8 聞き取り調査
「ん? なんだ、坊主? ここはガキの来るところじゃねぇぞ」
「ん? 傭兵にあこがれている? 将来、傭兵になりたい? 後学のために戦場の体験談を聞きたい?」
「ふん。ガキのくせに難しい言葉を知ってるじゃねーか。小人族ってわけでもなさそうだな。まぁいい、ちょうど話相手が欲しかったところだ」
「さて、何を話そうか? ツィチュリアの会戦……、いやサラモ攻城戦がいいか」
「ん? なに? ホルジャイカの話を聞きたいって? よせよせ、たいして面白い話でもない」
「どうしても、聞きたい? ……しょうがねぇなぁ」
「あれは二十年ほど前だったか。何の理由でか忘れちまったが、まぁいつものごとく国と国が戦争してたわけよ」
「俺は当時、とある傭兵団に所属していてな、片一方の国に雇われて、もう一方の国と戦っていたのよ」
「実力は拮抗していたな。一進一退の攻防がホルジャイカ近郊で何日も続いた」
「でな、ある時、団長が上から指令を受けたのよ」
「森に潜んで敵をやり過ごし、戦闘開始と同時に敵の後ろを襲えってな。まぁ伏兵ってやつだ」
「俺たちは真夜中に出発して、朝日が登る前に森に隠れた。後は敵がやってくるの待つだけだった」
「ところが、待てども待てども敵なんかきやしねぇ。太陽が中天からだいぶ落ちたころ、同僚の一人が用足しに出かけたついでにスライムを一匹捕まえてきやがった」
「暇つぶしにスライムでもいじめて遊ぼうと思ったんだろうな。みんな呆れてたよ。あいつがスライムをいじめて楽しんでいる姿を見てな」
「ところがだ。そいつがいきなり白目をむいてぶっ倒れやがった」
「すわ、敵の魔法か? 敵に見つかったか? 俺達は騒然とした」
「そこに運悪く敵の軍勢がやってきた。ああ、あっさり見つかったさ」
「後はもう滅茶苦茶だ。団長のやぶれかぶれの突撃命令に俺は死を覚悟した」
「もちろん作戦は大失敗。信用を失った俺達は終戦まで後方にまわされることになった」
「でな、その日の夜、バカがひょっこり、陣に戻ってきやがった。ああ、突然ぶっ倒れて作戦を滅茶苦茶にしたバカだよ」
「『目を覚ますと夜になっててビックリした。作戦はどうなった?』ってな」
「『おまえのおかげで大失敗だよ!』
生き残った団員全員に責められて、青くなったあいつはありえない言い訳をしやがった」
「『スライムがいきなり顔に飛びついてきたと思ったら気を失っていた。きっと毒スライムだったに違いない』ってな」
「そんなわけあるか! 俺は叫んだね。確かに毒を持つスライムはいる。だが、ここら辺で毒スライムがいるなんて話、聞いたことないし、毒持ちスライムは、それこそ毒をもっているって一目でわかるような毒毒しい色をしているんだ。あいつがいじめていたスライムは、そこらんへの木を蹴りつければウロから虫と一緒にワシャワシャ出てくるような普通のスライムだった」
「それにな、毒スライムの毒は、えげつねぇんだ。触っただけでやられる。南方で戦ってた時、それで同僚が三日間、半死半生を彷徨った挙げ句、指を失った。今もピンピンしているバカがいじくり倒していたスライムが毒スライムのはずがねぇ」
「結局、バカはみんなから袋叩きよ」
「な、たいして面白い話でもなかっただろ? 礼を言われるほどでもねぇよ」
「ん? もう帰るのか。そうか……」
「最後に一つ忠告しておいてやる。いざ傭兵をやろうって時は傭兵ギルドに入りな。傭兵団は止めとけ。俺がいうのも何だがな」
「ん? その二つは何が違うのかって?」
「さしづめ、傭兵ギルドは半官半民の自警組織、傭兵団は私設軍ってところだな。まぁ、例外なんて探せばいくらでもあるがな」
「ん? もう少し、具体的に教えてくれ? そうさな……、傭兵ギルドの運営は街主体でやっているが、一部、国から金が出ている。それを理由に国から役人が派遣されているわけだ」
「ん? 何のために国はそんなことをしているかって? そりゃおまえ、ギルドを監視するためさ」
「いいか。上のお偉い方々っていうのは、本音を言えば傭兵ギルドの存在なんて認めたくないんだ。一般庶民どもに軍事力を持たせれば、いつ寝首をかかれるか知れたもんじゃないからな」
「でも、それじゃ街の運営に支障をきたす。魔物が蔓延るこの世の中じゃな」
「だから役人を派遣して監視する。ルールで雁字搦めにする。傭兵ギルドの仕事は街の周りの魔物退治に商隊の護衛とかで、とにかく街を守ることに特化している。他の街に行って傭兵稼業っていうのは駄目だ。ムルマンスクの街の傭兵ギルドに所属している以上、他の街の傭兵ギルドの仕事は受けられねぇし、どこかの戦争に参加して手柄をあげて身を立てることもできねぇ」
「つまるところ傭兵ギルドの傭兵は街に縛られるってわけだ。若い奴にはそれが我慢できねぇらしい」
「逆に傭兵団は自由だ。どこにでも行けるし、団長の裁量次第でどこまでも大きくできる。
傭兵王ジェレミー・ウルフじゃねぇが、傭兵団には夢がある。だから若い奴は傭兵団に惹かれちまうんだ」
「だがな。結局、傭兵団なんて根無し草よ。
大きくなるっていっても川面に浮かぶゴミが寄り集まって大きくなるようなもんだ。
嵐一つで簡単に吹き飛ぶ」
「おまえも年をとればわかるさ。地に足をつけて生きることの尊さにな。以上、老兵からの忠告だ。
聞くも自由、聞かぬも自由だが、覚えておいて損はないと思うぜ」
そんなに強い毒をもっているならスライムが"最弱"とは言えないのではと思うかもしれませんが
「毒耐性」スキルや「毒無効」スキル、またそれらの効果を及ぼす魔法、魔道具持ちにとっては
ただのスライムでしかありません。
毒スライム生息地域の傭兵ギルドでは積極的に駆除しており毒スライムは絶滅寸前です。