13 3人+1人
昼食も終わり、マリーと会う約束の時間まであと少しとなった。家を出た雨京とニアが今現在いるのは待ち合わせ場所の公園だ。
夏休みを全力で楽しむ小学生ズが元気にはしゃぎまわる様子をベンチに座って眺める。夏ののどかな田舎の光景を目に焼き付けていると、元気いっぱい過ぎて面倒くさい声が聞こえてきた。
「いやあ、夏だね雨京!」
「そうだなー」
「夏と言えば祭り。祭りと言えば恋! 恋といえばきゃっきゃうふふな美味しい展開の数々ぅ!」
「そうだなー」
「雨京に彼女ができたってことは俺にも可能性があるってこった! どうだい、えっーと、ニアちゃんだっけか? 俺と同年代で気が合いそうな子が追加で来たりしない?」
「そ、それはないと思い……ます」
「まぁじかー! 残念だわー。だが諦めねえぞ。夏休みは31日まで! まだまだ時間は――」
「ああもううるせえよ隼人! 何でお前ここにいるんだ!」
一向に止む気配のない無駄に元気な隼人に立ち上がって突っ込みを入れる雨京。ニアはその背後に隠れ、全力で隼人へ警戒心を露わにしていた。
「そんなの暇だから邪魔しに――げふんげふん。もっとこの高天望町をよく知ってもらいたいから加勢に来てやったんじゃないか! 友達だから当然のことだよ!」
「ナチュラルに邪魔しにって言ったなこの確信犯」
「まあまあ。いいじゃねえか。これも夏の思い出の1つってことで。可愛い子独り占めは俺じゃなくとも嫉妬するぞ」
「あーそーかい。もう付いてきてもいいからもう少し静かにしてくれ」
「はい言質いただきましたー! よろしくなニアちゃーん。って、何でそんなに睨んでるの?」
「うるさい人、嫌いです……!」
「マジか! でも慣れれば癖になるかもよ。ほら、お近づきのしるしに握手でもしようよ」
「やだーっ!!」
握手を求める隼人とそれを拒否するニアが雨京の周囲をぐるぐると回って無限の追いかけっこを開始した。もはや突っ込みきれない雨京は苦笑いしながら天を仰ぐことしかできない。
昨日の夜に埋め合わせで遊んだ際に今日のことを話したのが間違いだった。先回りした隼人はベンチにてどや顔で雨京のことを待っていたのだ。そして現在に至る。
楽しみと喜びに満ちるはずだったひと時を過ごすことはできなくなってしまった。恐らくというか間違いなく最後まで隼人は雨京に付いてくるからだ。
どうしたもんかと特大のため息をついたところで雨京の視界に大きい帽子をかぶり、田舎に似合わぬ青を基調とした綺麗な服を着てこちらに近づいてくる存在が映った。
「お待たせ、雨京」
「いやいやこっちも今来たところ」
「えっと……、雨京の周りでぐるぐるしてるのは……?」
「お初ですマリーさん! 俺は雨京の親友、木梨隼人って言いまっす! よろしく!」
「よ、よろしく……」
無駄な決め顔を見せつけられて困惑するマリー。その様子から今日の間付きまとってくることも察してしまったようだ。可愛いはずの顔が引きつっていた。
心の底から申し訳ないといった視線を向ければ、しょうがないねといった感じの苦笑いを返してくれた。それによって雨京の罪悪感はさらに倍増することとなってしまう。
失意に沈む雨京にうざ明るい隼人。2人きりで行けないことを残念に思うマリーは小さく息を漏らしたが、その目にいるはずのない存在が映ったことでその表情は変わっていく。
「……ニアちゃん?」
「うん。久しぶり、マリー」
「久しぶり。ニアちゃんがここにいるってことは、もしかしてお父さんとお母さんも?」
「ううん、私だけ。明日までお母さんがここにいろって言ってたの」
「へ、へえ……。そっか」
「だから、今日はマリーの家に泊めてもらおうと思ったの」
「……分かった。いいよ」
「本当に? 良かった……!」
「良かったな、ニア」
「全部雨京お兄ちゃんのお陰。本当にありがとう」
「どういたしまして」
安堵の笑みを浮かべるニアを見て、つられて雨京も笑顔になる。微笑ましい光景を見てそばにいた隼人も心をほっこりさせているが、マリーだけは違った。
マリーの異変に雨京も気づき、どうしたかと声をかけようとしたがニアがそれを止める。何が何だか分からないまま雨京が口をつぐむと、その代わりにニアがマリーに向けて言い放った。
「大丈夫。パパやママ、それと他の人達にもあのことは話さないから」
「……!」
「……それじゃ、今日はこれからどこに行くんだっけ? 雨京お兄ちゃん?」
「ええっと、昨日ゆっくり回れなかった商店街だね」
「分かった。じゃあ行くよお邪魔虫」
「え? お邪魔虫って俺のこと? って痛い痛い! 耳引っ張んないでニアちゃん! ってか力すごくない!?」
「うるさい」
想定外の力で耳を引っ張れれたまま隼人は商店街の方へとニアに連れていかれてしまった。後に残されたのは雨京とマリーのみ。
気を使ってくれたことに雨京が感謝していると、突然マリーが左手を握ってきた。いきなりのことに心臓の鼓動が跳ね上がる雨京だったが、その小さな手が震えていることに気が付いた。
「マリー? どうしたんだ?」
「あの子……、ニアにあの資料見られたの?」
「ああ。でも誰にも話さないって約束してくれたよ。それでも問題があるの?」
「ないとは言い切れない。あの子の名前の全部、雨京は知らないんだよね」
「ニアの名前?」
「『ニア・フォン・ロンギヌス』」
「……え」
「この前の話に出てきた一族。その頂点にいるアダムス・フォン・ロンギヌスの養子なの、あの子」
「ニアが……」
衝撃的すぎる事実に雨京は驚きを隠すことができない。まさか養子とはいえ脅威とされる存在の娘とこうして関係を構築することになろうとは。
そして今になって湧き上がってきた焦りが雨京の心を満たしつくす。もしかしたらニアにあの資料を見られたことが後々のことに悪影響を及ぼす可能性があるからだ。
マリーの手が震えていたのはそのためか。取り返しのつかないことをしてしまったことを悔やむ雨京にマリーは静かに語り掛ける。
「いざとなったら今日私の家に泊めた時に対処したいと思う」
「……記憶制御ってやつ?」
「うん。でもそれは最終手段。親であるアダムスにばれたら解除されて、透視術で探られる可能性があるから……」
「信じるしかないか。ニアを」
「あの子がいい子であることは知ってる。口外するようなこともしないと……信じたい」
「ごめんなマリー。俺が不用心なばっかりに」
「雨京は悪くない。こんな事態になるなんて予想できるわけがないから。大丈夫、何とかなるよ」
「そう……、だな」
お互いの手を握り、震えを誤魔化す。そうすることでしか互いの心の不安を押し込めることができなかった。
ニアを通じて今回のことが露見した場合、少なくともカリウスの目指す世界存続のための方策が全て水泡に帰すことは間違いない。そして、彼と通じていたアークライト家や雨京にも影響が及ぶだろう。
不安は恐怖に。その恐れを打ち消すための良い方法などあるわけもなく、ただただ2人は立ち尽くすことしかできない。そんな沈み込む2人だったが、そんな心境など知らない小学生ズの野次が飛んできた。
「ラブラブ雨京だー! 可愛い子と手つないでるー!」
「ひゅーひゅー!」
「そのままちゅーもしちゃうかー?」
「んなっ、うるせえぞお前らー!」
「ラブラブ熱中症雨京が怒ったぞー! 逃げろー!」
「ぎゃははは~! 逃げろ~」
「あ、あいつら……」
「……あはは。元気、だね」
散って行った小学生ズの元気たっぷりな後ろ姿を見て、マリーはくすりと困ったような表情で笑った。こんな状況化だが、雨京とマリーはまだ手を離してはいない。
野次によって心に熱量を取り戻し始めた雨京だが、マリーはまだのようだった。好きな子の暗い表情をこれ以上みたくない雨京は、自らもまだ不完全な心を奮い立たせる。
「俺はニアを信じるよ。あの子なら、ちゃんと約束を守ってくれるはずだよ」
「私も信じたいな。でも、もしものことを考えると……」
「その時は俺がマリーを守るよ。全力でね」
「……それ本気で言ってる?」
「もちろん。その気になれば世界の裏側にだって逃避行を――」
「手、震えてるよ?」
「うぐっ」
「……ふふふっ」
頑張ってはみたものの痛いところを突かれてたじろぐ雨京を見て、少し嬉しそうにマリーは笑った。その表情からはもう暗さは感じられない。
少しでも助けになれたことは嬉しいが恥ずかしくなってきた。じわじわと上がり始めた体温が手を通してばれてしまわないかと心配になってしまう。
そんな自らのために行動してくれた雨京のことをマリーはしっかりと見ていた。雨京に対する思いがまた少し大きくなっていくことを実感しながら、繋いだままの手を引いて商店街の方へと向けて歩き出す。
「それじゃあ行こうよ雨京。ニアちゃんたちが待ってるよ」
「あ、ああ。そうだな」
手を引くマリーの笑顔を見て思わず心をときめかせつつも雨京はそれに続いて商店街へと向かった。付き合いたての男女の初々しい姿は見ている周囲が気恥ずかしくなってきてしまう。
まだ不安を残しながらを今を楽しむことにした2人。その姿を遠目から、正確に言えば上空から見守っている存在がいた。
白化粧が特徴的な和服姿の男性と、地味な色の和服に身を包んだ渋めな見た目の男性。少なくとも”生きているとは思えない”彼らは、思い思いに眼下で見た感想を述べていく。
『……見てて体の至る所が痒みを訴えてるんだけど』
『同じくだ。だが、お前と意見が合うのは嫌だな』
『はあ? あたしもあんたみたいなひねくれ者と一緒にされたくないわ』
『そこに関しては否定しねえよ。だがな『椿』。その言葉が自分自身に帰ってきてんのを忘れんなよ』
『百も承知よ。それでも改善できないものはしょうがないじゃない。実際このまま死んだんだし』
『それをいわれちゃおしまいだ。そんじゃ、俺は準備に戻るかね』
地味な和服の男性はそう言い残して町の北方を目指して動き始める。気だるそうなその姿に対し、椿は言い放った。
『予定通りなら明後日からよね、『清明』。ちゃんと準備進んでるんでしょうね?』
『俺を誰だと思ってる椿。全て万事うまく進んでいるさ』
『どうだか。あんたたまに油断するからね。特に死に際とか酷かったし』
『あのことはもう言わんでくれ。思い出すだけで自分の甘さに嫌気がさしてくるからな。じゃ、また明後日な』
『はいはい。頑張ってー』
去って行く清明に手を振り、椿は視線を雨京たちの方へと戻す。そこにはちょうど商店街に入っていく姿があった。
上空にいた椿は迷うことなく下降し、初々しい2人の様子を間近で観察するために追跡を開始する。
『……あの2人に子供出来たらどんなことになるのかしらね』
あったとしてもかなり先の未来のことを想像しながら進んでいく椿。その顔は常人には見えていないことをいいことに緩み切っているのだった。




