59 進化4
「でも、一生をここで奴隷として過ごすの?」
「この島がもう少しまともな場所なら、それでも良かったんだがな」
それはグレアムの嘘偽りのない本心だった。この島の実状を知らずに、初めてこの地を踏んだ時には、文字通りの第二の人生をここで終わらせてもいいかと思っていたのだ。
「あなたに夢や希望はないの?」
「ないな。俺が欲しいのは現実的に達成可能なプランだけだ」
「……あなた、本当に私と同い年? 枯れているわ」
失礼なことをティーセは言うが、言われた本人は気にもしていない。
よく言われるからだ。今世でも。前世でも。
田中二郎は夢や希望を見ない。夢と希望の通りの状況になることを「+100」とするならば、現在の状況が「0」やマイナスならば、「+100」を目指すよりも、「+10」となることを目指す。
いわば現状の改善である。
そのような志向を持つ田中二郎にとってシステムエンジニアという職業は、天職とは言えないまでも性に合っていた。
やがて、その才覚から若くしてプロジェクトリーダーを任されるようになり、手掛けたプロジェクトは必ず成功した。
「成功請負人」とまで言われるようになった頃である。あの事件が起き、田中二郎が命を落としたのは。
「……ねぇ、蟻の数が増えてない?」
ティーセの問いかけが、記憶の世界にダイブしようとしていたグレアムの意識を引き上げた。
「……そろそろ中心部だからな」
ディーグアントとすれ違う回数が明らかに多くなっている。働き蟻に幼体、兵隊蟻。時折、見たこともない種類も。
「一体、ディーグアントはどれだけいるのよ」
「多分、七万は下らないと思う」
「!?」
グレアムの言葉に絶句するティーセ。
事実なら自分が倒したのは、ほんの一握りに過ぎないことになる。
「自然界ではよくあることなんだ。天敵のいない土地で虫や動物が大繁殖するっていうのは」
「それでも限度があるわ! 王国軍の動員可能兵数の半分に匹敵するじゃないの!」
「普通の蟻の寿命は半年程度だといわれている。だが、魔物であるディーグアントに寿命はない。おまけに生命活動の維持に食事を必要としないからーー」
「女王が産めば産むほど増えていくというわけね。ディーグアントが積極的に人を襲う魔物じゃなくてよかったわ」
そうでなくては、今頃、島南部は地獄絵図となっていただろう。
「……」
「……その沈黙やめて。怖いわ」
「……すまん。だがーー」
突如、広い空間にでた。
ティーセが女王の死骸を見つけた巨大な縦穴と同じような場所に出たのだ。
「ーー!?」
魔術の光に照らされて、ティーセが見たものは壁にびっしりと敷き詰められたディーグアントの卵だった。