第四話
レオナルドの発言に、ミアカーナが口を挟むことはなかった。しかし挟まなかっただけで、心中は様々な気持ちが渦巻いていることだろう。一瞥すれば、表情に出すまいと必死に堪えているミアカーナの姿がそこにあった。エマと同じようにミアカーナも、レオナルドに恋する女性の一人。辛くないはずがない。申し訳ないと思いつつ、レオナルドに現状を正直に告げる。
「何度も申し上げますが、私は治癒魔法師ですので。この体である以上、私は生涯添い遂げる人を作る気はありません。ですのでその先は決して口になさらぬよう、お願い申し上げます」
エマは確かに魔力過多症を克服した。しかしそれは完全にではない。ただ一つの打開策を見つけたに過ぎなかった。
魔力過多症と体が不釣り合いな量の魔力を勝手に作り続けてしまい、有り余った魔力が体を攻撃してしまう恐ろしい病だ。大量に作られてしまうのならば、その分魔力を使い続ければいい、余分な魔力全てを体外に発散してしまえばいいと一度は考えるだろう。
しかし魔力過多症になった者に限らず、基本的に人間は普段と同じ以上の魔力を出すことができない。そのため普段と同じ量の魔力しか外に放出することができず、どんどんと体に魔力が蓄積してしまう恐ろしい病だった。時間をかけて外に出す訓練をすれば放出量は増えるが、残念なことに魔力過多症になった者にそんな時間の猶予はなく、病にかかった誰もが命を散らせていった。
――打開策を見つけたエマ以外は。
余命を宣告されてからもうすぐ一年。余命まで残り七日になった時、エマは息を吸うことすら辛い状況でふと思ったのだ。
魔法は属性等の適正が無ければ使えない。特に治癒魔法が使えるものは希少で、数が少なかった。しかしエマは幸いにも治癒魔法の適正があった。
魔力は体外に普段と同じ量ずつしか放出できないが、その逆、体内への治癒魔法として放出してはどうなのかと考えてしまった。誰も試したことはないのか、そうした話は今まで聞いたことがない。
だから試しに魔力で傷ついた体を治癒魔法で癒してみたのだ。すると下手ながらにも普段の何倍もの量がある魔力のおかげで、体は見事に回復をしていった。
久しぶりに軽くなった体に喜んだエマだったが、治癒魔法を止めた途端、有り余る魔力が再びエマを襲ったのだ。その時エマは察してしまう。
膨大な魔力に常時体を蝕まれているため、常に治癒魔法で体を回復させなければ、エマが生きる方法はないのだと。
最初は常時治癒魔法を発動させていることが辛くて仕方がなかったが、今となっては呼吸をするように自然とできるようになった。
今のエマの体は、治癒魔法が常時発動している状態で、魔法によって命を永らえているに過ぎない。そんなエマが、子どもを産めるはずがなかった。常に治癒魔法で元の状態へと戻ってしまうのだから。医師にも妊娠する可能性は限りなくゼロに近いと確認を取ったのだから間違いない。
レオナルドもそのことは国王ライアン伝えで聞いて知っているはずだ。だからこそもうエマが誰かと婚約をすることや、結婚することも一生無いことを、自分自身の口ではっきりと告げた。
「そっか……。治癒魔法師の仕事、頑張って」
「勿体無きお言葉、ありがとうございます」
そんなエマたちを見て居た堪れなくなったのか、話を切るようにしてミアカーナが口を挟んできた。
「ねぇお姉様、たまには家に顔でも出してちょうだい。父上や母上、リカルドもお姉様に会いたがっているわ」
「……はい」
「行きましょう、レオナルド様」
「うん」
二人が腕を組んで去っていく後ろ姿を見て心が痛む。
(でも、私にこんな気持ちを抱く資格なんてない)
泣きたくなる気持ちを堪え、痛みで消し去ろうと両頬を叩いた。
「お嬢様……」
「なに、ワトソン君?」
「本当によろしかったのですか?」
ウィリアムが言いたいことなど、言葉にしなくてもすぐにわかる。けれどエマは敢えて気づかないふりをした。
「なにが? 私はこれでも幸せなのよ。余命を宣告されたあの日からもう五年も長く生きられたのだもの。皮肉なことに体を蝕んだこの膨大な魔力のおかげで、誰かの役に立つ仕事につくことも出来た」
たとえレオナルドの婚約者という立場から身を引いたのだとしても。
政略結婚とはいえ、互いに想いあっていたのだとしても。
レオナルドの新しい婚約者候補は妹のミアカーナに決まった。それはリアム国の決定事項だ。エマが覆すことなどできはしない。それに問題を抱えた体のエマよりも、健康な体を持ち、子どもが産める体を持つミアカーナと婚約した方がいいに決まっている。まだエマのことを少なからず想ってくれているようだが、エマに気づく前まではあれだけミアカーナと楽しそうに話していたのだ。時間が経てばエマとのことなど忘れ、ミアカーナだけを愛するようになるだろう。全ては時間が解決してくれる。
その際に痛むエマの心など、些細な事に過ぎない。
「幸せなのよ、私は」
自身に言い聞かせるように、再度呟く。
そんなエマの呟きに、ウィリアムが言葉を返すことはなかった。ただ、エマの心を守る騎士のように、何も言うことなくただ隣にいてくれた。
そんな好意に甘えるように、傷ついた心から目を逸らせるようになるまで、頭をウィリアムの肩に預ける。
それを振り向いていたレオナルドに見られていたとも知らずに。