第三十四話
祝福の歓声と拍手を身に受けながら、再度ライアンに頭を下げ、レオナルドとともに謁見室をあとにした。自室と化している客室まで来ると、一気に体の力が抜けてしまう。
「エマ、大丈夫? 少し横になる?」
エマには過保護すぎる方がちょうどよいと思っているのか、レオナルドは少し息を吐いただけで、ベッドを勧めてきた。エマもレオナルドの前で二度も吐血しているので、それほど強く大丈夫だと言い返すことが出来ず、苦笑しながらもソファを指さした。
「ソファで十分よ、レオ。少し気が抜けちゃっただけだから」
「わかった」
「きゃあ」
納得したかと思いきや、レオナルドはエマの体を横抱きして、ソファまで歩いていった。いきなりのことに小さく驚きの声を上げてしまう。しかしそんなエマの反応が余程気に入ったのか、可愛いと耳元で囁かれてしまった。
「可愛くないわよ……」
出会った頃ならともかくとして、エマは二十歳になる。可愛いよりも、綺麗と言われることの方が多い年頃だ。恥ずかしさもあり、せめてもの抵抗で小さく言い返すが、そんなエマの抵抗は軽く無視されてしまう。
「それに、ソファまでの数歩くらい歩けるわ」
「僕がやりたいんだから、僕にやらせてよ。五年間の穴埋めだと思ってさ」
「うっ……わかったわ」
それを言われてしまうと、エマも言い返せず、頷くしかなかった。
ゆったりした二人掛けのソファのはずなのに、エマの隣に座るレオナルドがエマと離れたくないらしく、エマとレオナルドの間に隙間は全くない、そのせいでソファの左右にかなり余裕がある感じとなってしまった。
そんなエマたちの元へ、二つのティーカップが置かれる。
置いたのはエマたちの後ろを付き従って一緒に部屋へとやってきたウィリアムだ。
「どうぞ、アップルティーとなります。合わせにバタークッキーやドライフルーツ等を用意してみましたので、こちらと合わせてどうぞ」
まだ夕食まで時間はあるが、よほど緊張をしていたのか、お菓子を見た途端お腹が少しだけ空いていることに気がついた。ウィリアムの用意してくれた量は、適度にお腹を満たすのにちょうどよかった。
さすが誰もが欲しがる万能侍従である。
「ありがとう、ウィリー」
「いいえ。では部屋の外で待機しておりますので、何かございましたらお呼びください」
「わかったわ」
エマとレオナルドの距離間が明らかにおかしいのに、突っ込まないどころか平然とした対応をする辺りさすがとしか言いようがない。むしろ突っ込まれても恥ずかしい思いをするだけなので、ウィリアムの心遣いに感謝をしたくらいだった。
パタンと扉が閉まる音とともに、部屋の中はエマとレオナルドの二人きりとなる。
「エマ、飲む?」
「ええ、飲むけれど……自分で飲めるわよ?」
「僕が飲ませたいんだから、僕にやらせてくれると嬉しいな」
普段ならば絶対に断るところだが、数分前に言われた『五年間の穴埋め』という言葉が脳裏をよぎる。
「…………今日だけなら」
今日限定、という言葉をつけて許可をすれば、心底嬉しそうな笑みを輝かせていた。
「嬉しいな。ありがとう。はい、エマどうぞ」
口元にティーカップを持ってこられ、アップルティーが口内に流れ込む。ふんわりと優しい風味が広がり、こんな状態にも関わらず思わず頬が緩んでしまった。ほっこりとしていると、バタークッキーが唇をつんつんとつついてきた。香ばしい匂いにつられて唇を開ければ、さくっとした歯ごたえとともに欲していた甘さが駆け巡る。
「どう? 美味しい?」
「とっても!」
もぐもぐと口を動かし、ごくんと飲み込むと、再びティーカップを唇へと近づけてくれた。アップルティーで口の中を潤して満足すると、次はドライフルーツを食べさせてくれた。まるで親鳥から餌をもらう雛のように至れり尽くせりな環境だ。終盤ではすっかりそれに慣れてしまい、食べ終わる頃には羞恥心はすっかりどこかへ行ってしまっていた。




