82 反乱12
黄金色の麦畑の中をソーントーンに率いられた三百の領軍は進む。
その多くが農民で構成される領兵は、豊作を予感させる麦穂に顔を思わず綻ばせ、それを上司に見咎められる。だが、注意する上司にも緊張感は見られない。
とあるやんごとない身分のご令嬢が北の森で行方不明になり、その捜索のために編成された部隊である。
ブロランカの島民にとって北の森は魔物を生む恐怖の代名詞である。
ディーグアントによって一掃されたとはいえ、長年、魔物に苦しめられてきた島民にとって恐怖の感情は簡単に拭えるものではない。
そんな北の森に捜索のために集められた彼らの心情は悲壮の一言に尽きたが、ご令嬢が見つかったという噂が隊を駆け巡る。どうやら、北の森に入る必要はないらしい。
出発前と一転して、どこか緩い空気を纏ったまま北上する一隊。
ソーントーンの館から二の砦まで三分の二を踏破したところで、彼らはある集団に遭遇する。
十数台の荷馬車を引いた酒保商人と売春婦の集団だった。彼らはエイグの防衛隊相手に商売をしている連中だ。こんなところで何をしているのか?
先頭に立つソーントーンが問いただすと、一行の代表と思われる男が前に出て説明を始めた。
何でも砦が二の村の奴隷に襲撃されたという。
「エイグは何をしている? 鎮圧にどれだけの被害が出たのだ?」
「鎮圧どころか、奴隷たちを捕まえに出た傭兵たちは全員殺されました。砦にも火が放たれ、我々はこうして命からがら逃げ出してきたわけです」
領兵の一人が北の空を指差し、何かを叫んだ。
代表の男の言葉を裏付けるように、砦の方向から一筋の煙が立ち上っている。
「……グレアムを連れてこい」
ソーントーンはジュリアに命じた。
即座に実行され、手枷を嵌められたグレアムがソーントーンの前に引きずり出される。
「……誰の手引きだ? 帝国か? それとも聖国か?」
「どこも違います。我々、蟻喰いの戦団は何処からも支援は受けていません」
「……二の砦には二百以上の傭兵が詰めていた。そのほとんどをお前達奴隷だけで殲滅したと言うのか?」
「先程の商人によれば、どうやらそうらしいですね」
「馬鹿な!?」
ジュリアが思わず叫んだ。
「言え! 敵の数は何人だ!? どこからどうやってこの島に上陸した!?」
ジュリアはグレアムの胸倉を掴み詰問する。
「二の村にいる三十人――、いえ、リーも加わったので三十一人。それだけです」
「リーだと? 生きていたのか?」
「まさかリーがどこかの国の間諜だったのでしょうか。あいつが、手引きして兵を引き込んだのでしょうか?」
ジュリアは三十人の奴隷だけで、エイグたち防衛隊を半壊させたとは信じていないようだった。グレアムのやったことは、それほど異常なことだった。
だが、ソーントーンには一つそれを可能にする心当たりがある。
「……オーソンか?」
オーソンの『全身武闘』は任意の時間、自身を無敵状態にするスキルだ。
だが、代償に体力をひどく消耗する。片腕、片脚を失ったオーソンの体力は落ち、『全身武闘』を維持できるのはせいぜい五分程度と見なされていた。
だが、何らかの手段で全盛期の体力を取り戻したのだとすれば、エイグたちでは相手になるまい。
「ご自身の目で確かめてみては」
グレアムは冷たい表情でただ、そう答えるだけだった。