80 反乱10
(『リー、宣戦布告は終えた。攻撃を開始してくれ』)
グレアムは屋敷の外にいるロックスライムに今のメッセージを飛ばすように命じる。
グレアムのメッセージを受け取ったロックスライムは、周囲二キロメイルにいる別のスライムに向けて思念波を飛ばした。
そして、思念波を受け取ったスライムはさらに別のスライムに向けて思念波を飛ばすのだ。
こうしてグレアムのメッセージを含む思念波は北にいるリーのスライムに届く。
リーのスライムが思念波を音に変換すればコミュニケーションが成立する。もちろん、リーからグレアムにメッセージを届けることも可能だ。
リーに預けられたスライムの一体は、グレアムとコミュニケーションを取るためにヘッドセットマイクの形になってリーの顔に張り付いている。
『了解。攻撃を開始する』
すぐに<炎弾>の発射音がグレアムに届いた。
『なるほど、これはひでぇ』
リーの呆れたようで、かつ興奮を伴った声が届く。
『おまえら、なんてもんを作りやがる。こんなもんが普及すれば戦争の常識が変わるぞ』
知っている。そうグレアムは思った。前世の地球では誰でも扱える銃の登場によって、武士や騎士といった戦いの専門職は廃れ、国民皆兵が可能となったのだ。
二の村の老人や子供でも扱える武器を考えた時、銃という武器に行き着いたのはある意味必然とも言えた。
だが、グレアムにそんなメッセージをリーに返す余裕はない。攻撃開始を命じるだけで精一杯だった。なぜなら――
「お前は今言った言葉の意味を本当に理解しているのか?」
グレアムの喉元には抜き身の剣が突きつけられていたからだ。
蟻喰いの戦団が王国に宣戦布告し、ティーセを捕虜にしていることを伝えた直後のことである。
グレアムにはソーントーンがいつ抜剣したのかさえ見えなかった。
「……もちろんです、伯爵」
両手を上げて答えるグレアム。首と胴体がいつ離れてもおかしくはなかった。
「……気が触れた、というわけでもないようだな」
「ええ、いたって正気です」
ソーントーンからは呆れたような雰囲気が伝わってきた。無理もないだろう。ただの奴隷が王国に宣戦布告したところでどうだというのか。蟻が竜に立ち向かうようなものだ。
だが、王国に対して明確に敵対宣言をした者を放置もできなかったのだろう。ソーントーンは家令のジュリアにグレアムを拘束するように命じた。
「宣戦布告の使者は丁重にもてなすのが慣わしでは?」
手枷を嵌められたグレアムがそう抗議すると、
「お前は使者でなく、私の奴隷だ。主人として命じる。王女殿下のもとへ案内せよ」
そう言うとソーントーンはグレアムの側に近づいた。それを止めたのはジュリアだった。
「お、お待ちください。その奴隷と『転移』するおつもりですか?」
「ああ、二の村に向かう」
「お止めください! その男は危険です!」
ソーントーンは手枷を嵌められたグレアムの全身を眺めた。
「武器を隠し持っているわけではないのだろう?」
「はい。身体検査はしました。ですが、その男は得体の知れないものがあります。こいつと二人で行動するのは控えてください」
そうしてジュリアはティーセとリーの捜索のために編成した領軍三百を伴うように進言する。
「それでは飛べない。徒歩で移動することになる」
ソーントーンの『転移』が数人しか連れて飛べないという情報は、オーソンとヒューストームから聞かされてグレアムも知っている。
グレアムとしてはソーントーンと二人になった方が色々とやりやすいのではあるが、それができない場合のことも想定している。
「王女殿下の命に危険はありません。徒歩で移動しても問題ないかと」
そのグレアムの言葉でソーントーンはジュリアの進言を受け入れることに決めたようだった。