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第二十五話

 『オムニア』を用いる最上級治癒魔法を使用すると決まれば、早い方がいい。一秒、また一秒と時間が経つ度に、騎士たちの傷は多くなるばかり。それは魔物も同じだが、味方の傷は少しでも早く治してあげたい。

 エマが失敗したときのことを考えて、アネットが魔物とある程度の距離を取って控えることになった。もちろん傍には護衛の騎士が控える。

 『オムニア』という広範囲の治癒魔法を使用するならば、エマを中心として円形に範囲指定する方が望ましい。そのため少しでも魔物に近づく必要がある。ウィリアムには負担をたくさんかけてしまうことになるが、そのことについてウィリアムは何も気にしていないようだ。むしろエマの体の方が心配のようで、終始体の心配をしてくれていた。

 天候は初めからよくはなかったが、ここに来て悪化したようだ。ぽつり、またぽつりと雨が降りはじめた。空を見る限り、近いうちに本降りになるだろう。濡れていく服に、気持ち悪さを感じるが、ここで傘をさす余裕はない。むしろ邪魔になるだけだ。

「お嬢様、いえ、エマ様。ご準備はよろしいでしょうか?」

「いつでも!」

 ウィリアムに促され、エマは魔物のいる中心部へと足を走らせた。

 中心部に行くにつれ、怪我人の重症度は増していく。命に関わるような怪我ではない限り、心は痛むものの治癒魔法を施さなかった。

 魔物に近づけば近づくほど魔力は増えていく。増えていくのに比例して体調は悪くなっていくが、それでも『オムニア』をこの規模で使用するのは初めてなのだから、少しでも魔力は多く温存しておいた方がいい。

 魔物から約二百メートル程離れた位置で足を止める。

 これまでも治癒魔法を放つために魔物の近くまで足を運んだが、ここまで中心部に来たことはない。『ザイル』は近場にいる複数人の怪我を治す治癒魔法ではあるが、魔力操作次第で遠くにいる者の傷も癒すことができるからだ。

 今から放つ魔法は『ザイル』よりもさらに広範囲の者たちを癒す。視界には、森の木々の高さを超える三本の角を持ったチーター、つまり魔物が鋭い爪で、騎士たちと戦っていた。やはり最後に見たときよりも体が大きくなっている気がする。しかし俊敏さは変わらず、騎士たちを翻弄するように戦っているが、王国の騎士たちはそれにやられるほど軟ではない。誰もがその動きについていこうと目を駆使し、己の刃や魔法を振るっていた。

 魔物であるチーターと騎士たちの血があちらこちらに飛び散っており、緑よりも赤の方が多く視界に映り込んでくる。息をするたびに、鉄分の匂いが入り込んでくる。

(もうこれ以上、犠牲は出させない!!)

 たまに魔物がこの中で一番弱いエマに攻撃を仕掛けてくるが、そこらの騎士よりも腕が立つウィリアムによって、鋭利な爪を弾き返されていた。その際に中心部で戦っていたウィルフレッドが、エマがいることに気づき、声を張り上げる。

「どうして義姉上がここに!」

 その思いは尤もだろう。しかし今は説明している余裕はない。

「理由は後で話すわ!」

「絶対に、だぞっ!!」

 ウィルフレッドはウィリアムを一瞥し、魔物へ攻撃を繰り出していった。手に持つ剣は、水を帯びており、その水こそがウィルフレッドの魔法によるものなのだと推測できる。ウィルフレッドも致命傷ほどの傷は受けていないが、中心部で戦っているだけあって、その傷は誰よりも多かった。

 耳につけている二つのピアスを触りながら瞼を閉じる。そして大きく深呼吸をした。心臓はばくばくと大きく音を立てているが、気持ちは自然と凪いでいた。

 瞼をゆっくりと持ち上げ、魔力を操作しながら、呪文を唱えた。

「メア・ドーナ・アボートゥム・オムニア・サーナ・ヴルネラ」

 唱え終わると同時に体から魔力が放出されていく。エマを中心として数キロの範囲を指定、そして固定した。『ザイル』の時は必要な魔力が一度放出されて終わりだが、『オムニア』はそうではない。エマが一度に放出できる魔力が常に放出され続けた。その量の魔力を常に操作しなければならないので、疲労で頭痛が襲ってくる。

 魔力は魔物に近づいたおかけで増減を繰り返している。若干減る量の方が多いくらいだが、この調子であれば問題ないだろう。問題があるとすれば、いつまで繊細な魔力操作が続けられるかという点だ。

(…………っ)

 想像以上の魔力操作に、意識が飛びそうになる。しかしこの局面、易々と意識を飛ばすわけにはいかない。エマは唇を噛み、痛みで意識を保った。唇から血が流れるが、自身にもずっと治癒魔法をかけ続けているので、数秒もしないうちに唇の傷が癒えていく。そのせいで痛みもすぐに引いてしまうので、断続的に傷を作らなくてはならない。普段ならば喜ばしいことだが、この局面に限ってはいらない治癒魔法だと内心苦笑した。

 騎士たちの傷は想像以上に多く、魔力の放出は終わることをしらない。

 視界にちらほらと映る騎士たちの服は何か所も破れが見えていたが、その傷はすでに治癒魔法によって完治していた。

 対して魔物の方は、怪我の治った騎士たちによってさらに傷をつけられていく。動きも鈍ってきており、その俊敏性は失われつつあった。しかし決定打となる致命傷がない。

 今はエマが治癒を担当しているおかげで優勢ではあるが、体力までは回復させることができない。このままいけば、いずれ劣勢になるだろう。痛む頭で必死に考える。すでに魔力操作で手一杯ではあるが、この場を乗り切るためならば、労力は惜しまない。むしろ限界のぎりぎりまで臨むところだ。

 エマの考えなどたかがしれたものかもしれない。それでも考えないよりはましだ。

(今のこの場にあるものは……森、雨、騎士、土、水、血……それから)

 周囲にある者を頭の中で挙げていく。もしかしたら使えるものがあるかもしれない、そう思いながら。

 雨に打たれるたびに体が冷えていく。世の中は春真っ只中だというのに、寒くて仕方はない。これも疲労と雨によるものだろう。雨は激しさを増していき、ウィルフレッドたちが魔物と刃をぶつけ合う音すら、雨音によってかき消される。雨が激しさを増すほど、視界は悪くなる。となれば、戦いにも不利になる。早く止まないものかと内心思うが、天候は悪化していくばかり。次第にはゴロゴロと雷の気配まで見せてきた。

(風、雷……! っ、そうよ!!)

 比較的近くの場所に落雷する。その音と同時に、エマはあることを閃いた。

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