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15 先代の夢

 店の奥へと進んでいく小梅の後をついて行くが、何故突然こんなことになったのか雨京は分からずにいた。

 たまに店に来る程度で常連とは言い難く、隼人と違って小さい頃から密接な交流があったわけでもない。なのにも関わらず一体、なぜ。

 店の人しか進むことのできない暖簾の先へと案内されるがままについて行き、靴を脱いで生活感あふれる居間へと2人は上がった。井草の香りがふんわりと漂うそこが目的地かと思ったのだが、小梅はまだ止まる様子を見せない。

 雨京とマリーは不安になりながらもついて行くことしかできなかった。2人のことなどお構いなしに進む小梅はそのまま廊下へと出て、なおも進み続ける。

 少し狭めの廊下を行けば、正面に割と急な階段が見えてきた。薄暗く古風な趣によって2人の不安がさらに掻き立てられ始めたところで、階段のすぐ横にある引き戸が開かれた。



「あら、お母さん」


「おお、良子。今から上に行く。『特別なお客様』と一緒にね」


「この子たちが?」


「えっと、こんにちわ。お邪魔してます」


「こんにちわ……」



 引き戸から現れたのは小梅の娘であり、次期店主として修業中の『高野良子たかの よしこ』だった。小梅が若返ったかのような感じの綺麗な人だ。

 良子は不思議そうな目で小梅に続く2人のことを見つめていた。先ほど小梅が言った『特別なお客様』の中でも、2人のような存在は珍しいものだったようだ。

 


「色々と聞いてみたい気もするけど、止めとくわ」


「そうするべきだ。じゃあ行ってくる。少しの間店の方を頼むよ」


「はーい。ごゆっくりー」



 小梅の言うことを素直に聞き入れた良子はすぐに居間の方へと向かっていった。それとは反対に雨京たちは階段を上っていく。

 所々で軋む階段を上り終えたところに広がっていたのは、髪飾りづくりの作業場。多くの材料と必要となる道具の数々が綺麗に整頓され、神秘的な空気を漂っていた。

 ものづくりの現場を間近で見た雨京とマリーは思わず感嘆の声を短く漏らしてしまう。そんな様子を横目で微笑みつつ見ていた小梅は、とある棚の引き出しに手をかけた。



「『商業機密は末代まで』っと」



 お店の理念ともいえるようなことを小梅は小さくつぶやきながら引き出しを開けた。すると、



「!? か、カラクリ!?」


「ほっほっほ。初めて見た人は大体そんな感じで驚くものよ」



 壁に沿って並んでいた天井まである棚の1つが動き出し、その奥にある作業場よりも一回り小さい部屋へと行けるようになった。

 時代劇やゲーム等で見たことのある隠し部屋に驚きを隠せない雨京。だが、マリーは少し違った意味で驚いていた。



「これって……、魔術……? いや、ちょっと違うような……、近いような……?」


「お嬢ちゃんはそういった方面の知識があるみたいだね。ここはこの店の創業からある秘密の場所。かつて陰陽師だったとかいう奴の気まぐれで作られたところさ」


「陰陽師……!」


「ここの店主は代々この部屋でしかできない技法を受けついどるのよ。長年うちの髪飾りが愛されてるのはこれのお陰だね」



 口外してもいいのかと心配になる程の内容を笑顔で口にしつつ、小梅は部屋の中へと入っていった。恐る恐る2人もそれに続く。

 ひとつ前の作業場と比べると物は少ない。仕上げをするようなところなのかと雨京が中を見渡していると、一角に完成品と思われる品が飾られている棚があることに気が付いた。

 小梅は棚に近づくと迷うことなくその内の1つを手に取り、マリーへと差し出した。温もりが感じられる皺が目立つ手の上にあったものを見て、マリーは驚きの声を上げた。



「お、おばあさん、これって……」


「お嬢ちゃんが見惚れてたものと一緒のものさ。あげるから、受け取りな」


「ええ!? い、いや、そんなの悪いです。高価な物なのに……」


「年寄りの頼みは断るんじゃないよ。それにこれは、数代前の店主の望みでもあるんだからね」


「数代前の……?」


「……! マリー!」


「どうしたの、雨京?」


「そこの作業台にある写真見て!」


「写真?」



 戸惑いを隠せないマリーは雨京の言う部屋に1つだけある作業台の方を見た。そこの上には古びた写真立てが1つ、隅に置かれていた。

 擦り傷の目立つ表面のガラスの向こうに収められた写真に写るのは、1人の少女と老婆。髪飾りの試着の最中を撮ったものだと思われるのだが、とある点が”普通”とはかけ離れていた。



「――私と同じ、耳?」


「そう。ずっと昔、あんたと同じ特徴をもった子が来たんだ」


「でも、あれ? 私まだ帽子かぶってるのに――」


「そんだけ不自然に動いてて、尚且つ先代の情報も持ってるからすぐに分かったよ。あるんだろ、狐耳」


「……はい」



 小梅の指摘を受け、もう隠す必要がないと悟ったマリーはゆっくりと頭から帽子を外した。その頭にある狐耳を目にした小梅の目は輝きを増していく。



「おお……! 本当に、本物なんだね」


「はい」


「良かった。これなら、先代が遂げられなかったいつかの夢が現実になるよ」


「その夢というのは?」


「かつてやってきた子もこの髪飾りに惹かれ、先代はここに案内して試着させてあげたんだ。その後あげると言っても聞かず、代金を持ってくるからと言って店を出てから戻ってくることがなかった。写真を撮って残すぐらい抜群に似合ってたから、先代は彼女にこの髪飾りを持っていてほしかったんだろうね」


「それが先代さんのかつての夢、ですか」


「ああ。まさかとは思うけどあんた、この写真の子ではないよね?」


「はい。そんなに長生きはしてないです」


「そうか。まあ、もしかしたら近い縁の子なのかもしれないね。そういうことだから、先代の夢を叶えさせておくれ」


「……分かりました」



 温かな善意を踏みにじることなど、できるはずがない。かつてこの店の店主の思いを知った今、マリーに髪飾りを受け取らずに終わるという選択肢はなかった。

 作業台近くの壁にある鏡の前に立たされたマリー。小梅はマリーの大きな狐耳をしみじみと眺めながら、最適と言える場所に髪飾りを付けてあげるのだった。

 それほど派手ではなく、主張も激しくないが、確実に頭部を彩る髪飾り。より美しさが増して見えるマリーの姿に思わず雨京は見とれてしまっていると、小梅がにやにやしながら口を開いた。



「どうだい、この子に似合うだろう?」


「あ、は、はい。そりゃもう最高に」


「だろう。明日の祭りに行くならつけていってもいいんじゃないかね。浴衣姿でさ」


「浴衣姿……、マリーの……」


「ほっほっほ。にやけとるぞ。ええのう、若さが滲みだしとるよ」



 脳内において完全再現されたマリーの浴衣姿に見惚れ、その場で気づかぬうちにだらしなくにやけてしまう雨京。小梅はそんな姿を見て笑っていた。

 その会話を聞いていたマリーは恥じらいつつも困ったような表情を浮かべていた。



「ありがたく、頂戴します。とても嬉しいです。でも、この耳があるから帽子無しでお祭りは無理だと思います」


「むう。確かに。可愛いが、最新の『こすぷれ』とかいっても無理があるか」


「そうですね。だから、誰にも見られないときに――」


「ちょいと待っとれ。なんとかなるかもしれん」


「え?」



 そういうと小梅は作業台の引き出しから部屋の雰囲気とはかけ離れたものを取り出す。それは、比較的新しい機種のスマホだった。

 慣れた手つきで操作し、どこかへと電話をかける小梅。それを雨京とマリーは静かに見守る。



「……おお、もしもし。『高天望こうてんぼう』の小梅だよ。昨日作った借りを返してほしい。……何? 速すぎるだと? 文句垂れるなんて、天才の名が泣くんじゃないか? ……ああ。分かってくれたならそれでいい。すぐに来な。待っとるよ」



 かなり強引に思えるやり取りは短時間で終わり、用済みとなったスマホを小梅は元の場所へと戻した。そしてやり切ったようなため息をつくと、微笑みながらマリーの方に向き直る。



「私の方でなんとかしておくよ。明日の祭りで百々と髪飾りを付け、浴衣姿で繰り出しなさい」


「ほ、本当に大丈夫なんですか」


「ああ。大丈夫さ。というか、私も実際に見たいから絶対になんとかする。心配はいらないよ」


「……ありがとうございます。この恩、忘れません」


「いいってことさ。それじゃ、そろそろ行きな。さっきの電話の相手を説き伏せなきゃならんからね」


「分かりました。雨京、行こっか」


「うん。小梅さん、ありがとうございました」


「ここのこと、口外しちゃいかんよ、雨京」


「もちろんです。それじゃ、また明日に」



 取り外した髪飾りを手渡された小箱に収め、マリーは再び帽子を深々とかぶり直す。その後2人は精一杯の感謝の気持ちを込めて頭を下げ、作業場を後にするのだった。

 若く、初々しい後ろ姿を小梅は満足そうに見送った。一気に静かになった作業場において、ゆっくりと椅子の1つに腰かける。先代の夢を叶えられた達成感と、明日が待ち遠しくて仕方がない高揚感で小梅の表情は緩みっぱなしだった。



「――来たぞ小梅」



 それは一瞬のことだった。空間がわずかに歪んだと思ったところに、白衣を纏った男性が現れたのだ。

 昨日ぶりと言えるその男に、小梅は返答する。



「おお、来たか。待っとったよ」


「……随分嬉しそうだな。何かいいことでもあったのか?」


「ああ。そして私の喜びが怒りと悲しみに変わってしまうかは、お前さんにかかっているぞ、『カリウス』」


「善処しよう。さあ、小梅の頼みを聞かせてくれ」



 娘のプレゼントを特注で作ってもらうという借りを返すためにやってきたカリウス。多忙でありながらも小梅の願いを聞き入れ、完徹することになるのは後の話である。



以上となります。

あらすじに記載した通り、設定や内容そのものに大幅に手を加えたものが現在投稿中の『世界の記憶』へ合流する予定です。

これにて完結扱いとなります。お疲れさまでした。

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