76 反乱7
グレアムとヒューストームが脱出計画のために準備していた魔術は<炎弾>の他にもう一つある。
その魔術の発動のために、銃身台座の中程に<炎弾>を放つスライムとは別のスライムをもう一匹、忍ばせている。
城壁から矢が放たれるのを見たリーは、そのスライムに軽い刺激を与えるスイッチを押すように命じた。
即座に銃身から青白い光が発せられる。それは二の村住民の前方を縦長の長方形に覆うように展開される。
<銃盾>
それが、その魔術の名だった。
城壁から放たれた無数の矢は魔術の盾に阻まれ、二の村住民の体に届くことはなかった。
青白い透明な障壁は矢を弾き地面に落とす。
身を守る魔術は珍しくない。<魔盾>や<魔壁>などが有名だ。<銃盾>もそれらの魔術を応用している。
エイグが目を疑い、リーがそのエゲツなさに苦い笑いを浮かべたのは、<銃盾>を展開したまま、<炎弾>を放ってきたからだ。
通常、<魔盾>や<魔壁>を展開中は飛び道具や攻撃魔術を通さない。敵味方を問わずだ。味方から放たれた矢や魔術でも<魔盾>や<魔壁>は弾いてしまう。
そのため、<魔盾>や<魔壁>の運用は敵の攻撃に合わせて展開し、攻撃が途切れたタイミングで解除して今度は味方が攻撃するというものだ。
<魔盾>や<魔壁>の展開中は攻撃できない。それがこの世界の常識だった。
だが、魔銃の"銃口"は<銃盾>の「外」にある。そのため、<銃盾>で身を守りつつも、そのまま攻撃ができるのだ。
バシュ! バシュ! バシュ!
魔銃の射程距離に入った突撃隊を<炎弾>が打ち倒していく。
その光景を目にして我に返ったエイグは突撃を命じる。
「「「うぉぉおおおー!!!」」」
果敢に雄叫びを上げ、突進する第二次突撃隊。
炎の塊が歴戦の戦士の体に食い込み弾ける。頭に当たれば脳漿を、胸に当たれば心臓と肺をぶちまけた。
だが、彼らは幸せだったのかもしれない。苦しまずに死ねたのだから。
腕や脚に食らったものは地面に転び苦痛に呻きながら、とどめの一撃が放たれる恐怖に怯えた。
腹に<炎弾>を撃ち込まれた者は臓腑を撒き散らし激痛に苦悶の表情を浮かべて出血多量で死んだ。
中には撃たれた衝撃でショック死した者もいるが、そのような幸運な者はわずかである。
さらに幸運な者は一発も食らわずに奴隷たちの前に辿り着いたが、魔術の障壁が彼らの行く手を阻んだ。
振り下ろした手斧が<銃盾>によって阻まれた瞬間、その傭兵は絶望的な表情を浮かべ――
バン! ドサッ!
至近距離からの<炎弾>で粉々になった後、糸の切れた人形のように倒れた。
幸運な者の中で知恵の回る者は、奴隷たちの側面に回り込む者もいた。魔術の防壁が奴隷たちの前面にしか展開していないのを見ての思いつきである。
だが、この奴隷たちはディーグアントを相手に戦ってきた猛者である。皮肉にもエイグたち傭兵団が彼らを鍛えあげたと言ってもいい。
奴隷たちより数の多いディーグアントは、今の傭兵達のように側面に回りこもうとする個体もいたのだ。
そのための対応方法も熟知していた。一番外側にいた奴隷は大きく後ろに下がった。二番目、三番目にいた奴隷もその動きに合わせて後退する。
お互いの<銃盾>の隙間を埋めるように動き、奴隷達の側面にも魔術の防壁が出来上がった。
ババババシュ!
膝に銃撃を浴び倒れる傭兵たち。即座に頭と胸に食らって絶命する。
あえなく側面から攻撃するという傭兵の目論見は潰えたが、側面に攻撃が向かった分、前方に向かう攻撃の手が緩んだ。
この機会に飛び出した者がいる。死んだ傭兵の体を盾に地面に伏せていた。エイグが第二次突撃隊に忍ばせていた虎の子のスキル持ちだった。
銃弾を食らって倒れこもうとする傭兵の体を足場に大きく『跳躍』する。
奴隷たちの頭上を飛び越え、その後方に着地したスキル持ちは振り返りざま――
「はい、ご苦労さん」
リーの剣により眼窩から刺し貫かれた。
「ひっ!?」
その光景を目にして恐怖の感情が沸き起こっても、生き残りの傭兵たちは『戦気高揚』の効果で逃げることはない。もっとも、逃げたとしても生き残ることはできなかっただろうが。
こうして、五分も経たずに第二次突撃隊も壊滅した。