。『記憶制御』とか物騒なことも聞こえたが、マリーが悲しそうな表情をしていた理由はそれなのだろうか。こうした思いを巡らせながらも、今の自分にできることは考えられず、雨京はただその場に立ち尽くしていることしかできなかった。

 眼前のラウルの表情は、苛立ちから徐々に驚きのものへと変わっていく。カリウスの話を全て聞き終えたところで信じられないといった目で雨京のことを見つめてきた。



「この雨京君が……。信じがたいな」


「そういうことだ。彼の処遇は私に任せてくれないか、ラウル?」


「まあ、いいだろう。こればかりは私の手に余る事柄だ」


「ありがとう。では雨京君、すまないが私とともに一度門あたりまで行こうか」


「え、あっと、はい」



 こちらに微笑んだカリウスに促されるまま、再び夏の暑さがはっきりと感じられる外に出て雨京は一緒に門の方へと向かう。

 ラウルとは違ってこちらを擁護するような行動をとってくれたカリウス。お互い初対面のはずなのにも関わらず、どういして助け舟を出してくれたのか。

 分からないことだらけのままで閉じられた門の前に到着した2人。カリウスはそこで雨京へと体を向け、強い意志のこもった赤い瞳で見つめてきた。

 威圧感を放っていたラウルのものとは違う、こちらを探るかのような瞳に身を震わせつつも何とか逸らさずに視線を交え続ける。夏の暑さの中、緊迫した空気が流れる。

 いつまでこうしていればいいのだろう。鼓動音が目の前にいるカリウスに聞こえてしまうのではないかと思えるほどに高鳴っている。精神的にもよろしくない状況が続き、口にたまった唾を飲み込んだところでカリウスがはっきり、静かにつぶやいた。



「私は『カリウス・ゲーニッツ』。単刀直入に聞こう。君はマリーのことをどう思っている?」

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