63 伯爵家の家令3
「とにかく、これは決まったことだ。近日中に女王を放つ」
「……女王を単体で放つのですか?」
「女王を秘密裏に始末しようと思っているならやめておけ。私が『転移』で森の深くまで運ぶ予定だ。女王が卵を生み、働き蟻の数が揃うまで私が世話をする」
魔物はディーグアントを襲わないとはいえ、動物に襲われるなど、不慮の事故で死んでしまうこともあるだろう。それを防ぐための処置だと理解はできる。だが……。
ジュリアは拳を握り締めた。王国は貴族たる主に畜産夫のような仕事までさせようというのか。
「……わかりました」
ジュリアは不承不承、頷いた。主が決めたことならば従うしかない。
思えばこの実験に一番納得がしていないのは主なのかもしれないのだ。
王宮は主を小間使いのように呼び出す。『転移』スキルを持つ主は、やれこの将軍をあの砦まで運べ、やれこの役人をこの街まで運べと使われるのだ。
それを顔色一つ変えずこなしていた主だが今回は違っていた。王宮から戻った主は妙に気落ちしているように見えた。
何かあったのか。気になったジュリアが駄目元で聞いたことがこの話の発端だった。
「ジュリア。お前にもやってもらいたいことがある」
「はい。なんなりと」
「この薬草の栽培とーー」
主は見慣れぬ二種類の種を取り出し、机の上に出す。
「そして、奴隷の購入だ」
奴隷の購入を命じられたジュリアは意味がわからなかった。奴隷の購入は今でもしている。
「労働用の奴隷ではない。目的はーー」
その時の主の顔を今でもジュリアは忘れられない。