69 反乱1
グレアムが一の村の奴隷救出を提案したのは、その場の思いつきではない。当初から考えていた計画の一つである。
一の村と二の村は山を隔てているが多少の交流があり、一の村のリーダー格である狼獣人のミストリアとグレアムは顔見知りだ。
一の村の住民はいわば同じ苦しみを味わった同胞であり、救えるなら救いたい存在だった。
だからグレアムは救出方法を考案し、その準備もしてきた。
だが、どのように作戦を練っても一の村救出にはリスクが伴う。
グレアムの最優先事項は二の村住民全員のブロランカ島からの脱出である。
救出作戦は二の村住民に少なくない危険をもたらすことになる。
グレアムは悩んだ。リスクを避けて二の村住民だけで脱出するか。それともリスクをとっても一の村住民を救出するか。
幸い二の村住民は救出案に積極的だった。グレアムが進めていた準備に、彼らは自信を持っていたからだ。後はグレアムの決断次第となっていた。
散々迷った結果、グレアムは一の村住民を救わない決断をした。ニの村のリーダーとしての責任を優先した。
その決断の直後に現れたのが傭兵ルイーセだった。一の村を救うと宣言する彼女にグレアムの罪悪感は大いに刺激された。
波立つ心が時間の経過とともに治まるにつれ、ルイーセが噂の"妖精王女"ではないかと思いあたり、大空洞での再会で確信した。
彼女が"妖精王女"で彼女の協力があれば、断念していたあの計画を実行できる。
だからグレアムはディーグアントの大卵巣を見せ、ティーセの危機感を煽った。
結果、グレアムはティーセの協力を取り付けることに成功したのだ。
「というわけで、一の村救出作戦を実行します」
オーソンとヒューストームを前に説明するグレアム。
「うむ。善哉、善哉」
ヒューストームが膝を叩いて喜ぶ。ヒューストームも救出作戦に賛成していたが、リーダー役をグレアムに任せていたため、救出作戦決行の是非は弟子の決断に一任していた。
「そもそもおまえは慎重に過ぎる。あれだけの準備をしておいて、やらんでは他の連中も不満じゃろう」
「エイグの傭兵どもに一泡吹かせたいとみんな思っているようだしな」
ヒューストームの言葉にオーソンが頷く。
「だが、やはり俺はここに残った方がいいのではないか?」
グレアムの立てた計画は三つ。
一つは、島からの脱出を目的としたA計画。脱出方法はいくつか検討したが、そのうちの一つは二の村住民だけでなく、一の村住民含めても可能と判断した。
そこで次に上がったのが一の村住民を救出し、共に脱出するB計画である。だが、この計画はエイグの傭兵団との争いは避けられない上に、一の村住民を救出し数が増えれば脱出方法が限定されるという欠点がある。
だからこそ、グレアムは決行の直前まで迷ったのだ。計画というのはシンプルであればあるほど成功率は上がる。
そこにあることを目的とするC計画まで含めれば失敗は確実である。だが、ティーセの協力によってC計画の成功率が上がった。そして、そのC計画実行にオーソンは必要な要素だった。
「いえ、計画通りにいきましょう。王国を去る前に借りを返したい相手もいるんでしょう?」
グレアムはオーソンに無色半透明のタウンスライムを渡す。
「俺の見立てでは今夜にでも孵化が始まります。ディーグアントの幼体が"農場"のエサを食い尽くすまで二日とかからないでしょう。そうなると女王の産卵のためのエサを求めて働き蟻が地上に出てくるのは、すぐです」
「となると決行は三日後か。今夜にでも出発しないと間に合わないな」
「ええ。例の場所で会いましょう」
グレアムが差し出した右手をオーソンは強く握る。再会を願って。
「では、頼んだぞ。おまえもな」
オーソンは寝転びながら干し肉を食べるリーの背中に声をかけたのだった。