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第十九話

 レオナルドはずっと気づいていなかったのだろう。それに対してエマは責めるつもりはない。五年振りにレオナルドと再会した時は、瞳の色を見られまいと手元に視線を落としていたし、先程も本から顔を上げた際に視線が交わったが、すぐに逸らした。だからこうしてまじまじと見せるのは今回が初めてとなる。

 正直に言えば見せたくはなかった。

 青の瞳はレオナルドが会う度に綺麗だと褒めてくれた色だったから。けれどこれ以上変なわだかまりが出来るよりはましだとエマは判断した。瞳の色なんて、エマの個人的な感情にしか過ぎないのだから。

「金の、瞳……」

「はい。魔力過多症にかかってから、瞳の色は青から金へと変わり、髪の一房も白へと変化してしまったのです。今は髪を綺麗にまとめてもらっているので分かりにくいでしょうが、こうして髪をほどくとすぐにわかりますよ」

 エマは髪をまとめていたリボンをほどき、その髪の色を見せつける。亜麻色の髪の中にある一房だけ白い髪を。

 魔力過多症は、レオナルドとの未来だけでなく、レオナルドが褒めてくれた色彩すらも奪っていった。エマがその事実を知った時の反応は、見れるものではなかっただろう。泣きわめくエマを両親やウィリアムの誰かが終始傍にいて、その体を抱きしめてくれていたことだけ記憶に残っている。

「これを見せたくなかったのです。レオナルド殿下の記憶の中のエマだけは、綺麗な亜麻色の髪を持つ青の瞳の女性でいたかったので」

 他の人からしてみれば、そんなことと思うかもしれない。けれどエマにとっては重要なことだった。苦笑交じりに話せば、レオナルドの瞳は悲しみに染まっていた。

「確かにエマの瞳の色は好きだったよ。どんな色を纏っていても、エマはエマじゃないか。でもそうか……僕の言葉がエマを苦しめてしまっていたんだね」

「いえ、そうではないのです。ただ私がそうありたかっただけなので」

「ねぇ、エマ」

「はい」

「そのエマの瞳も、僕は好きだよ。前の瞳は青空のように透き通っていて綺麗だけれど、今の瞳はそんな青空の中、輝く太陽のようで」

「…………っ」

 それは金の瞳を持つエマにとって最大級の褒め言葉だった。

 不意打ちの言葉に、瞳からぽろりと涙が零れ出てしまった。そのことに慌てるレオナルドに、両手を振ってなんでもないことを伝える。

「これは、嬉しくて……。まさかレオナルド殿下からそのようなお言葉を頂けるとは思ってもみなかったものですから」

「僕は、正直に思ったことを言っただけだよ」

「だから嬉しいのです」

 スカートのポケットからハンカチを取り出し、化粧が崩れないように目元を拭いた。エマの涙が止まるのを待ってから、レオナルドが再び話しかけてくる。

「エマ。もうエマに会っても、僕たちの関係がこれ以上変わらない限り、関係性を迫ったり、僕の気持ちを言わないと約束する。言葉遣いも無理に治せとは言わない。だから……だから、お願いだ。僕のことをどうか避けないでほしい」

「…………っ」

 切実なお願いだった。

 好きな相手と想い合っていても関係性が変わることはない。話すことができる。直接顔を見ることができる。それはとても幸せなことだろう。ただ気持ちが切なくなるだけで。

 でもエマはこの気持ちをいつか昇華しなくてはならない。そのいつかがいつ来るのかはまだわからない。それでもレオナルドと友人までとはいかなくても、それに近い関係性を持てたらいいなと思った。

「わかりました。避けないことは約束します」

「ありがとう!!」

 エマとの約束がよほど嬉しかったのか、イスから立ち上がったレオナルドはエマの右手を握りしめ嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 レオナルドの興奮が落ち着いた頃合いを見計らって、そういえばと尋ねる。

「レオナルド殿下はどうしてこちらに?」

 本題はこれだけではないはずだ。まだ王位についていないとはいえ、王太子である以上、エマには想像もつかないほどの公務があるはずだ。その合間を縫ってこうして時間を作るのは容易ではないことくらい、エマにもわかる。この時間だって、もしかしたらミアカーナのために空けていた時間だったかもしれない。エマが公爵家にいることを伝えたのはミアカーナだから、ミアカーナが了承をしてレオナルドがこちらに来ているのだとしても、どこか申し訳なさがあった。

「この件も本題ではあったんだ。けれど、もう一つ。エマに聞きたいことがあってね」

「聞きたいこと? どういったことでしょうか?」

 ミアカーナのことだろうか。ミアカーナのことならば、レオナルドよりも詳しいことを知っているだろう。

「エマが明日からの魔物討伐、治癒魔法師として同行するのかを確認したかったんだ」

 レオナルドから発せられた言葉に、嫌な意味で心臓が鼓動を強く打つ。しかしこのことだけは決して表情で表してはならない。エマは心臓が早く鼓動を打つのを感じつつ、平静を素早く装った。

「どうしてそんな確認を? 私はただ休暇を頂いたので久ぶりに実家に帰省していただけす。他意はありません」

 全てが嘘だとすぐにばれてしまう。だから答えを隠しつつ、本当のことだけを口にした。

「じゃあエマは同行しないんだね? 信じてもいいのかな」

「レオナルド殿下に嘘はつきません」

(嘘はついてない。ただ行きますと言葉にしていないだけで)

 心の中で言い訳をしながら、レオナルドの瞳を真っすぐに見た。

「そう、ならよかった」

 どうやら信じてくれたようだ。若干の申し訳なさを感じつつ、なぜそう思ったのかを尋ねることにした。エマが同行することを知っているのはミアカーナ以外の家族とウィルフレッド、そして国王であるライアンのみ。秘密にして欲しいことは了承をしてくれていたから、余程のことがない限りはばれないと思っていた。

「エマが同行する、と耳にした訳じゃないんだ。ただ、討伐に向かう騎士たちが口々にエマの名前を出していてね」

「私の……?」

 レオナルドから聞く分では、騎士たちにもエマが行くことは伝わっていない。だとしたらどうして騎士たちの口からエマの名前が出てくるのか。

「王国騎士団専属の治癒魔法師『聖女エマ』が同行してくれたら、どんなにいいことかって。誰もが口にしていた。そして同時に元とはいえ、僕の婚約者だったから出向くはずがないと残念がってもいた」

「そういうことですか……」

 今回のA級魔物の討伐を知った上位貴族や隊長格の騎士たちから、そういった要望が出ていたから、エマに話が回ってきたのだ。一般の騎士たちが同じように口にしていても、何も不思議ではない。

 むしろ実力を色々な人に認めてもらっていることを喜ぶべきなのだろう。けれどこうしてレオナルドの耳に確実な情報ではないにせよ、入ってしまったことを思うと素直に喜べない自分がいた。

 本題を聞き終えたレオナルドは、王太子としての仕事がまだ残っていたのだろう。軽く二、三言交えた後、フォルモーサ公爵家を後にした。帰る時の顔は、来た時よりもすっきりとしていたが、逆にエマは罪悪感を覚えてしまった。

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