予報ハズレの酸性雨
靴・雨・寄り道
小気味いいリズムで降り注ぐ雨に、僕と意中の彼女は同じ傘の下にいた。
初夏、梅雨独特のじめじめとした鬱陶しい空気。湿気の影響で、心持ち内側にカールしている彼女の髪を、恨めしいくらいに僕は見ている。時折映るビニール傘越しの景色が、何故かとても新鮮だ。
とん、と肩がぶつかる。他愛もない世間話を中断するでもなく、彼女はそんなこと、気にも留めていない風に水溜りを踏む。
こういう時白のスニーカーって嫌だよねと、愚痴の一つを零すくらいには、彼女は余裕だ。自分が馬鹿らしく思えてならない。
「安ちゃんごめんね」
唐突に話が変わる。これは彼女の十八番のようなもので、珍しいことではない。今は恐らく、この現状の原因を謝罪しているようだった。
今、僕と彼女が同じ傘の下にいるのか。それは極片手間に、一言で説明出来るくらいには簡潔に言える。彼女が傘を忘れた。なんてシンプルで、これ以上でもこれ以下でもない。
こんなに降るなんて思わなかったんだよね。そう言った彼女に、天気予報は見たんだ、と返す。今日の予報は、小雨だったはず、だ。ご察しの通り、今はそれなりの量の、僅かに酸性を含む水が降り注いでいる。
小雨の定義など、世間一般の中学生は知らないだろう。ただ、今降り注がれている雨は、明らかに小雨と呼べるものではなかった。
そして彼女はまた、ごめんねと紡ぐ。僕はそれほど面倒に思っていなかったし、頼られて悪い気はしていない。大丈夫、というニュアンスの言葉を、彼女に渡した。
「安ちゃん好きな人いる?」
彼女はまた、唐突に話を変える。彼女がこの手の話題を僕に振るとき、なにか相談したいことがあるのだと、僕は長年の付き合いで知っていた。このことに彼女は気付いているのかもしれないし、気付いていないのかもしれない。
「……叶菜は?」
「えー、ひみつー」
「……じゃあ僕もひみつー」
「えー」
そうして話始める彼女は、僕の気持ちを知らない。知らなくていいと、心の奥底に沈めている。
こんな関係を望んだのは僕だし、こんな関係でしか繋がっていられなかったのは僕だ。
きっと、お情けで繋がっている。悲観的。なんだか笑えた。溜め息を、つく。
──好きだ。
彼女の話を聞きながら、歩幅を少し、自然な程度で縮める。
「叶菜、少しだけ寄り道してもいい?」
少し弱い酸性雨。少しの劣等感に、僕は降られる。