第二十六話
「ウィリー!!」
雨に負けんとばかりに、声を張り上げる。
「どうしましたか? お嬢様」
魔物と戦いながらのため、聞こえない可能性もあった。しかしウィリアムはきちんとエマの声を拾ってくれたようだ。
「いい考えがあるのよ! あの雷を魔物に落とすことは可能かしら?」
「……ああ、なるほど、そういうことですか。もちろん可能ございます」
ウィリアムが有能なことは、エマが身を持って知っていた。侍従の仕事も護衛の仕事も完璧にこなすうえに、エマの要望にはいつも出来る限り沿ってくれた。
エマの作戦は、この悪天候を生かした単純な作戦である。しかしこの作戦には、もう一人の協力者が必要だ。名前をきちんと呼ぶのも時間が惜しく、昔のように愛称を叫ぶ。
「ウィル! 貴方、その水の魔法はこの雨を巻き込むこともできるかしら!!」
久しぶりに愛称を呼ばれたウィルフレッドは、こんな局面にも関わらず、嬉しそうに破顔して見せた。
「やったことはないが……義姉上の頼みとあらば!!」
「ではお願いするわ! その力を振るうタイミングは言わなくてもわかるはずよ!!」
「無茶を言う……。だが、このまま拮抗した状態を打破できるのならば、その無茶、引き受けようではないか!!」
ウィルフレッドは魔物からの攻撃を躱しながら、剣に纏わせていた水の魔法を、雨でさらに増大させていく。
「さすがウィルね……」
一度も試したことのない魔法を、即座に使うなど、並大抵の人にできることではない。さすが副団長を任されているだけはある。
ウィルフレッドの準備が整ったことを確認すると、視線をウィリアムに向けた。
「ウィリー!!」
「お任せください!」
ウィリアムには懐に隠し持っていた金属製の短剣を二本、そして細くて長いロープを一本取り出した。ミアカーナを安心させるために見せていた物の一つだ。あの時は備えあれば憂いなしというウィリアムの言葉に飽きれていたが、まさかここで活躍するとは思ってもみなかった。
ウィリアムは二本の短剣をロープで繋ぐと、片方の短剣を魔物の角に巻き付けるように投げ、もう片方の短剣はゴロゴロと鳴り続ける雨雲に向かって放り投げた。
魔物が己の角に巻き付けられたロープを振り解こうと、頭を何度も振っていた。そのせいでもう片方の短剣がロープに引っ張られ、あらぬ方向へと行先を変えてしまう。しかしそこはさすがウィリアムというべきなのか、さらに取り出した数本の短剣を短剣に当て、軌道をしっかりと修正していた。その正確な投術は、おそらくどの騎士にも引けを取らないだろう。いつの間にそんな技術を習得していたのかと驚くばかりだ。
そうして短剣はロープの届く一番空に近い位置まで上り詰めた。
(お願い、どうか!)
灰色の雨雲の中を黄色い光が幾つも駆け抜け、地上に向かって一本の雷を落とした。眩い光に目を開けているのが辛くなり思わず閉じてしまった。びりびりと体を震わせるような轟音に体がびくりとしてしまう。
短剣に無事雷が落ちたのか心配で、心臓を叩く音が一際早くなる。
しかしそんな心配は無縁だと言わんばかりに、雷とは別の大きな音が、いや正確には声が辺りに響いた。
「やった、成功よ、ウィル!」
目を開けなくてもわかるが、自身の目でどうしても確認がしたくて、まだ光の残像が残る視界で、魔物を探した。
ウィリアムの放った短剣に当たった雷は、ロープを伝ってしっかりと魔物を攻撃してくれたようだ。ローブ部分が金属製の方が効果がいいのだが、そこは我侭を言っている場合ではない。それにロープでもこれだけの効果が出ているのだから万々歳だ。その証拠に魔物の体は所々黒く焦げ、動きはかなり鈍くなっている。
しかしこれで終わりではない。まだ魔物は生きているのだから。
魔物へとどめを刺すのは、雨という大量の水に覆われた剣を持つ、ウィルフレッドの仕事だ。エマが名前を呼ばずとも、ウィルフレッドはきちんと自身のやるべきことを理解していた。
両腕で振り上げられた剣は、動きがすっかりと鈍くなった魔物の中心部、つまりは心臓部に突き刺さった。傷口から大量の水が魔物の中へと侵入し、魔物の体がぶくぶくと異様な膨れ上がりを見せる。ウィルフレッドの魔法によって、雨雲から落ちる雨はほとんど剣に集まっていき、そして魔物の中へ遠慮なく入っていく。ただでさえ心臓を貫かれて絶命する寸前だというのに、ウィルフレッドの容赦ない攻撃は続いた。




