66 交渉2
"領民全員が死んでも構わない"
その短くも冷徹な意思にティーセは息を飲んだ。
「……そ」
「ただ、誤解してもらいたくないが、別に俺はブロランカの領民を恨んでいるわけじゃない」
何か言おうとしたティーセの言葉に被せるようにグレアムは続けた。
「領民から石を投げられたとか、食い物を取り上げられたとか、そういうことをされたわけでもないからな」
そもそもソーントーンは生贄となる奴隷と領民の接触を原則禁じていたので、奴隷と領民の間に直接的なトラブルが起きることはなかった。
「じゃあ、どうして?」
どうして領民を見捨てるようなことを言うのか?
「俺たちはこの島で最底辺の存在だ。その最底辺が自分たちより恵まれた存在を救う。スジが通らないと思わないか? 領民を助ける義務と責任はまずソーントーンが果たすべきなんだ」
奴隷は"労働"を搾取される存在だ。だが、一方的に奪われるというわけでもない。少ないながらも給金は支払われるし、犯罪奴隷でなければ、いずれは解放もされる。少なくとも王国の法では。
だが、生贄奴隷は命を搾取される。命を奪われればいかなる対価も無意味だ。生贄奴隷は労働奴隷よりも酷い存在といえる。
「俺たちの価値は豚や鶏と同じ。人の腹に入るか、蟻の腹に入るかの違いでしかない。そんな俺たちに彼らを救えというのはスジが違う」
ブロランカの領民は生贄奴隷の存在をいない者として扱う。いわば、人として扱われないのだ。人未満の存在が人を救うなど笑い話だ。
グレアムの言葉にティーセは何も反論できなかった。一の村の住民の絶望に染まった目を見てきたティーセにはグレアムの言葉がストンと胸に収まってしまったのだ。
ティーセの目から涙が溢れる。
ただ、悲しかった。