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14 その視線の先

「お釣りになりますー」


「ありがとう。またね亜里沙ちゃん」


「はい。またどうぞー」



 常連のおばさんにお釣りを渡し、八百屋『倉橋』の看板娘である亜里沙は満面の笑みを浮かべて送り出した。今日のお買い得品を入れたビニール袋を下げたおばさんは満足そうに住宅街の方に去って行く。

 地元で作られた野菜を中心に取り扱い、古くから親しまれているのがこの『倉橋』。翌日に控えた祭りの準備が進む商店街において今日も元気に営業中である。

 今日は祭りの準備の手伝いで両親が出払っているため現在は亜里沙が1人で店番をしている。幼い頃から手伝っていたためにお客捌きはお手のもの。活力たっぷりな明るい性格も重なって亜里沙目当ての固定客も存在しているほどだ。

 一旦客足が途切れたところで亜里沙は額の汗を首に巻いたタオルで拭い、少なくなった商品の補充を開始した。無駄のない素早い身のこなしは鮮やかであり、見事なものだった。

 


「これでよしっと。あ、いらっしゃいませーって……」



 ちょうど補充が終わったところで新たなお客さんの来店。しかしながらその姿を確認したことで亜里沙の表情は笑顔から真剣なものへと変わっていった。

 半開きのやる気のない眼に、ぼさぼさに伸びた黒髪。パッと見で冴えないと分かる亜里沙よりも少し年上な少年は、同様に真剣な顔で右手に持っていた大きめのエコバックをゆっくりと差し出した。

 沈黙が続く中で亜里沙はそのエコバックを受け取る。そして身構えたところで、冴えない少年はその口を開いた。



回鍋肉ホイコーロー、野菜炒め、冷ややっこ、冷しゃぶ」


「キャベツ1玉、ピーマン大入り袋、ネギ2本、人参1本、もやし1袋、ニンニク1個に生姜1個。それとレタス1玉に玉ねぎ2個ってところですね。あ、ベビーリーフも一緒にどうです、『冴久さく』先輩?」


「おう、それも頼むわ」



 作る料理を列挙し、それに必要な野菜を言い当てて用意するといった2人にとって恒例となっているやり取り。今回は見事抜けもなくお勧めもした亜里沙の勝利といったところ。

 勝ち誇った笑みを浮かべながら亜里沙は野菜をエコバックに入れていき、敗北を認めた『實本冴久さねもと さく』は苦笑いしながらその様子を見守っていた。

 冴久は亜里沙や雨京が通う『県立高天望中学校』と同じ敷地内にある『県立高天望高校』の生徒。冴えなくて巨乳好きの紳士ではあるが、後輩からは優しくていい人だと称されている。この冴久も、この店の常連の1人だ。



「はい、まずお品物どうぞ」


「了解ってぬおうっと」


「結構重量あるから気を付けてくださいねー」


「それ先に行ってくれると助かったんだが」


「はいはいすみませんでした。もうちょっと鍛えたらどうです?」


「超インドア派の人間には厳しい提案だな。いずれ頑張るよ、いずれね」


「先延ばしは駄目ですよ。それじゃちょっと待っててください。今計算を……」


「……ん? どうした倉橋?」



 電卓を手に取ったところで亜里沙は一点を見て固まってしまう。どうしたのかと疑問に思った冴久がその視線の先を見れば、ちょうど商店街の中心部の十字路にたどり着いた雨京たちの姿があった。

 紳士仲間として交流のある隼人は冴久もよく知っているが、その周囲の少女のことは知らず、友人の友人である雨京のことはぼんやりとしか覚えていない。彼らを見て何故亜里沙は固まったかと考えた冴久だったが、雨京が少女の内の1人と仲睦まじく手を握っているのを見て結論に至った。



「えっと……、うきょー君だったか」


「え?」


「あそこにいる彼」


「あ、ああ。そう、ですね」



 冴久の問いかけに亜里沙は心ここにあらずといった様子で応える。普段見せない複雑な乙女心を表面化させていたが、女性経験はからっきしない冴久はそれ以上どう声をかければいいか分からずにいた。

 以前から雨京の話題になると目を輝かせていたことから好意を抱いていることは冴久も知っていた。その彼が見知らぬ少女と手を繋いでいるところを見れば衝撃的なものだとヘタレ童貞の冴久でも理解できていた。

 固まってしまっている亜里沙に代わり、店内にある商品の値札を見て冴久はスマホの電卓を駆使して合計金額を導き出す。そして財布からぴったりの金額を取り出し、哀愁を漂わせ始めている亜里沙の空いていた右手の平にそれを乗せてあげた。



「ほい。ぴったりなはずだけど、確認してくれ」


「へ? あ、ああ! すみません!」


「まあ、その、何だ。頑張れ倉橋。負けるな倉橋。いい出会いが待ってるって」


「……冴久先輩には言われたくないです」


「ごもっともで」


「……ぴったりです。すみませんでした、反応が遅れて」


「いやいや、気にしないで。そんじゃ、そろそろ行くわ」


「はい。あ、そういえば冴久先輩。お祭りには参加するんですか?」


「あー、参加はしないな。俺はいつも通り父さんの手伝いでとある場所の見回りする予定」


「またいつものですか。見回りって言いますけど、毎回どこにいるんですか。全く姿を見ないんですが……」


「特別な警戒地点があるのよ。ま、俺が過ごしやすい人気のないところだから苦じゃないのさ」


「それでいいんですか?」


「それでいいの。それこそ俺クオリティ。皆が楽しめるならそれでいいの」


「そんなもんですか……」


「そんなもんよ。じゃ、またなー」


「あ、はい! またのご利用お待ちしてますー!」



 決してぶれることのない冴えない雰囲気を醸し出したまま、冴久は去って行く。その後ろ姿に亜里沙はいつも通りの元気な声で送り出してあげるのだった。

 


「……まだ、諦めきれてないってことなのかな」



 冴久が見えなくなったところで、亜里沙は寂しそうに小さく独り言ちる。その目に焼き付いているのはすでに別の方角へと行ってしまった笑顔の雨京。

 昨日会ったときに自らの思いが報われることがないと確信したが、まだ完全に諦めきれていない自分がいる。それを今はっきりと自覚した亜里沙は、明日へ向けての決意を胸の中で固めていく。



「駄目だとしても、思いは伝えなきゃ……。ああ、いらっしゃいませ!」



 決心した亜里沙は新たにやってきたお客さんを笑顔で迎える。その笑みに胸中の悲しみが現れぬよう、頑張りながら。






     ※※






「ここがそうなの、雨京?」


「そうだよマリーちゃん! こここそはこの田舎町が誇れる数少ない名物のアタタタ!! 痛いってばニアちゃん!!」


「マリーが話しかけたのは雨京お兄ちゃん。お邪魔虫は黙って」


「わ、分かったって! だから耳! 耳掴むの止めて! ちぎれるぅ! ていうか千切れてない!?」


「うるせえよ隼人。千切れてないから安心しろ」


「あはは……。それで、どうなの雨京?」


「ああ、ここがこの商店街で一番紹介したいと思ったお店。江戸時代辺りから続く由緒正しきところなんだ」


「エド時代……! まだアメリカが建国される前の古~い時のことだね!」


「そうそう。マリーは物知りだね」


「えへへ。日本のことは大好きだからね」



 そういって嬉しそうに瞳を輝かせるマリー。愛らしいその姿と大好きという単語を聞いて思わず雨京は鼓動を跳ね上げてしまった。

 雨京たちがやってきたのは商店街の西側にある老舗髪飾り店、『高天望こうてんぼう』。町の名を冠する店名は伊達ではなく、江戸時代から続く歴史あるお店。この町が誇れる2つの内の1つだ。

 観光客からの収入だけでなく、特別な行事の際に多くの特注の注文が入るために売り上げは上々。安定した利益を上げているためか他店と違って何度か改装されており、和風な趣の内部は高い評価を受けている。

 早く入ってみたいとうずうずしているマリーのために雨京たちは中へと入っていく。夏の熱気が遮断された自動ドアの向こう側はとても涼しく、そして煌びやかな空間が広がっていた



「……すごい」



 感嘆の言葉を漏らしたマリーの視線の先にあるのは数多くの髪飾り。安価でありながらも完成度の高い物が棚に並び、奥のショーケースには細部まで徹底的に作りこまれた最高級品が飾られている。

 じっくり見て回っていいかと目で訴えてきたマリーに雨京が頷いて答えると、小さな手は離れて意気揚々と店内を見て回り始めた。それにニアも同行し、まるで姉妹のようにぴったりと付いて行く光景はとても微笑ましかった。



「これはサクラをモチーフにしたやつかな……。すごく綺麗」


「マリー、こっちも見てみて。これ、お母さんに似合いそう」


「どれどれ? おお~……! いいんじゃないかな?」



 女子2人が静かに盛り上がる中、少し離れてそれを見守る男子2人。特に頬が緩み切っている雨京に対し、隼人は笑いをこらえながら話しかける。



「……すげえ喜んでるな。そんでお前も。だらしなくにやけてんぞ雨京」


「え、マジか」


「そんな顔初めて見たぞ。いや~、惚気てるね~」


「う、うるせぇよ隼人。あんな可愛い姿見せられたら誰でもこうなるって」


「ほっほ~ん。ほっほっほ~ん。『可愛い』ね~。お前の口から女子の評価が出るとは~。こりゃ今後いじれるネタが手に入ったは~」


「お前は……」



 凄まじく腹立たしい口調で話す隼人に怒りと焦りが入り混じった感情を心で雨京は震わせる。単純に腹が立つのと、夏休み明けに学校でマリーとの関係を多くの者に言いふらされる危険性を察知したからだ。

 どうやって隼人を黙らせるかと考えながらも、雨京は興奮冷めやらぬマリーに目を奪われてしまう。とても可愛いのだが、興奮しすぎて帽子が不自然に揺れ動いている。あの中身では狐耳がぱたぱたと忙しなく動き続けているのだろう。

 他にもそれなりにお客さんがいる。怪しまれないためにも指摘した方がいいか。そう考えた雨京がマリーとニアの下へと近づいていったが、先にその足を止めたのはマリーだった。



「……これ、すごく綺麗」


「どうしたのマリー? 気に入ったのがあったのか?」


「ああ、雨京。ショーケースの中にある、あの白い花の髪飾りがすごく綺麗だって思ったの」


「あれか……。おお、確かに。マリーに似合いそう」



 マリーが指さす方を見れば、そこには白い花をあしらった美しい髪飾りがあった。細部まで作りこまれたそれの値段は相応に高く、残念ながら雨京の小遣いを総動員しても全く届かないほど。

 しかしながら間違いなく似合う。であればせめて僅かな時間試用させてもらうことはできないだろうか。その意図を店主に伝えようと雨京が動き出そうとしたのだが、



「あれが気になるのかい?」


「おわぁっ!?」


「何だいそんなに驚いて」


「い、いや、すんません。まさか背後にいるとは」



 いつのまにか雨京の背後に立っていたのは鋭い眼光の老婆。日本人女性として美しく年をとった彼女こそが、この店の現職の職人であり店主でもある『高野小梅たかの こうめ』だ。

 小梅の視線は自らが作った白い花の髪飾りとマリーとをいったりきたりしている。一体何をしているのかと問いかけたくなるが、滲み出る凄みがそれを遮っていた。

 どうすればいいものかと雨京が困惑していると、小梅はその視線を今度は雨京に移した。何もかもを見透かしているかのようなそれに雨京がたじろいでいると、小梅は口元に笑みを浮かべる。



「あんた、雨京だったか」


「あ、はい」


「あの茶髪の子はお前さんの連れで間違いないかい?」


「そうです」


「ならあの子と一緒に付いておいで。そこの可愛い赤毛の子とアホの隼人は付いて込んでいいからね」


「ちょ、小梅婆さん。俺をアホ呼ばわりすんのは止めて――」


「うっさいはボケナス隼人。あんたのことは私は小さい頃から知っとる。アホをアホと呼ばんで何という」


「辛らつだ~」



 近づいてきた隼人を一蹴し、そそくさと歩いていく小梅。その後を雨京はマリーと一緒について行くのだった。


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