57 進化2
「ディーグアントが南に巣穴を広げ始めたのは、その頃だ。オーソンを竜と同等の脅威とみなして退避しようとしたんだろうな」
逃げようにも周りは海である。必然的に地続きの南に巣を広げるのは道理であった。
「本来なら地上に出てきた蟻たちを間引きしているだけなら、巣穴を広げることはなかったんじゃないかと思っている」
「失敗というのはそういうことだったのね」
「ああ、ディーグアント単体なら色々研究したんだが、ディーグアントという種に対しては完全に調査不足だった」
ティーセはグレアムの命令に従って二人を乗せて走るズイカクと呼ばれたディーグアントを見る。
どのような手段を使っているのか不明だが、ディーグアントを従わせている成果から相当に研究を重ねたのだとわかる。
「でも待って。巣穴が南に広がっているならどうして南部に被害が出ていないの?」
「それは、あいつらに必要なものが南部にないからだ」
「必要なもの?」
「そうだな。これも見せておこう」
グレアムはそう言うとズイカクを横道の一つに入らせた。
しばらく走ると兵隊蟻と遭遇するが、やはり襲われることなく通過する。
やがて辿り着いたのはティーセが何度も見た白い植物が生えた大部屋だった。
グレアムはディーグアントから降りて、白い植物をかき分けると底から何かを取り出した。
「それは……、枝?」
白くなっているが普通の樹木の枝のように見える。グレアムが軽く振ると、パラパラと白いものが落ちた。
「この白いのはキノコの一種だ。魔力を含んでいるからディーグアントの餌になる」
「?」
そう言われてもティーセには理解できない。なぜそんなものがディーグアントの巣穴で自生しているのか。
「自生しているんじゃない。育てているんだ。北部の森から枝葉を運び込んで、それを苗床にしてな」
「育てている? 誰が?」
「ディーグアントが」
「……はぁ!? 魔物が農業をしているって言うの!?」
ティーセが信じられないのも無理はない。あの聡明なヒューストームでさえ、この事実を受け入れるのに時間がかかった。
それほどこの世界で魔物が農業をするなど異質なことであったのだ。
「南部は開墾されて苗床に適した枝葉がない。だから南部は今まで被害がなかったんだ」
ドラゴンが跋扈する竜大陸でディーグアントが巣穴に出るのは菌の栄養源となる枝葉を取りにいくためだ。
樹木に登り、大顎と鎌のような前脚で枝葉を伐採する。この際、刈り過ぎるということは決してしない。
枝葉はドラゴンから身を隠す術でもあるからだ。
南部にも樹木が無いわけでもないが、ディーグアントの竜から身を隠す性質から巣が南部に移動した後も、樹木の密集した北部から枝葉を伐採するのは当然のことであった。